第12話「覚えていた」
昼休み。
購買部の前には長い列ができていた。
「今日も混んでるね。」
友達と話しながら並んでいた陽菜は、ふとメロンパンの札を見る。
残り二つ。
その時、思い出した。
(そういえば……。)
少し前。
図書室で。
昼食を食べながら湊が笑っていた。
「学校のメロンパン、結構好きなんだ。」
「売り切れてるとちょっと残念だけど。」
何気ない会話。
本人は、もう忘れているだろう。
列が進む。
残り一つ。
陽菜は少し迷った。
(私も食べたかったけど……。)
ほんの数秒。
「すみません。」
「メロンパン、一つください。」
袋を受け取る。
(……まあ、今日は焼きそばパンでもいいか。)
昼休みの終わり。
図書室。
返却された本を整理していると、湊が少し遅れて入ってきた。
「ごめん。」
「先生に呼ばれてた。」
陽菜は紙袋を差し出す。
「これ。」
「ん?」
「購買。」
湊は中を見る。
「あ。」
「メロンパン。」
「好きって言ってたよね。」
「売り切れそうだったから。」
湊は驚いたように陽菜を見る。
数秒。
それから、少し照れくさそうに笑った。
「……覚えてたんだ。」
その一言は、とても静かだった。
でも、陽菜の胸には不思議なくらい残った。
「うん。」
「この前、言ってたから。」
「ありがとう。」
湊は本当に嬉しそうに笑う。
「今日、お昼食べ損ねるところだった。」
作業を終えて帰る途中。
湊がぽつりと言う。
「なんか嬉しかった。」
「え?」
「好きなもの覚えててもらえるの。」
「自分のこと、ちゃんと見てもらえてる気がするから。」
陽菜は歩きながら、思わず笑ってしまう。
(朝比奈くん。)
(それ、あなたがいつもしてることなんだよ。)
でも、その言葉は胸の中だけにしまっておいた。
家に帰る。
夕食まで少し時間がある。
机の上に鞄を置いて、ふと今日を思い返す。
「……覚えてたんだ。」
湊の少し驚いた顔。
嬉しそうな笑顔。
ありがとう。
どれも大げさではない。
でも、心に残っている。
窓から入る夕方の風が、カーテンを揺らした。
陽菜は小さく笑う。
「人に覚えててもらえるって……。」
「こんなに嬉しいんだ。」
ベッドに寝転びながら思う。
(今日。)
(朝比奈くんの一日は、少しだけいい日になったかな。)
そう考えると、自分まで少し嬉しくなった。




