第五話 蛇神-⑦
程なくして、ルクスとミナカが村を出立した頃。ウッドアーチを潜った所で、二人の背に声が掛かる。
振り返れば、柱に背を預ける人影が一つ。待ち侘びていたかのように欠伸をするその者は、聖職者の女性──ユラだった。
「よぉ、おめぇら。昨日は世話になったな」
「……ユラか。ルールムに昨晩の代金は払ったのか」
「あぁ、お陰様でな。つーかよ、飲み過ぎで財布がすっからかんになっちまった。はははっ!」
背を預けていたウッドアーチから身を起こし、棺を手に提げて徐に二人へ歩みを寄せる。
やがて彼らの目の前に立つと……棺脚の底で、軽く地面を小突いた。
「……っと、それよかよ。行くんだろ、ヘビガミ退治。なら、アタシも連れて行け」
「えっ!? ユラさんも来てくれるの!?」
突飛な提案に、二人は思わず顔を見合わせる。ノクーラでの戦闘を思えば、その腕前は到底素人の域ではない。司祭である彼女が相当の手練れであることは疑いようもなかった。
同行者となればこれ以上ないほど心強い助力となるだろう。だが同時に一点だけ、問題があった。
「申し出は有り難いが……生憎と、脚が二人分しかない。それにアンタを雇える金もない」
「脚だぁ? かかっ! 頭がかてぇなルクス! アタシがどうやってここまで一人で来て、お前らに追い付いてると思ってんだ?」
「それは確かに……。ユラさん、私たちよりキューレパスカを出るの遅かったはずだし……」
「へへっ、だろ? アタシ専用の脚があるんだ、何も問題ねぇ! ああそれから、金も要らねぇよ。こっちも好きでやってんだ」
そう言ってユラは木棺を手の甲でコツンと軽く叩く。疑問符を浮かべるミナカとルクスだったが……彼女の言うことは尤もだ。
寄り道をしていたとは言え、セクトルや馬車を乗り継いでヴィオラへ来るには、もう少し時間が掛かる筈。脚と言うからには、木棺に何か仕掛けでもあるのだろう。
「ルクスくん。ここは一人でも多い方が良いよ。……相手は普通の戒獣じゃない、蛇神ヴィルコラだから」
「はぁ……わかった。付いてきたいなら勝手にしろ」
「やった! ユラさん、期待してるねっ!」
「おうっ! ミナカ様もアタシに任せときなっ!」
にこやかな笑顔で応えるユラ。そして彼女の表情は、忽ち鋭いものへと変わる。
「……村の人に犠牲者が出たのは聞いてる。ぜってぇ救ってやらねぇとな」
ユラの揺るぎない眼差しを受け、ルクスとミナカも深く頷く。目指すは蛇神ヴィルコラの棲まうセルナ山……その火口。
旅の終着点はもう間もなく。雌雄を決する時が、すぐそこまで迫っていた。
蛇神鎮圧を前に、同行者を一人加え、三人となった一行。ルクスとミナカがアトロに乗り込む傍ら、そのすぐ脇には平然とした面持ちのユラが立っている。
「よいしょっと……ルクスくん、いつでもいいよっ!」
「へぇ、これがお前らの脚か。結構立派なもんもってるじゃねぇか!」
「まあな。……それで、アンタはどうするんだ」
「へへっ、まぁ見てな……そらよっとっ!」
得意気な笑みを浮かべたユラは木棺を地面へと横たえると、ゆっくりと右手を翳した。
その刹那……周囲が翡翠色の光に満たされ、棺の内から風が溢れ出す。瞬く間に芽吹いた風に乗るように、彼女は器用に棺の上へ腰を下ろすと──手慣れた所作で、そのまま上空へと舞い上がっていった。
「ねぇ、今のって……」
「ああ、神霊石だろうな」
アトロと同じ動力源──そう、神霊石が彼女の木棺にも埋め込まれていた。その巧みに風を操ることから、エナは風迅……奇しくもルクスと同じだった。
視線を浴びるユラは愉快にも空を飛び、その蒼穹へ痛快に大声を曝け出す。
「さあさあっ! 火口までひとっ飛びで行くぜっ!」
「あははっ、ユラさん楽しそう。でも……棺に乗る司祭はきっと、彼女だけだよね……」
「良いんじゃないか。アイツに普通は似合わなさそうだ」
「…………ルクスくん、なんか毒されてない?」
にやりと口角を吊り上げたルクスもまた、ユラの棺に呼応するように翡翠の光を纏い、遥かな空へと舞い上がる。
二つの旋風を宿した翠は一直線に蛇神のもとへと、突き進んでいった。
セルナ山────かつてこの地は、旅人たちに名高い美景の地だった。雄々しく聳え立つ高潔な山嶺。魔を誘うかのように広がる樹海。節々を縫う小川には、神秘が宿るとも謳われていた。
その美しき自然に惹かれ、多くの人々が訪れていたが……時を境にセルナ山が活火山として目覚め、噴火して以降その光景は失われてしまった。
そして今や救世戦争を契機に現れた戒獣、民が恐れ慄く蛇神の棲処と化している。
セルナ山へ到着した三人は噴火口付近にアトロを停泊させると、蛇神の潜む火口底を目指して歩みを進める。噴火によって形成されたのだろうか。隆起した岩肌が道を成し、火口から底へと続く険しい路が口を開けていた。
「火口に入るのは人生で初めてだけどよ、もっと暑いもんかと思ってたぜ」
「最後に噴火したのはもう十数年前の休火山だからね。でも、耐えられない暑さだったら蛇神様どころじゃなかったと思う」
灰色と赤褐色を帯びた岩肌で囲まれた、底部まで続く円形の窪み。
火口内部には鳥獣が巣を作り、上空を飛び回っている。そしてその背には、快晴が広がっていた。
「それにしてもよ、何であの飛行艇で下まで行かないんだよ?」
「火口底まで下ってる最中に蛇神からの攻撃があった場合、生身の方が対処しやすい。それだけだ」
「対処だぁ? くははっ! おめぇ、操縦下手だったのかよっ!」
「…………」
「ま、まぁルクスくんは操縦士じゃないし、しょうがないよ」
「はぁ……悪かったな、そういうことだ」
「あぁん? 気にすんな気にすんなっ! アタシは歩くのも好きだからなっ! くははっ!」
健気な笑顔でルクスの肩を叩くユラ。ミナカが苦笑いを浮かべる横で、ルクスは肩を竦めていた。
休火山──文字通り休止した火口を下りることは、呆気なかった。底部への道中も視界は変わらず灰色と赤褐色が続いていたが、不慮の事態も起きることはなく、淡々と下っていく。
鳥獣の囀りが徐々に遠退く中……やがて一行の視界には、黒く浮かぶ蛇の影が映った。
「見えてきた……ね」
「ああ。アイツを倒せば、祟りは……収まる」
「あれが蛇神ってやつか……へへっ、確かにこりゃ……ゾクゾクするぜ」
気温に変化は感じない。だが、体温は上昇を続けている。
沸き上がる感情はは恐怖と渇望。心の内から、闘争の温度が吐き出されていく。
「…………行こう」
「うん……勝とうね、ぜったいっ!」
「おうよっ!」
一歩、また一歩。眼前でその強大さが膨れ上がっていく。
けれど立ち止まることはない。振り返ることもない。
この手で、必ず救ってみせると──敢然と、三人は強大なその影へと踏み出していった。
次回の更新は5月5日の21時を予定しています。
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