第96回 「ぱーんち!」
「――よくもウチの可愛い"新人候補"をォォ! いちびり倒してくれたのォ!? 」
カン!
と、まるで恫喝するように、甲高い音を立てて錫杖を鳴らす。
しゃらりと杖先の金具が音を続ける。
寸劇の様なやり取りに周囲は静まり返るが。
「ば・・かなッ! この、見るからにド新人の二人が!? 貴女方の身内だとでもいうのか!?」
一体、ピンク姐さんたちの正体とは何なんだろう。
ヴァルハラで見せたあの一面は、本当に"初心者支援活動の一端"というだけだとでもいうのか。
だってさ。
だって、ついさっきまで俺達を圧倒していた、あのガヴリエルが。
人を見下して、鼻につく物言いで俺達を追い詰めていたような、傲慢な男が。
ギルド紅鉄の剣騎士団の代表、"紅帝"ガヴリエル・ブラントが。
"貴女"方とか呼んじゃってんだぞ?
ちらりと、マナの方を盗み見る。
技術的には"天才的"である彼女であれば、この状況にも俺と違う反応――あるいは、平然としていたりするのではないか、なんて考えながら――しかしながらそれはあっさりと裏切られる。
裏切られる。と、いうか。
一つ見解として、ほっとしてもいた。
先ほど俺とつないだのと逆の手で口元を隠しながら、絶句。彼女もまた、本当に新人然とした新人である俺と変わりなく、ヴィアーネ嬢の登場に驚愕している。
それが、逆に生身の人間じみていて、俺は安心してしまった。
しかし、そんな俺たちの心情を他所に、そして置き去りにしながら、状況は動いてゆく。
「――何を勘違いしてるのか知らないが、別にアタシ等レベルで身内を選んじゃいないんでねェ。で、落とし前――どうしてくれようか?」
ヴィアーネが軽く顎をしゃくり、ガヴリエルに返事を促す。
そんな彼女の態度に、一歩、後退りながら。"紅帝"ガヴリエル・ブラントは、歯噛みし、それでも言葉を返す。
「く、くそッ! だが、オレ達にだって意地があるッ!! 魔術師が! この距離で! いくら"儚花の魔女"と言えどッ!!」
同時、ガヴリエルは大剣を振り上げる。
え、それ、ちょっとまずいんじゃ。ヴィアーネさんてたしか、付与魔術師。――つまり、他の御多分に漏れず、召喚魔術師のはずだ。
あの状態からじゃ、何をしても間に合わない。
俺は内心焦って、彼女の後ろに控えるケンちゃんに目線を向けるが、大太刀を肩に担いだ彼は刀の鍔に指を掛けこそすれど、それ以上動く気配はない。
「――それが返事か、小僧」
しかしながらそんな状況で、眉一つ動かさず、ヴィアーネ嬢。
「なめるなァァァァァァァァァァァァァァァァッッ!!!」
「ガブ公ォォォォォォォォォォォォォォォォォッッ!!!」
お互いが叫び、そしてガヴリエルは大剣を振り下ろす。
ヴィアーネ嬢は錫杖を持っていないほうの手を下からすくい上げる様に、そして殴り掛かるように、ガヴリエルに向かって突き出す。
直後。
ボォンッッ!!!
ガヴリエルの腹のあたりで爆発が起こり、剣戟も何もかも巻き込んで、大きく仰け反る。
俺たちはもちろん、当のガヴリエルも何が起こったのかわからず、爆発のダメージに呻いて膝を折りながら、愕然とした表情でヴィアーネを見上げる。
ヴィアーネはぶすぶすと爆発の名残を残す左手を、確かめる様にパキパキと動かしながら気だるげな表情。そして思いのほか俊敏な動作で、袖から片手で器用にポーション瓶を取り出すと、口で栓を抜き、一気に煽る。
まるで寝不足の人間が、栄養剤でも煽っているようにも見える。
「ふーっ。 きっつ」
「な――んだ? い、いま、何をした!? まさか――ッ!!」
驚愕の表情で、手を戦慄かせて、震える指先でヴィアーネ嬢を指す。
「魔法・・・・だとでもいうのかッ!!」
この世界の魔術と言うものは、如何なる形式のものであっても、"無"から何かを生み出すことはできない。俺達が常識として扱う召喚魔術に関しても、価値基準の違う何かと精神力値を対価として取引し、人間に成し得ぬ異業を代行させる。
つまり、"魔法"とは対価の存在しない魔術。無から何をも生み出し、物理を捻じ曲げる神の力にも等しい偉業。
それを――行使した? ヴィアーネ嬢が?
もうそろそろ、このVR内であれば、この"最強"達が何をしようが驚きゃしない。そんな風に考えかけるが。
「っばぁぁぁか。 んなわきゃねェだろ。 がっつりMP持ってかれてるっての。 ――まぁ、召喚なんざしてないけど、な」
そう言ってスピリットポーションの空瓶をガヴリエルに向かって投げ、その落下音に続いて今度こそ叫ぶ。
「見上げるに足る者よ、聴け」
魔術起動言語に続いて、見慣れた二重魔法陣の魔術結界。
つまり、先ほどのそれは、この世界の常識を覆す召喚"以外"の魔術。
最初に。
マナがケンちゃんにレクチャーを受けたとき、そういえば言っていた。
"在るには在るが、相当な激レアだ、最初は忘れていい"
そんな風に。
だが、当然の様にそれを行使してのける、ピンクの姐御。
彼女の魔術は、先ほどマナが橋上でやってのけたものとは別の意味で"弱点"がない。
周囲が驚愕から立ち直れないでいるこの間にも、彼女は油断なく詠唱し、背後に召喚した悪魔を従える。
従えて――いやちょっと待て。
なんだアレ。召喚した悪魔が何もしないでずっと姐さんの背後に居るぞ?
"持続召喚"・・・だっけ? 馬鹿みたいにMPを消費するから、現実的ではない。不可能ではないが、それをするくらいなら何故"召喚"するのか。と言った矛盾すら孕む、特殊な行為であったはずだ。
「くそッ! くそッ! 馬鹿にして! このオレを見下して! だがその状態から何ができる!? 一撃で無力化しなかったことを後悔させてやる!!!」
つまり、持続召喚によってMPを消費している今なら、先ほどの無詠唱魔術は扱えないのではないか。
案外――この局面において冷静だ。
対照的に、ただ茫然と。何もできない俺はただ眺める事しかできなくて。
"紅帝"の意地か。ダメージから己を奮い立たせ、再び大剣を振りかぶって、ガヴリエル。
対する"儚花の魔女"はあくまで冷たい眼差しで。右に携えていた錫杖を左に持ち替え、空いた右手でぱちん。と、軽やかに指を鳴らす。
瞬間、背後の悪魔から吸い取られるようにして大量? の、炎が、ヴィアーネ嬢の右手に集まり、渦巻く。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッ!!」
躊躇いなく。それとも他に選択肢などなかったろうか。ガヴリエルは迷わず斬りかかった。
それに対して
「エンッッチャント! ファイアァァァァ! パァァァァァァァンチッッ!!!」
業火渦巻く右手で、ヴィアーネ嬢はそのままガヴリエルをぶん殴った。
どうやっているのか。それともあれが"最高レベル帯プレイヤー"の常識だとでもいうのか。
マナに言わせれば、確かに大剣の斬撃は鈍重だ。しかしながらあの"紅帝"が。ガヴリエル・ブラントが、既に振りかぶっているそれを掻い潜り、一瞬で懐に入り、顔面をぶん殴った。
そもそもが炎属性付与魔術等、本来それ自体が殺傷力を持った武器に付与して、更なる効果を。といったものであるはずだ。
誰が、己が拳に纏わり付かせ、そのまま殴ろうだ等と考えるものか。
無茶苦茶だ。
「――がッ!!」
なんにしろ今度こそ、彼の巨体が吹き飛び、宙を舞い、俺の足元に転がる。
既に興味なしと言った体で、ヴィアーネ嬢がその横を悠々と歩いてこちら側へ。
そして俺とマナの頭を優しく撫でる。
「よく――生きてたわね」
その、ひとことに。
マナは、泣いてしがみ付いていた。
俺も、思わず涙ぐむ。
なんだよあんた等、こんな現れ方して、ヒーローかよ。
最高かよ。
「でも、まだ"役割"が残ってるんじゃない? ――二人で、できるかしら?」
薔薇十字のターヴァ進攻についてどこまで知っているのか、ヴィアーネ嬢はそんなことを言いながら、微笑んで。
役割? 俺たちは。
生きて、フェアリーズランドへ。
止まるな。と、いう事だろうか。
「でも、ジャンローゼさんが・・・」
マナの言に、ふと我に返る。そうだ。ガヴリエルが此処にいるという事は、ジャンローゼは一騎打ちに敗北したという事になる。
ギルドマスターの死亡がどのようなペナルティになるか詳細には知らないが、それを無視してこのまま進んでいいものかどうか。
俺達の迷いを表情だけで読み取ったように、ヴィアーネ嬢は再度、微笑む。
「ジャン坊なら大丈夫よ」
ジャン坊・・・ときたもんだ。あの"華騎士"をだ。
なんにしろ、その言葉に呼応するように――
「勝手に――殺してくれるなよ」
――金髪の青年が駆けつける。
体中を傷だらけ、血だらけにしながらも、其処に佇むのは彼の青年。
ジャンローゼ・ヴァルカ。
「ジャンさん!?」
「オレなら大丈夫だ。 行ってくれ。ユージン君。マナちゃん。 今度こそ――振り向かせないさ」
そう言って、いまだ茫然自失と言った体のガヴリエルに、剣を突きつける。
ハッとしたように、ガヴリエルも体を起こし、ジャンローゼを睨み付ける。
「今度こそ、決着を付けようか。 ガヴリエル」
「どいつもこいつもッッ!! このオレをォォ!! コケにしやがってッ!! 馬鹿にしやがってぇぇッ!! ジャンロォォゼェェェェェッッ!!!」
ガヴリエルが吠え、満身創痍の両者は剣を構えて向かい合う。
そんな二人を、まるで子供の喧嘩を見守る様な余裕さで、くすり、と、笑いすらしてヴィアーネ嬢。
「任せていいかしら? ジャン坊?」
言葉を投げかけられたジャンローゼは、ちらり、とヴィアーネに目線を投げる。油断なくガヴリエルと相対しながらも、丁寧な態度で返事を返す。
「レディ。御助力大変感謝します。 だが、これ以上は仁義に反する。 手出し無用です」
「あら、男の子ね。じゃあ特別に放っておいてあげる」
「感謝します。 "儚花の魔女"」
「じゃあ――」
事も無げに。
そう言って。
薄桃色の袖を振るう。
「"ソレ"以外の雑魚は、アタシらの勝手で蹴散らしておくわね」
言いながら、橋上の、どこか遠くを見る様な眼をする。
もうジャンローゼとガヴリエルの事等、眼中にないといった風だ。
「さて、仕事よ、みんな」
そこでようやく、眠そうな顔をしていたケンちゃんが立ち上がる。
「ようやくか、待ちくたびれたぜ」
そう言って彼もまた、にらみ合いを続けるジャンとガヴリエルを完膚なきまでに無視したように、ゆっくりと此方へ歩いてくる。
「いよぅ。大変だったな」
なんとも気楽な感じで話しかけてくる、彼に。
俺はもう、どんな顔していいか分からなくて。
「あ、んた。"熟練戦斧闘士"って――」
「ああこれ、キャラ違うんだわ。 "武器屋ケンちゃん"は道楽のセカンドキャラでね。 こっちが本命」
けらけらと、なんとも軽い感じに。そんなことを言うのだ。
道楽のセカンドキャラが48レベルなら。
本命は――
ぽんぽんと俺の肩を叩きながら、ケンちゃんは改めてフレンド申請をしてきた。
――剣十郎 さんからフレンド申請を受けました。〈Y/N〉
おい、どういうことだ。"ちゃんさん"。
心中そんな突っ込みを入れつつ、俺とマナはそのフレンド申請を受け入れる。
【フレンドカード】
Name :剣十郎
Job :東帝国式剣師
Lv :58
Login:ログイン中(久々のログインだぜ)
Memo :"御剣"を名乗る武器職人を探しています。
見かけた方はご一報ください。
あーうん。
もう驚かない。驚かないぞ。
こいつらこれが普通なんだ。
なんだよサムライマスターとか。
「おら、フェアリーズまで行くんだろ? なんならオレたちの後をゆっくり歩いてくればいいぞ」
「そうね」
そんなことを言いながら、ヴィアーネ嬢とともに、並んでゆっくりと橋上を、ターヴァ市の方向へ。
再度悪魔を背後に従えたヴィアーネ嬢は、徳利を揺らす呑兵衛みたいにスピリットポーションを片手にゆらゆらと。その進路上のあらゆる敵勢力は、悪魔から都度都度放たれる熱光線によって一撃のもとに貫かれていく。
そして方や、ケンちゃん――改め、剣十郎の大太刀がついに引き抜かれ、彼はそれを無造作に。本当に無造作、としか言いようのない軽々しさで、大雑把に振り抜いてゆく。振る度に、何か、あるいは誰かが、二つに分かれていた。
そして後ろを振り返れば、白羽根のギルドメンバーが、橋上の残存敵を蹴散らし、遠く湖上を仰ぎ見れば、マリーが軽やかに空を飛んで闘いながら、その剣の一振りで湖を割っている。
あ、うん、なんかもう大したことないように聞こえる気がするからもう一度言うぞ。
"マリーが空を飛んで、剣の一振りで湖を割っている。"
「ははっ」
――自然と、乾いた笑いが、漏れた。




