表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ThebesWorldOnline  作者: 海村
92/137

第91回 「おつり」


 2045年 6月 18日 日曜日



 11日に端を発するこの"中心区開戦"から1週間。

 隣接するターヴァ市より奇襲、侵攻したギルド紅鉄の剣騎士団(ブラッドソードナイツ)の攻勢はほぼ完全な失敗に終わり、我らが薔薇十字の兄弟(ローゼンクロイツ)は前日までにローズウッド市の全ての制圧点ドミネーションポイントを取り返していた。

 

 ところで、こういうゲームのギルド間抗争ってのはマフィアとか、なんていうか所謂"堅気じゃない人たち"の諍いによく似ている。


 わりと損得を越えたところまで突っ込んでくる。


 "薔薇"とてこれ以上の継戦は組織としての疲弊を招き、"紅鉄"共々──"外部"──つまりユリシャ内戦における中心区以外の勢力の台頭を許す可能性がある。実を取るのであれば"防衛成功"とし、しばらくは穏便にしているべきなんだろう。


 ここまでですべて元通り。


 一件落着?


 今後はまた湖を挟んでにらみ合って、しばらく穏便に過ごしましょう?



 笑止。


 ──つまり



「オ ト シ マ エ──」



 其処で区切り、ジャンローゼがサーベルを抜き放ち、ローズウッド湖岸部から対岸、ターヴァ市に向けて切っ先を突き付ける。


「──つけてもらうぜ! 紅鉄のォ!!」


「「「応ォォォォォォォォォォォ!!!!」」」



 この日、薔薇十字の兄弟は、反転攻勢に転じ、ターヴァ市への侵攻を開始した。



◇◆◇◆◇



「──かといって、無策で飛び込むほど簡単な話でもない」



 湖岸部に近しいセーフハウスで、侵攻前の作戦会議。


 レベル上げ。対人戦闘訓練。今日までの短い時間の中、俺たちとしても出来得る限りの準備をした。

 レベルに関しては、少しばかり誉められたものではない手段、つまり先に話したようにパワーレベリングというやつだ。薔薇十字のメンバーに守られながら、数段格上のモンスターを狩ることによって、飛躍的にレベルを上げるそれによって。


 俺、ユージンのレベルは28、マナのレベルは26まで上昇していた。


 まぁ、及第点という処だろう。何度か話したように、このTWO(ゲーム)ではキャラクターレベルは30を境に急激に上がりにくくなる。

 もちろんここユリシャ内戦における、対人戦闘コンテンツを楽しむプレイヤーとてそれは例外ではない。

 一般戦力ともなれば、それはレベル30に少しばかり毛の生えた程度だろう。


 つまり、必要経験値的にはまだ大分遅れを取るものの、数値的戦闘能力としては大差ないところまで詰めていると言える。


 何故こんな仕様なのか。当初は俺も疑問に思っていたが、その辺の意図は例の情報サイト、TWO-PvP-todayにも記述があった。


 結局ほとんどのゲーマーというものが、プレイヤー同士の対戦コンテンツには"公平性"というやつを望む。しかしながらTWOはRPGロールプレイングゲームであり、そのメインはAIの操作による人間ではないエネミーとの戦いや、世界それ自体の探索、冒険だ。


 そちら側に傾倒するプレイヤーというものは、得てして"古参の優遇"つまり長期プレイ特典の様なものを望む。


 それら双方に配慮した──あるいは妥協した結果、対戦だけが楽しみたいのなら、其の最低水準まではあっという間にレベルが上がり、しかしながらそれ以降ルーチンワーク的な努力をする余地として、一定以降のレベルアップが極端にしづらいながらも上限は高く設定されている。


 一言で言うなら全員早熟型、という仕様だ。


 ちなみに余談ではあるが、その情報サイトのコンテンツに必要経験値の予想増大曲線のグラフが有り、その脇にこう書かれていた。



"以上のようにレベル50からの必要経験値はすでに現実的な数値ではないが、サービス提供3か月現在の唯一例外として屠龍の勇者(ドラゴンバスター)の存在が有る。この短期間でレベル70を達成し、それが現在仕様における上限値であるという情報を我々に提供した彼女は、リアルのプレイヤーが存在しない電子妖精(高度AI存在)的なプログラムなのではないかというオカルトまで囁かれている。"



 ええと。


 わりと人間味あふれるおっさんだったように記憶している。

 人の噂の尾鰭背鰭とはなかなか恐ろしいものが有る。



 さて、話を戻そう。

 TWO-PvP-todayにはユリシャ市、つまり旧ユリシャ連邦内の全ての市街、村落のマッピングデータと、ご丁寧に制圧点ドミネーションポイントの位置まで記してあった。


 ジャンローゼの説明では、紅鉄の剣の作戦は電撃的に襲撃し、混乱のうちに半数以上の制圧点を確保、都市機能を奪取するものだった。


 これに対し、薔薇十字の兄弟はあくまで湖岸部上陸から橋頭保を確保、陣地の設営をしながら堅実に侵攻していく算段の様だ。


 しかしながら、とジャンローゼは続ける。


「其処はまだ先と思っていい。むしろ最大の難関は最初にある。お互いの街を隔てる湖の存在だ」


「あの地図上で中州の有るでかいやつですか?」

「中州──というよりは"島"かな。何ならあそこで総力戦ができる規模が有る」


 説明では、"島"は背の高い植物の生い茂る、森がほとんど。お互いの都市部から島へは幅10メートルはある巨大な橋が、片側300メートルにわたってかけられているが、徒歩での移動手段はそれだけ。


「十中八九、渡湖の過程で襲撃されるものと考えられる。"奇襲"が出来た紅鉄はこの過程を飛ばすことができたが、我々の"反撃"は予想されている」


「過去の例、とかは? 有りませんか?」


 いつになく真剣な顔をして――いや、もしかしたら、本当に純粋にゲームを楽しんでいる時はそうなのかもしれないが――マナが口を挿む。


 その言に、ジャンローゼより早く、リカードが答える。


「――前回侵攻の時は、一網打尽を恐れて隊を分けすぎた。ローズウッドに残る隊と侵攻部隊とに分かれたうえで、更に侵攻部隊を分けて、時間差侵攻した。結果――」


 皆、押し黙って続く言葉を待つ。


「先陣が"島"に入った時点で、ローズウッド側の橋が破壊された。孤立した先陣は成す術もなく壊滅。そこにジャンさんが含まれていなかったから、侵攻失敗、中止、で済んだが・・・」


「孤立側にギルドマスターがいて、死亡していれば、ペナルティを受けて反転侵攻に遭っていたでしょうね」


 苦々しい顔で、アシュリーが言葉をつなぐ。


 難しいな、これ。


 一網打尽を警戒しすぎれば、各個撃破。思い切った手に出れば、やはり一網打尽の危険性。湖を迂回すれば、その間にローズウッドを攻撃される危険性。


「うん、だからさ――」


 八方塞がり感が場を支配し、誰もが押し黙る中、ジャンローゼが口を開く。そして、その声音には、憎らしいくらいに、緊張感がない。


「今回は"思い切ろう"と思う」


 皆、声を上げないまでも、一様に驚いた表情。


「と、言うと?」


 ジャンローゼの意図はわかっていて聞いているんだろう。ただ確認するように、リカード・ハルフォード。


「全軍で、一息に進軍する。ローズウッドにも戦力は残さない。そうだな、"拠点交換"でも構わない」


 拠点交換。つまり、薔薇が全力でターヴァを制圧する中、紅鉄がそれをスルーしてローズウッドに向かった場合。


 ただ一人状況を面白がるように、ジャンローゼ。


「でも、一網打尽の可能性・・・って、さっき」


 流石に忘れているって程間抜けではなかろうが、ジャンローゼの余りの楽観ぶりに、つい口を挿む。


「これはもうメンツの問題でもあるのさ。いいかい?」


「は・・・い?」


 苦笑して指を立てるジャンローゼに、俺は思わず間抜け面を晒し


「今回に限り、我々薔薇十字の兄弟(ローゼンクロイツ)の目的はターヴァ市の占拠でも、ギルド紅鉄の剣の駆逐でもない」


 続く彼の言に、俺とマナはハッとして顔を見合わせる。


「ブレてくれるなよ、少年。 "君たちを無事にフェアリーズランドまで届ける。" それこそがオレ達の通すべき"意地"ってやつさ」


「そーそ。拠点交換なんてことになったらそれこそ大勝利ね。あとは街道に沿って送っていくだけだわ」


 横から首を突っ込んで、アシュリー。


「最悪、封殺されて拠点を失う結果になったとしても、キミたちだけは無事に送り届けよう」


 クールフェイスと思われた、リカードまで二ヤリと笑って見せる。


「拠・・点を、失ってでもって!」

「そこまでしてもらう、義理はッ!」


 ――なんだか話が大それてしまった。


 多分、マナも同じように思っているんだろう。

 遠慮・・・って言ったらいいんだろうか。


 そんな言葉を吐きかけるが。


「あれぇ? 無い――って? それじゃさ、すこし"おつり"をもらっといてもいいかなぁ」


 ジャンローゼはあくまでとぼけた風だ。


「え」


 おつりって、何?


 とも思う間もなく。


 目の前でジャンローゼが、リカードが、アシュリーが、ガーヴェンとかとにかくいろんな人たちが、目の前で何やらポチポチやり始める。


 間を置かず、俺の目の前に――



 "ジャンローゼ さんからフレンド申請を受けました"

 "アシュリー さんから――"

 "リカード さんから――"



「ちょ――えええ?」


 あとでどこの誰だかわかんなくなりそうだなー。

 なんて思いつつも、俺はなんだか温かい気持ちになって、ひとつずつ"Yes"ボタンを押していくのだった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ