第94回 「正気か」
「はぁッ はぁッ ・・・」
走る。
橋上を猛進撃するリカードと裂丸を追って。
彼らの戦闘力を紅鉄が知らなかったとは考えにくいが、しかしながらその進行速度は相手の予想を上回っている様に見える。
やはり、ギルドマスターはともかく、それ以下の幹部プレイヤーや一般戦力の実力は"薔薇"が上、とみていいだろう。
しかし、市街地入りした時に彼らと分断されていれば、俺達が生き残るのは難しい。なんとしても追い縋らねば。
見れば、敵を撃破しながらだというのに、まるで突き放すような速度で戦線を突破していく二人。
もちろん取りこぼしも多い。そんな奴らに時折絡まれては、長剣でそれを弾き返し、脇をすり抜ける。
「くそッ!」
「ユージン!」
受け損ねた斬撃を、俺の代わりに、マナが受ける。
木製の魔杖、深く食い込んだ三日月刀。装備耐久度へのダメージを惜しまず、マナが杖をひねると、相手は意表を突かれたようにバランスを失う。
それだけされれば、流石に俺とて棒立ちではない。
引き戻せなくなった相手の得物の脇をすり抜ける様に、長剣を差し入れる。
俺の手に。
感触はない。
無い、はずなんだが。
長剣が相手の胴に突き刺さるのが。
その金属が人の肉に埋まっていく描写が。
肉が裂け、その断面が一瞬、果実の様な赤を見せ、すぐに鮮血が溢れ、それを覆い隠す。
"ああゲームで負けてしまった"
そのくらいの気軽さだろう。
だがはっきりと、恨みの籠った眼で俺を見返す、相手プレイヤー。その瞳が輝きを失い、その体が力を失い、剣を引き抜くのと同時、崩れ落ちる。
生々し過ぎる。
"まるで本当に人を刺し殺している様だ"
――なんて。
そんなチープな感想、今更だ。
本当、今更だ。
ああ、そうだな。死んだ魚とかの目が、時間を経て濁っていくのは何となくわかる。
だが人間はどうか。
本当にあんな風に輝きを失うのか。
――ああ、お願いだ。
祈るように目を背け、閉じる。
そして再び開いたとき、相手の戦士はすでに薄青く光り、霧散していくところだった。
死体が残らない。
それだけが、唯一救いだった。
「ユージン! あれッ!」
「!」
みると、長弓を背負った女性が、橋上の淵に在る欄干まで押し込まれ、副兵装らしい短剣で最後の抵抗を試みている様だ。
「アシュリー!? なんでこんな前線に!」
そも弓兵がこんな前に出ていることに驚きだったが、今にも止めを刺されそうになっているのが知り合いだとわかったとき、背筋にぞわりとした冷たいものが走る。
カ――何とか言ったか。
脳裏にまた、口の端に朱を伝わせた、儚げな女の子の微笑がフラッシュバックして。
ああ、これもしかして俺、トラウマになってんじゃないかな。
なんて、少しずれたことを考えかけて。
直後、アシュリーと魔術師の少女が重なって見え、俺は頭の中で何かがはじけたみたいに、何も考えられなくなった。
「あああああああああああああああぁぁぁぁぁぁっ!!!」
持てる限りの膂力で、彼我の間を駆け、飛びかかるようにそいつを蹴り飛ばす。アシュリーに集中していて、気づくのが遅れた相手の戦士は成す術もなく吹き飛び、橋上を転がる。
俺は蹴り飛ばした勢いもそのままに、転がるその戦士にさらに追い縋り、その体を踏み抜いて止め、そして。
"げぅっ!?"だとか。やけにリアルな声でくぐもった悲鳴を上げるそいつに、躊躇いなく、剣を突き立てる。
はは。あっけない。これで死んじまうんだろう?
たったこれだけで。
仕方ないじゃないか。殺そうとするからだ。
俺の。
俺の友人を殺そうとするから。俺は殺すしか無くて。仕方なくて。
だからッ・・・・!
戦士のアバターが霧散した後、彼の体を貫通し、橋の母材にまで突き刺さった長剣を何とか引き抜く。
そこでようやく冷静さを取り戻し、後ろを振り向く。
遅れてたどり着いたマナに助け起こされながら、アシュリーがこちらに笑いかける。
「ほら、そんな風に必死になってくれるから、勘違いしちゃうのよ。ばか」
そんな風にいいながらも、苦笑。
「でも、ありがと」
アシュリーは言いながらも、その間に自分で経口回復薬を煽り、橋の欄干から遠く、湖の方へと目を向けている。
「すぐにリカードたちを追いかけて・・・と言いたいところだけど、ユージン。少しだけ手伝って」
「え。 あ、ああ」
アシュリーの横顔には、作戦全体の成否を左右することに対する執着、その真剣さとしての固い表情は見えど、先ほど自分を追い詰めていた敵の戦士のことなどまるで忘れた様だ。
俺は、この期に及んで"できれば殺したくなく"て。でもアシュリーが殺されそうだったから。だから仕方なく殺すしか無くて。
でも当のアシュリーは、その事には特に執着してないみたいで。
つまり、"ゲームでちょっとピンチになったくらいの気軽さ"で。
それが、俺と他の奴の"認識の違い"なんだろう。
俺にしてみれば正気を疑う光景だ。死んでるんだ。こんなにあっさり、何人も、人間が。オレと同じ生き物が死んでるんだ。
お前らなんでそんな平気な顔して――
「――て。ユージン。 ユージン?」
アシュリーに促され、正気に戻る。正気に。正気・・本当に?こっちこそが狂気なのではないのか。
いや、迷うな。
そんな時間はない。ないんだ。
「すまん。なんだ?」
「止血帯。もってたら一束もらえない?」
「あ、ああ」
アシュリーが怪我をしているようには見えない。
この場で何に使うかわからないが、求められたものをインベントリから取り出し、実体化させ、手渡す。
アシュリーは手渡された包帯を手早く、数本の矢尻に巻き付けていく。続いてポーチから小瓶を取り出し、何やら液体を染み込ませていく。
「マナちゃん。コレに火種の魔術、もらえる?」
「ハ、ハイッ」
流石というか、魔術結界を展開した状態で待機していたマナは即座に詠唱を開始し、ほどなくアシュリーの差し出す松明に点火される。
察しの悪い俺は、そこでようやくアシュリーが何を作ろうとしているのか、理解する。
火矢だ。
だがなぜ、この場で火矢だ?
そんなやり取りの間にも、もちろん敵さんは放っておいちゃくれない。
アシュリーに包帯を渡した後、無防備な彼女と、其の傍らのマナを守るのは俺の役目だ。乱戦を抜け出し、散発的に撃ち込まれる攻撃を何とか長剣で弾き返していく。
その役目を俺に任せてくれるのも、ここ数日レベリングを共にしていた二人だからこそだろう。
何しろ俺の後ろでいよいよアシュリーが長弓を取り出し、火矢をつがえる。
欄干から外。いったいどこを撃つつもりなのかと、つい目で追う。
乱戦の中、白昼の陽光の下、本当に火がついているのかすらわかりづらいそれは、矢とも思えぬ速さで湖上へ駆け抜け、其処に在った簡素な木組みのボートに突き刺さる。
紅鉄の剣の水上戦力だ。開戦以来、横槍がないと思えば、橋から遠い湖上を全速力で、ターヴァ側へ。
「あのまま行かせると、リカードとザックがキツイのよ」
撃ちだしたら止まらない。流石、と言おうか。アシュリーはここからでは人が乗っているかも定かではないような長距離を次々に射掛け、急造の水上戦力を炎上させていく。
炎上する小舟から、成す術もなく水面に身を投げる敵兵。
すごい、な。
此処にアシュリーという弓師が居たかどうかで明暗を分けた敵兵は、少なく見積もっても30人は下らない。300人規模の戦闘でこの戦果は驚異的だ。
――うまく、行き過ぎている。
そんな俺の不安は、しかし直後に現実のものとなった。
後ろ側。
俺たちが、ここまで全力で駆け抜けてきた橋上。
そこをぶち抜いて俺達に迫る其れは。
まるで深淵から、こちらを引きずり込もうと手を伸ばす悪魔のようだった。




