第97回 「キミだから」
「なんて、恵まれているんだろう。俺たちは」
「そう・・・だね」
無双。
俺たちゲーマーなら、そんな表現で一言。言い切ってしまえばいいだろうか。
襲い来る何もかもを一撃のもとに薙ぎ払いながら、ゆっくり、本当に散歩でもしているかのような気楽さで、ヴィアーネと剣十郎は突き進んでゆく。
その後ろをまるで親の背でも眺めるような心境で、マナと手を繋いで、二人。
歩いてゆく。
1か月前のあの日、世界の美しさに驚嘆の声を上げた、その瞬間に居合わせた最強ギルドのマスター。
マーケットが見つかった喜びから、浮かれる俺に最初に話しかけてきたゲーム内最高レベルの勇者。
最初の武器を買ったお店の店主が最強ギルドのメンバーで。
「出来過ぎてんだろ。ほら、なんだ。俺は何にもしちゃいないのに周りがことごとく最強最強・・・ってさ。敵さんからはどう見えてんだろう。ズル? 状況的チート? 主人公運良すぎだろ? ご都合展開? ははっ・・・ははは」
なんだか自分でも不思議なほど饒舌に。俺は、誰に、何を言ってもらいたくてこんなこと喋ってるんだろう。
「うまく、言えないけど」
隣から、マナの声。
顔を向ける。彼女も、こちらを向く。向いて、一瞬驚いたように少しだけ目を見開いて。それから何かいけないものを盗み見てしまったように、伏せがちに眼を逸らす。
「何もしてない、なんてことはないよ。出会いは偶然だったとして。キミがキミでなかったら、あの人たちは今此処に居ないと思う」
「そう・・かな」
「そうだよ。 それは僕だってそう。 キミだから・・・ユージンだから、その隣に居たいの」
前を行くヴィアーネがふと、こちらを振り向く。
「"英雄"呼ばわりされるのには、理由があるんじゃないかしら。例えば――」
そう言って無感動に一撃のもとに葬り去っていた相手の戦士を、どういうわけか両肩を貫いて、無力化しつつ、その胸ぐらを掴んで引き寄せる。
「ねェ、貴男」
「く・・・そ。理不尽過ぎんだろ。何なんだよコレ!」
悪態をつくそのプレイヤーに顔を寄せ、妖艶な笑みを向ける。
「貴方の物語の"主人公"は誰かしら?」
その問いに。
心底わけがわからない、といった風の顔。
「そんなだから、貴男は"モブ"なのよ」
うふ。
と、素敵に笑む桃色の美女に、理由はわからずとも、へらり、と腑抜けた表情を見せる。
次の瞬間。
ゴッ
って。なんかすごい鈍い音がしたかと思うと、相手の戦士は頭部を陥没させて、橋上に叩きつけられ、跳ねて、転がった。
ほどなくして薄青く輝いて散ける。
――頭突き。した。多分。
「競争心を煽られるままに、隣のひとより弱いって思われたくない気持ちに塗りつぶされて、それ以外なんにも考えてない子には"コレ"が何で出来てるかすら、わからないでしょう?」
そう言ってこめかみをさすりながら、額につけた細工鉢金を示す。
「此処に此れが在るのは、貴男よりも"世界"を知ろうとし、そして知っているからよ。PvPだってレベルで差がつかないなら何で差をつけるか、少し考えてごらんなさい?」
敵の戦士が居た場所を冷たく見下ろして、呟く。
「ユー君。貴男にも問うわ?」
「はい」
「貴男の物語の主人公は誰かしら?」
「――俺です」
「じゃあ、その"目的"は?」
「――こいつを。マナを笑わせたい」
どういうわけか、其の問答に迷いはなく。まるで何度も練習したみたいにするりと口から漏れ出る。
隣を見れば、あまりに迷いなく吐き出された俺の言に、一瞬呆けたような顔の後、言葉もなくその頬を朱に染める、マナ。
「ご~お~か~~~~くっ」
そんな間抜けな声を出しながら、ヴィアーネは突然こちらへ向き直ると、俺を抱きしめる。
「????」
ヴィアーネは非常に女性的なメリハリのある体型の持ち主だ。肥満と表現するような無駄はないが、マナの、折れそうなほどにひたすら細い其れとはある意味対極と言っていい。
突然の事に、俺は目を白黒させるばかりだが、その行為に不思議といやらしさはない。まるで母親に抱かれるような心境だ。
顔を上げたヴィアーネは、ふと、苦笑する。
「本当に。呆れるくらい。躊躇いなく言えるのね。――妬けちゃうわ」
「え――」
俺が其れに言葉を返せないでいると。
今度は剣十郎――ケンちゃんが、振り返る。
「あの時、魔術協会ヴァルハラ支部で、お前はその覚悟の一端をオレたちに見せた」
ヴィアーネが俺の背に回していた腕をほどき、ケンちゃんと並ぶ。その姿は追うべき親の背中の様に眩しくて。
「――何も偶然なんかじゃない。そんなんで十分なんだ」
「アタシたちが今、此処に居る理由なんて・・・ね」
そう言って微笑む二人に、俺は返す言葉を見つけられないでいたが、ふとマナが俺の手を取って。そして彼女も微笑む。
ずっとこんな顔しててほしくて、俺は・・・。
「――ねっ?」
綺麗な銀の髪をさらりと揺らして、確かめる様に顔を傾ける、マナ。
ああつまり、さっきの。
"俺が俺でなかったら、彼らは今ここにはいない"って。
「ああ・・・ああ、そうだな」
"恋仲ではないのかもしれないけど、男の子の役目よ。守ってあげてね?"
"任されました"
覚悟の。一端、か。
なんて、幸せなんだろう。俺は。
全く。自分には出来過ぎた友人たちだ。
其れを噛みしめながら、先ほどマナがこちらを振り向いたとき、驚いたような顔をしていた理由に思い至る。
俺は。多分きっとその時からずっと。
涙を流していた。
嬉しくて。
嬉しくて。
泣いて、いたんだ。
――しかし、無粋にもそこに割って入る。邪魔者。
いや、此処は戦場。
その真っただ中で、俺達のしている事こそが、滑稽だったろう。
なんにしろ、ヴィアーネに続いてケンちゃんまで後ろを向いてしまっていて――
「どこまでコケにすれば気が済むんだ!お前らぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!」
怒声を上げて長柄戦斧を振りかぶる、敵の戦士。
微笑むヴィアーネの向こうにその姿を見。
しまった。
だ、なんて。
俺が思う間もなく。
ズドン。
そんな音が鳴って。
誰も対応できないと思われた敵の戦士は、真横に吹き飛び、欄干に縫い止められ、即死する。
その側頭部を貫く"鉄杭"には見覚えがあった。
「油断し過ぎネ。おにいちゃんッ☆」
そんないかにもな猫を被りながら、ひらりと反対の欄干に舞い降りるのは屠龍の勇者ことマリーシア。
だから。
その"キャラ"は何なのかと。
なぁ?
「おやっさ――むぎゅ!?」
ばっちん。
おやっさん。そう呼びかけた俺の口を光の速さで塞ぐ、おやっさん。
「ま・り・い・し・あ・ちゃ・ん☆」
張り付けたような笑顔に青筋を立てながら、訂正するおやっさん。
嗚呼、アンタにも被らなきゃいけない化けの皮っていうか、世間体っていうか、そんなものが有るんだな、おやっさん。
不躾に人前でおやっさんだなんて呼ぼうとして悪かったよ、おやっさん。
しかしあれほどにじみ出ていたおっさん臭をうまく隠しているじゃないか、おやっさん。
――おやっさん。
らしくない格好。――つまりヴァルハラで見たようなカントリー少女ではなく、勇者然とした青基調の服に、パニエで膨らんだふんわりミニスカート。赤いマントに、緩くまとめていた長い金髪をほどき、背中へ流す。
その恰好をせざるを得ない体裁が。
"勇者マリーシア"の崩してはいけないイメージってものが有るんだろう。
悪かったよ。
俺は"口を塞がれただけで半分以下になった"自分の生命力値を眺めながら。
「あ、ああ。助かったよ。 ええと・・マリー」
「よろしい☆」
えっへん。と、可愛く胸を逸らせた後、にしし。と、懐かしい笑い方をするのであった。
――この魔王め。
苦笑、そして溜息とともに、心の中で悪態をつくのだった。




