第93回 「紅帝」
「・・・・有った」
誰かが、呟いた。
橋は在った。俺たちに残された唯一の活路。
ならば俺達薔薇十字勢力のするべきことは一つ。橋を強行突破し、ターヴァ市へと雪崩れ込む。
しかしながら、駈け込んですぐに、封鎖戦力がオレ達の行く手を阻む。
はたして、其処に居たのは――
「まぁ、矢の雨に晒してジリ貧――でも良かったんだがな」
漆黒の甲冑に、兜だけは簡素で、俺とはまた少し違ったイメージの、血に濡れた様な紅の長髪。ジャンローゼよりも長身の其の男は、ただ悠然と。
そこに立っていた。
「貴様を直接この手で仕留めねば、面白くない。 だろう? ジャンローゼ」
「情けのつもりか、ガヴリエル。 この場でお前を倒せば、形勢は一気にこちらに傾くぞ」
「できると思うのか! 侮られたものだなッ!!」
吠える漆黒の男。
ギルド紅鉄の剣騎士団、ギルドマスターにして"紅帝"
――ガブリエル・ブラント。
紅い髪をなびかせて、ガヴリエルが大剣を抜き放つ。
呼応するように、ジャンローゼも軍刀を抜き放つ。
「あー。 みんな、さっそくで悪いんだけどさァ」
いつもの軽口、に聞こえてその実"らしくない"声音で、ジャンローゼ。
サーベルを構えながら、苦笑して、残りを言い放つ。
「ここはオレに任せて、先に行ってて」
わかっていての冗談なのか、なんなのか。
鮮やかな死亡フラグに。
――不吉過ぎんですけどォ!?
俺が"えーッ!!?"って顔してる間にも、リカードも、裂丸も、熟練の騎士たちも、皆敵陣に飛び込んでいく。
「ほら、ユージン君。マナちゃん。君たちもだよ。 ――なぁに、そう簡単に振り向かせやしないさ」
そう言って、サーベルの刃を返し、構えをとる。
マナの。
手を取って。
カァンッ!!
火花の向こうに。
打ち付けられるその一合目を横目に見ながら、俺達はガブリエル・ブラントの横を駆け抜けた。
「御武運を!」
言い置いたその言葉に、返す様にジャンローゼが小さく。なにか。
呟いた。
"まぁ、オレ、1対1でガヴリエルに勝ったこと、ないんだけどね"
耳を掠めたそのセリフに、眼を見開きながらも。ただ、立ち止まるわけにもいかず。俺とマナはリカードたちを追って、走った。
◇◆◇◆◇
開戦。
橋の上で怒号が上がる。
最大の脅威は橋の入り口でジャンローゼが足止めしてくれている。
なら進まなければ。
俺たちは。進まなければ。
もちろん敵は"紅帝"ガヴリエル・ブラントだけではない。
屈強な敵の戦士たちが立ちはだかる。
が。
流石と言おうか、俺達が追いすがるより早く、裂丸が、リカードが突破口を開いていく。
「ユージン! お前たちはリカード隊長について行ってくれ!」
戦闘の最中、偶然隣り合ったガーヴェンが叫ぶ。
「ガーヴェン! だけど!」
返事を返す相手。緑髪の青年は、どちらかと言えば苦戦している。
紅鉄の剣の戦士と鍔迫り合いになり、俺に対して叫んだ瞬間に注意が其れ、押し込まれている。
「意地でも追わせねぇ! 信じろよ!」
「ユージン、先に行って」
隣に居たマナが俺の背中を押す。
な、にを。
驚愕に目を開きながら、ただそれに抗って転倒するわけにもいかず、俺は先頭集団を追って走り出す。
すぐ後を追って走り始めたマナが、通り抜け様にガーヴェンと鍔迫り合いを続ける戦士の脛を、すくい上げる様にして魔杖の先で打ち付ける。
――それだけで、十分だった。
まるで膝カックンでもされたみたいに、突然の衝撃にバランスを崩す、紅鉄の戦士。目の前で、まるで懺悔でもするように、無防備な膝立ちを晒すそれに、狼狽えることなくガーヴェンは騎士剣を一閃させた。
崩れ落ちる戦士の向こう側に、にやりと口の端を吊り上げる友人の顔を、置き去りにするように走り続けた。
◇◆◇◆◇
なるほど、紅鉄の剣騎士団というのは、どちらかというと薔薇十字の兄弟よりもワンマン傾向が強いのかもしれない。
ジャンローゼは、一対一ではガヴリエルに勝てないと言った。
しかしながら、それ以外の封鎖戦力を突破する聖騎士リカードたちの進行速度は、それを補って余りある。
その後について、橋の上を走る。
割と。
順調に事が運んでいる。
そう考えかけた矢先
ドゴンッ!!
凄まじい衝撃に、橋全体が揺さぶられ、乱戦の中、愚かと理解しつつも思わず振り返る。
橋の、"島"側の入り口付近で、青い光と、赤い光がぶつかり合っている。
それらがぶつかり合う度に、大気が震え、遅れて足元から振動が伝わる。
それが、ジャンローゼとガヴリエルの振るう剣であるという認識が、この激戦の最中、数秒、俺の目をくぎ付けにする。
"桁が違いすぎる"
背後から振り下ろされる戦斧に気が付いた時には、自分ではもう動きようがなかった。
ヤ
べェ。 死ぬ。
「ごめん!!」
何が。
起きたのか。
視界が回る。マナによって膝裏を蹴り抜かれ、ほぼ仰向けに転倒する。
瞬間的に位置の下がった俺の頭部が先ほどまであった場所を、戦斧の刃が鈍い風切り音を立てて通り過ぎていった。
振り抜いた斧を追いかける様に、マナの魔杖が打ち付ける。
カン!
と、木製の魔杖が甲高い音を立て
「我が魔王に捧ぐ!」
ばかな! その状況で魔術だなんて!
「無茶だ!」
しかし、今までに類似例を見た時のそれの様に、其処からのマナの動きが尋常ではない。
恐らく目の前に表示されているであろう、コマンドウインドウを全く見ずに。まるで何かのついでみたいな自然な流れで杖から離れた左手の指が、使用魔術を選択する。
恐らく今、詠唱待機中。その間マナは魔杖で敵の戦士の"斧"を滅多打ちにしていた。
「我が! 魔王! 紅蓮のォ! エスタナシアに!!」
振り切った重量武器を集中的に殴打され、なかなか構え直すことができない戦士に、連続で次々魔杖を打ち付ける。杖の殴打そのものにダメージは期待できないが、今この間にも魔術の詠唱が進行している。
「願う!! 崇拝の! 対価としてェ! 細やかなる――」
マナが強く杖を打ち付け、戦士は大きくのけぞる。
「・・・慈悲を」
死の宣告の様に、マナが最後の文言を吐き出す。
うっそだろ。それができてしまうなら。召喚魔術師の弱点って、なんだ!
結局戦士は一度もまともに構え直せないまま、マナの背後にそびえる悪魔を茫然と見上げている。
『ヒート・・ビー・・・む』
相変わらずおかしな発音の。その分無機質で。突き放すようなその呟きの直後。
ヂュンッ!!
悪魔の指先から赤熱色の光線が放たれ、まるでそんな色の棘であるように、一瞬で戦士の右肩を貫く。
ガラン。と仰々しい音を立ててハルバードじみた両手斧を取り落とし、敵の戦士がへたり込む。あの右腕ではもうこの武器を振るえまい。
しかし何故だ。あの距離、そして速度の貫通魔術。相手の戦士がわずかでも回避行動とれたとも考えづらい。あえて、右肩を狙ったという事だ。
最初から急所――頭部や心臓、か――を狙っていれば、一撃で済んだものを。
――いや。
そうか。そうだよな。
実に彼女らしい、と言えば彼女らしい。苦々しい顔をして相手の戦士を見下ろす、マナ。
相手の戦士にしてみれば、先ほど俺が"死の宣告"と表現したように、至近距離での魔術の発動を見た瞬間、己のキャラクター死亡を覚悟したろう。
むしろ生きていることに戸惑ったような、そんな間抜け面でマナを見上げている。
俺は身を起こしながら、それを茫然と眺めて。
次の瞬間、俺は肩の位置で刺突の構えを取り、無茶の後で息を荒げている"マナに向かって"飛び込む。
俺の行動に、マナも反応できていない。その顔の高さで俺は長剣を突き出した。
がすン。と。
驚愕に目を見開くマナの。
その綺麗な顔の横を。その綺麗な白銀の髪を掠め。長剣の伸びる先。
マナの背後でナイフを取り落とす暗殺者。その顔面を無慈悲に貫く長剣。
俺は。殺す。
彼女はきっと"死んでも殺さない"だろう。
だから、彼女が殺さなくていいように。
俺が――
長く。
息を吐いて。
「こ、れで・・・おあいこ、だな」
「そう・・だね」
俺達は乱戦の中、ほんの一瞬だけ苦笑を向け合い、すぐにリカードたちの後を追って駆け出した。
早く。
ジャンローゼがガヴリエルを止めていられるうちに、何とか市街地へ。




