第92回 「進むしかない」
「急いでくれ。間を置くほど、待ち伏せの可能性も上がると思っていい」
薔薇十字全体が侵攻準備に慌ただしくなる中、そんな言葉をかけられる。
脅しでも何でもない、事実。
「ええ」
短くそう返し、愛用の長剣に"携帯用装備修理キット"を使用する。
そういえば俺ももうレベル28だ。この長剣には散々お世話になったが、いかんせん"装備レベル1"の代物だ。ここまで使えていたことそれ自体が、"武器屋ケンちゃん"の業と言えよう。
流石にそろそろ買い替え時か。
そう思うと同時に、愛剣が急に愛しくなった。
装備をタップして、装備耐久度98%と表示されたにもかかわらず、俺はその2%を修復するために、もう一度装備修理アイテムを使用した。
光沢を取り戻した刀身を眺め、愛でるように目を細めたところで何やら、軽い電子音。
ぽん。
といういかにも軽々しいそれは、メールの受信を知らせるそれである。
この時間のない中、誰だ。
と、少しの苛立ちを覚えながらも。
前回の件で、急に件数の増えたアドレス欄に苦笑を零しながら、メールの差出相手を探してスクロールしてゆく。
しかしながら、差し出し相手がピンク姐さん――ヴィアーネ嬢だとわかり、メールのやり取りだというのに思わず背筋が伸びる。
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From:ヴィアーネ・サルタリク
To :ユージン
件名 :いまどこ!?
本文 :いまどこに居るか教えて!
まだローズウッドに居る!?
言葉にしづらい場所ならメールの本文
記入欄に指で触れながら
"出力・現在座標"って喋ってみて。
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忙しない人だとは常々思っていたが、それにしてもずいぶん慌てているように感じる。
俺も、悠長なことをやっている暇はないが、それでも事の経緯と、現在位置、これからの侵攻ルートをなるべく丁寧かつ、迅速に返信した。
"なんでそんなに慌てているのかわからないが、ジャンローゼ・ヴァルカのターヴァ侵攻に乗じてフェアリーズ側に強行突破する予定だ"
正直にそんな文面を記し、さらに言われた通り現在座標を音声入力してメッセージを送る。
再度の返事は。
無かった。
◇◆◇◆◇
結果から言ってしまえば、例によって例のごとく、橋は落ちた。
俺達はひとまず、転落による脱落者は出さずに"島"まではたどり着いた。しかし全戦力が集結しているとはいえ、退路は完全に断たれている状況だ。
そしてそれに加えて――
「水上・・・戦力・・・・だと」
ローズウッド側への橋が落とされた直後に"島"を取り囲む無数の小舟。
薔薇の言うところの"前回"は無かった筈の戦力。しかも紅鉄のローズウッド襲撃が失敗してから1週間足らずのこの反転攻勢の段階で。
「全部、計画通りってんじゃないだろうなァ・・ガヴリエル」
ジャンローゼの。
"あの"ジャンローゼの顔から、余裕が消えるのが分かった。
直後、怒号とともに、小舟から矢が射掛けられる。
各所で挙がる悲鳴にジャンローゼの声が重なった。
「全隊、散開して内陸の森林へ退避! 各個にターヴァ側の橋まで全力移動! 橋の前で合流する!! 急げ!!」
声に、浮足立ちかけた薔薇の面々が即座に反応する。
騎士が前に立ち盾で矢を受け、その後ろで魔術師が詠唱を完了させ、遮断系の魔術を展開していく。
孤立しそうなメンバーを弓師がフォローし、退避を助ける。
遠目にアシュリーが長弓を構える姿が見えた。
どういう理屈か、他人に射掛けられた矢を横から撃ち落とすなどという荒業を、当然の様に繰り返す。
背後を射抜かれる憂いを拭った小隊から、順次内陸部へ駈け込んでいく。
「このままガヴリエルがターヴァ側の橋を落とそうと考えてもおかしくはない。 ユージン君、マナちゃん。 オレ達も急ぐよ」
「ええ」
短くそう返し振り返ると、マナが杖の先から光の膜のような物を展開して、オレ達の周囲を弓矢から守ってくれていた。
しかしながら、それも矢を受けるごとにみるみる薄くなっていく。
「私のじゃ長く持たない。 ユージン、急ごう」
無言で頷いて、内陸の森に向かって駆け出した。
◇◆◇◆◇
「ユージン君! マナちゃん! はぐれてないよな!?」
森の中を駆けながら、ジャンローゼは後ろも振り向かずにそう叫ぶ。
ジャンローゼは、森林地帯へ退避し、水上からの弓矢による脅威がなくなった後も移動の足を緩めなかった。
「なん――とかッ!」
飛ぶように高速移動するジャンローゼに、何とか追いすがる。
「この短期間に水上戦力は予想になかった! オレの責任だ! 君たちの事は何としてでも送り出すが、今は急いでくれ! ガヴリエルがターヴァ側の橋も落としてしまったら、もう手詰まりなんだ。 何が何でも前へ突っ切るしかない!」
確かに、全ての橋を落とされてしまったら、オレ達は脱出不能。紅鉄の剣は水上戦力によって一方的に俺達を攻撃できる。
そうなったら、ジリ貧・・・ってやつだ。
「合流――って、言ってましたけどッ! 待つんですか!?」
走りながら、マナが問う。
つまり橋の前で味方が集まるのを待っている時間もなく、橋は落とされてしまうのではないか。
「オレ達に他に行き場がないことぐらい、ガヴリエルにもわかってる! まず間違いなく主力級の戦力で封鎖している! どっちにしろ少数での突破は無理だよ!」
とにかく、今は一秒でも早く合流点へ。
やや遅れて並走する味方の数は、やや頼りない。
魔術師や、重騎士を含む小隊はどうしたって遅れるだろう。さて、待つにしても、いつまで・・・待てるのか。
◇◆◇◆◇
「負傷者の手当てを! 支援魔術を使えるものはかけ直しを! ここが正念場だ、出し惜しみはするな!」
"島"の内陸部のほとんどを覆う森林地帯。
そのターヴァ側の端に、俺達は集結していた。
全戦力300余名に対して、ここまでの残存は250強。一度包囲されたにしては、残っていると言えよう。
確かに、橋さえ残っていれば、一点突破は可能――
可能・・・か?
いやちょっと待て!
確か巨大だとはいえ、ターヴァまでの橋って幅10メートルくらいか?
絶対縦に詰まるよな・・・。
「精鋭を前に! 少しでも遠距離攻撃、および支援の出来るものは後ろに! 各隊内で近接戦闘に秀でた上位3割を推挙しろ。 隊列を組み直すぞ!!」
ジャンローゼの指示を、各隊の隊長プレイヤーが迅速に伝達していく。
なるほど、250人が橋の上に入りきらないことなど、ジャンローゼが気が付かないわけがない。
だけど、他にやり様がない。
と、言ったところか。
さて、森を出たところで待っているのは、どんな光景だろうな。
既に橋が落とされていれば、その時点で成す術無し。
残っていたとしても、狭い橋の上で総力戦。さらに言えば常時橋の両側には敵の水上戦力がいて、矢を打ちかけてくるわけだ。
無謀。
そんな言葉しか浮かばない。
だけど。
橋の上に何が待っていたとしても、俺達はもう進むしかない。




