第11話「おはよう」
七月。
朝の校門。
夏の日差しはまだ柔らかく、登校する生徒たちの笑い声が響いている。
陽菜は校門の前で立ち止まった。
少し先を、朝比奈湊が歩いている。
友達と話しながら、ゆっくりと校舎へ向かっていた。
(……。)
いつもなら、そのまま少し離れて歩く。
でも今日は、少しだけ違った。
(せっかくだし……。)
少しだけ歩幅を速める。
距離が縮まる。
あと数歩。
あと二歩。
心臓が少しだけ速くなる。
(おはようって言うだけ。)
(それだけなのに。)
「朝比奈くん。」
湊が振り返る。
「あ、おはよう、白石さん。」
いつもと同じ笑顔。
「おはよう。」
その一言だけ。
それだけなのに、陽菜の胸の中は少しだけ温かくなった。
教室へ向かう途中。
「今日は暑くなりそうだね。」
「天気予報で三十二度って言ってた。」
「もう夏だね。」
ほんの一分ほどの会話。
話題は天気だけ。
それでも、気まずさはなかった。
教室の前で、
「じゃあ、また放課後。」
「うん。」
二人はそれぞれの教室へ入っていく。
昼休み。
陽菜は友達の美咲とお弁当を食べていた。
「なんか今日、機嫌よくない?」
「そう?」
「うん。」
「朝から鼻歌歌いそうな顔してる。」
「そんな顔してた?」
「してた。」
陽菜は少し笑う。
(そんなに分かりやすかったかな。)
放課後。
図書室。
返却された本を棚へ戻していると、一冊の文庫本が目に入る。
『今日は、いい日だった。』
というタイトルだった。
「この本。」
湊が隣からのぞき込む。
「読んだことある?」
「まだ。」
「面白い?」
「派手な話じゃないけど。」
「読み終わると、誰かに会いたくなる本。」
陽菜はその言葉に少し笑う。
「朝比奈くん、そういう本好きだよね。」
「うん。」
「元気になる本も好きだけど。」
「『今日は悪くなかったな』って思える本が好き。」
その言葉は、第一部で聞いた言葉とどこか重なっていた。
帰り道。
別れ際。
「また明日。」
「また明日。」
湊は手を軽く上げて歩いていく。
陽菜も歩き出す。
そして、ふと気づく。
("また明日"って。)
(前から言ってたっけ。)
思い返す。
前までは、
「じゃあね。」
とか、
「お疲れさま。」
だった気がする。
でも今日は、
「また明日。」
それが少しだけ嬉しかった。
家に帰る。
制服をハンガーに掛けながら、小さく笑う。
朝は、
「おはよう。」
帰りは、
「また明日。」
たったそれだけ。
それだけなのに、一日が少しだけ明るくなった気がした。
ベッドに腰掛けて、小さくつぶやく。
「……今日も、いい日だった。」




