第13話「今日、何かいいことあった?」
放課後。
図書室。
返却された本を棚へ戻しながら、湊が何気なく聞いた。
「白石さん。」
「ん?」
「今日、何かいいことあった?」
陽菜は手を止める。
「いいこと?」
「うん。」
少し考える。
「……お昼のデザートがプリンだった。」
「いいじゃん。」
「あと、英語の小テストが思ったよりできた。」
「それもいいね。」
湊は嬉しそうに笑う。
まるで、自分のことみたいに。
「朝比奈くんは?」
陽菜が聞き返す。
湊は少し考えてから答える。
「図書室に探してた本が入ってきた。」
「あと。」
「白石さんがメロンパンくれた。」
「それ、まだ入ってるの?」
陽菜は笑う。
「うん。」
「昨日のいいことだから。」
「昨日だけど、まだ嬉しい。」
その言葉に、陽菜は少し照れる。
本を並べ終えたあと。
二人は窓際の机に座って少し休憩する。
陽菜が聞く。
「どうして『いいこと』なの?」
「え?」
「『今日どうだった?』じゃなくて。」
湊は窓の外を見ながら答える。
「嫌なことって。」
「放っておいても覚えてるじゃん。」
「でも。」
「いいことは、案外忘れちゃう。」
「だから、一日が終わる前に思い出せたら。」
「今日は悪くなかったなって思える。」
陽菜はその言葉を静かに聞いていた。
(この人は。)
(人を励ましてるんじゃない。)
(気づかせてるんだ。)
(今日にも、小さないいことがあったって。)
帰り道。
駅までの道。
「今日、何かいいことあった?」
今度は陽菜から聞く。
湊は笑う。
「あるよ。」
「何?」
「白石さんが聞いてくれた。」
一瞬、時間が止まる。
「え……。」
「嬉しかった。」
さらっと言って歩いていく。
陽菜は数歩遅れて歩きながら、小さく笑った。
「……ずるい。」
その夜。
歯を磨きながら、ふと思い出す。
「今日、何かいいことあった?」
最初はプリン。
次はテスト。
そして最後に浮かんだのは。
「嬉しかった。」
と言って笑った湊の顔だった。
陽菜は鏡に映る自分を見て、少しだけ照れたように笑う。
(今日、一番いいことは。)
(朝比奈くんと話せたことだったな。)
そう思った瞬間、自分でも少し驚いた。




