第五話 蛇神-⑥
店を出て、歩くこと幾許か──ユラを背負ったままの二人は、一軒の民家へと辿り着く。
石造りの外壁に、煉瓦の瓦屋根。外観の手入れは行き届いている。しかしどこか生活の気配が希薄で、静けさばかりが際立っていた。小洒落てはいるが……酷く人の温もりの乏しい家だ。
ミナカは玄関先で足を止め、棺をそっと下ろす。懐から鍵を取り出して扉を解錠すると、そのまま中へと入っていっく。
「ここ、わたしと両親が暮らしてた家。今はもうわたししかいないけど……一人で住むには少し広すぎるかな」
「両親はあの夜に亡くなったのか」
「うん、そう。……あ、ユラさんはそこの部屋で寝かせてあげて。きっと玄関から近いほうが都合が良いだろうし」
物寂しい雰囲気が漂う中、ルクスも後に続いて敷居を跨ぐ。玄関脇の一室に足を踏み入れると、彼は背負っていたユラを無造作にその場へ横たえた。寝具もない床の上だったが……しかし彼女は幸せそうに寝息を立てている。
「わたしは二階で寝るから、ルクスくんは奥の部屋を使って」
「ああ、わかった」
「……気になるよね、家の中。普段は使わない場所だから、物は何も置いてないの。寝る場所しかなくてごめんね」
「そんなことはない。……もう寝るのか?」
彼女の言葉通り、この家には生活感の一切が欠如していた。
かつて彼女が過ごしたはずのこの場所は、あの夜……ラメイアの夜に、総て取り残されてしまっていた。
「ううん、わたしはこれからお風呂に行ってくるね。ルクスくんも入りたかったら、ルールムさんのお店の向かい側にあるから行ってきなよ」
「風呂か。この時間でも入れるのか?」
「うん、朝までやってるよ。ヴィオラの村は暇人が多いからね、あははっ」
「利用する側からすれば助かるが……そうだな、少ししたら俺も入ってくる」
「それがいいよ。……じゃあ、わたしは一足先に行くね」
「ああ」
踵を返したミナカはそのまま外へ向かう。そんな姿にルクスは、家に戻って以降どこか気落とした様子の彼女を憂慮する。
終わりが来ることを嘆いているのだろうか。やはり、まだナナシの村での一件が頭から離れないのだろうか。
ミナカの胸中は計り知れないまま……ルクスはふっと、息を吐いた。
翌朝。異邦録に記された”青天の霹靂”とは、まさにこのことを指すのだろう。ミナカは信じがたい衝撃に全身を震わせることになった。
だが。思い返せばこれは、どこかで定められていた帰結だったのかもしれない。蛇神の祟りという悲劇が存在する限り、それは偶然の貌を取りながらも……必然として引き起こされたのだ。
「ミナカちゃん! ミナカちゃん、起きてるかい!? キールさんが大変なんだ……!」
玄関扉を叩きつける激しい音が、朝の静寂を引き裂く。早朝にヴィオラの村人であるロイエが、ミナカの家を訪ねていた。
叩き起こされた二人は急ぎ玄関へ駆けつけると……状況も呑み込めぬまま、彼女から告げられる悲報を耳にすることとなる。
「あ、朝早くからどうしたの、ロイエさん……」
「大変なんだ、キールさんが……! 今すぐ来ておくれっ!」
「え…………き、きい婆が……?」
ロイエの切迫した表情に、只事ではないと悟る二人。気付けば部屋からユラの姿が消えていたが、二人に彼女のことを考えている余裕は無くなっていた。
寝耳に水の報せに急ぎ支度を整えたミナカとルクスは、逸る鼓動を抑えきれぬまま家を飛び出した。
キールの家へ駆け込み、居間に足を踏み入れた瞬間……すぐに彼女の姿が目に入った。横たわった彼女は瞳を瞑っており、息はしているが──呼び声に応じず、起きる気配が微塵もなかった。
「きい婆……! 起きてよ、きい婆……っ!」
「……ロイエだったか。アンタはいつ気付いたんだ」
「あたしゃ、起きるのが苦手でさ。いつもキールさんに起こしてもらってたんだよ。それが習慣づいたのか、今日はふと目が覚めてね……逆にキールさんを起こしに行こうと思ったら返事がないもんだから……」
「これが、蛇神の祟ってやつじゃねぇのかい?」「ああ……キールちゃん……」
どうやらロイエは今朝そのまま家の中でキールが昏倒しているのを発見したらしい。
今、彼女の周囲には村の顔馴染みたちが集まり、固唾を呑むようにして取り囲んでいる。誰もが言葉を失い、ただ目の前の惨状に為す術なく嘆くばかりだった。
「きい婆……嫌だよ……どうして……こんな……っ!」
ミナカが酷く憔悴するのも無理はない。ヴィオラ村で祟りの被害者が出ただけでも動揺は免れないと言うのに、それが自らの慕う者だというのだから、尚更だろう。
だが……悲観に沈んでいる暇があるのなら。今こそ向かうべき場所がある。そう決意するようにルクスは徐に顔を上げた。
「これも蛇神の祟りなら、俺たちにも出来ることがある。違うか」
「ぐすっ……ルクス、くん……っ……そうだよね……うん……」
「アンタたち、蛇神を退治しに行くんだろ? 頼む……キールを救ってやってくれ……!」「あ、あたしからもお願いするよ……!」
周囲の人々が二人に頭を下げて懇願する。全員が顔馴染みのこの村で、老い先の短い中で一人でも欠けるのは耐え難いものだろう。
彼らの言葉にミナカはそっと立ち上がると、右手で瞳を拭い強く首を縦に振る。
「っ……任せて、みんな。必ず……必ずちい婆を救ってくるから」
およそ平静とは乖離しているミナカの面差。その声音は震えていた。心の整理なんて付くはずもない。
────だがそれ以上に、彼女を沸き立たせるものがあった。
「いけるか、ミナカ」
「うん。……大丈夫だよ、ルクスくん。行かなきゃ、ヴィルコラのもとに……!」
覚悟を決めたミナカに、ルクスはただ首を縦に頷く。言葉はもう要らない。
二人の出立を前に、周囲の村人たちはディーリアと。それぞれの胸に祈りを抱きながら、ただその健闘と無事を願うばかりだった。
次回の更新は5月1日の21時を予定しています。
☆皆さまからの評価やブックマーク、ご感想が執筆の大きな励みになります。少しでもお力添えいただけましたら幸いです。




