第90回 「エクスプロージョン・ストライク」
「なるほどー。そう言う経緯で――ねぇ」
時間は経過して夜。
ジャンローゼ用の馬鹿みたいに広い天幕。なるほどこの大きさで有れば、中で剣戟を繰り広げたとて手狭に感ずるまい。
本来であれば俺だけが、ジャンローゼやリカード隊長に対人戦の手ほどきを受けるはずの時間。
しかしながらそんな予定を覆して、俺の隣でニコニコニコニコニコニコニコニコニコニコニコニコしてるのは、そう。
マナ。
俺と一緒に居られるだけでしあわせ、といった風だ。
まぁ、その気持ち自体は俺も嬉しいんだけど、ええと。
まさか、ジャンローゼも秘密の特訓だと言われたものが、初回から思いっきりバレてて秘密にしたい相手と一緒に登場ー。
とは思うまい。
「まぁ、事情は分かったよ。――でもそれなら、オレ、ちょっと試したい事が有るんだ」
「へ?」
ジャンローゼは、今までも時折、それこそ俺にだけこっそり見せていたような企み顔で、そんなことを言うのだ。もう悪い予感しかしない。
「リカード。任すよ。ユージン君に教えてやって」
そんなことを言って、とっとと俺から視線を外す。
で。
その視線の先がどこへ向かうのかって。
ああうん。
知ってた。
ジャンローゼと向かい合って、少し気圧された様な、マナ。
ジャンの身長は俺よりもあるため、それこそ大人と子供のような組み合わせ。
で、何を言い出すのかと――
「マナちゃん。オレとお手合わせ願えないかな」
――言い出すのかと――
「ふぇ?」
――思えば。
マナは、一瞬何を言われたのかわかって無い様なキョトン顔だったが、面白がるようなジャンローゼに数秒見つめられ、ようやく目を見開く。
「え、ええええっ!?」
これには俺もびっくりだ。
「ジャンさん!?」
「武器ならそこに用意したから好きなのを使ってよー」
朗らかに笑いながら、そんな事を宣うジャンローゼに食って掛かろうとするが、リカードによって止められる。
シュラン。
と。
サーベルを抜き放つ。
「応じてくれない?」
「た、戦う理由がありませんっ」
マナは慌てた身振り手振りで、そう返すが。ジャンは引かない。
ジャンはつい、とマナに顔を寄せ、彼女にしか聞こえない声で何事かささやく。
「――ッ!?」
何を言われたのか。
途端に顔を紅潮させて、ジャンローゼを睨み付ける。
そして徐に傍らに在った薄板剣を手に取り、迷いなく抜き放つ。
「お、おい、マナ!?」
叫ぶが、本当に何を言われたのか、既に俺の声も届いていない様だ。
お互いに距離を取り、ジャンローゼが何やら手元でキーを打つような操作をする。
恐らく、"決闘"モードの申請。
薄剣を片手に、鞘を持つ方の手で弾く様に空を打つ、マナ。
こちらは恐らく、決闘の受諾。
「できれば冷静なままの君と、闘り合いたかったけどね」
まるでその場に言い残す様に、ジャンローゼが飛び込む。
呼応するようにマナも距離を詰め、お互いの得物のリーチを確かめ合う様に、最長距離で空を切り合う。
初撃を交差させた後。
ヒュル!
と、マナが剣を突き出す。音がダブって聞こえる。俺にはよく見えないが、恐らく複数回の刺突を繰り返している。
ジャンローゼは上体を逸らすような動きだけでそれを躱し、攻撃の引きに合わせてマナの持つ剣を打つ。
カンッ!
金属音が鳴り、重量のない薄剣が跳ね飛ぶ。しかしながら、まるで予想していたように弾かれる剣に逆らわず追従して飛ぶマナ。
その身がまだ空中に在るうちに、ジャンローゼがそれを追って飛び込む。
違わず着地を狙ったそれを、マナはまず片手に持っていた鞘で打ち、次いで剣身でもそれを打つ。多段の受けに、流石のジャンローゼの剣戟も狙いを違え、マナはそのまま距離を取りながら着地。
「へぇ」
ジャンローゼの。
口角が上がる。
なんなんだこいつら。普段は学生だの会社員だのしてるだけの一般人だろうに。なんでこんな動きができる? "センス"とか"才能"だなんて言葉だけでは納得しきれない。
目の前で起こっている、これはなんだ。
そして再び剣を交える二合目。
身体の後ろから担ぐように振り下ろされる、ジャンローゼのサーベル。それに対して、マナは横に体をひねりながら、下からすくい上げる様に斬りあげる。
だめだ。
マナの筋力で、ジャンローゼとまともに打ち合えるはずがない。
真っ向勝負なんて――
そこからは。
まるでスローモーションみたいに。
カァン!!
火花を散らして。
打ち合わせられたのは、左手の鞘。
金属のそれがジャンローゼの剣戟に合わせられ、大きく弾かれる。
しかしながら。まるでこれも予想していたかのように――いや、きっとわかってやっている。マナは弾かれる方向すら計算して、その勢いで体を逆回転させ、サーベルを振りぬくジャンローゼと体を入れ替える様に身を滑らせ、逆の手に持っていた本命。薄剣の刀身が、ジャンローゼの背中に吸い込まれていく。
すげ。
ぇ。
俺が、マナの勝利を確信し、そんなありきたりな驚嘆のセリフを吐き出す束の間に。
「ふッ!!」
サーベルを振りぬいていた様に見えたジャンローゼが、その膂力でもって、強引に体の向きを変えている。そして慣性に引かれたその切っ先を、引き戻す。
カ―――ン!!
ひときわ甲高い音を立て、マナの剣が宙を舞う。
ストン。
という軽い音とともに、薄剣が遠く離れた地面に突き立つのと。ジャンローゼが茫然とした表情のマナに剣を突きつけるのと。
同時。
観念したように、左手に残った鞘を取り落としながら、膝をつくマナ。
「マナ!」
思わず駆け寄る。
マナが俺を見上げ
「う・・うぅぅぅ~~」
ぐずる様な、そんな情けない声を上げたかと思うと、とたんに目を潤ませて涙をためる、そしてそれは間を置かずにこぼれ始める。
え? えええ?
今度はなんで泣いてんの?
デュエルで負けたのが悔しくて? あのマナが?
いやいやそんなはずあるか。
「すっっっげぇ! 見たかい、今の! っていうか悔しいな。完全な"レベル勝ち"だったよね!」
こちらはこちらで興奮したようなジャンローゼ。いやもう、何が何だか。
「い、いや、それよりジャンさん! マナに何言ったんスか!? こ、これ、どうしたら!」
へたり込んだまま、服の裾を握り締めてすんすん泣いているマナと、柄にもなく子供みたいに興奮しているジャンローゼ。二人を交互に見ながら、俺は途方に暮れるしかなかった。
◇◆◇◆◇
「ごめんごめん。まさかあんなに効果覿面だとは」
ようやく落ち着いたジャンローゼから、そんなセリフ。
なお、マナに聞いてもうーうー唸るだけで何も言ってくれなくて、未だに俺の横でぽろぽろ涙を流している。
「結局、なんて言ったんです。・・マナがあんなに本気で怒るなんて、そうある事じゃないですよ」
なんだか置いてけぼりの俺がそうこぼすと、ジャンローゼはばつが悪そうに頭を掻いた。
「いや、撤退戦での剣捌きを見たときからどうしても気になっていてね。ちょっと意地悪かと思ったんだけど、君のことをダシに使わせてもらったんだ」
「俺、ですか?」
俺が首をかしげると、ジャンローゼは同伴していたリカードをチラ見してから、俺に顔を寄せる。
「"オレに勝てなきゃ、男の子だってばらしたうえ、ギルドの女の子を何人かユージン君にけしかけようか"って、言ったんだ」
あんまりにもあんまりなその挑発文句に、俺はまず目を見開き、それから聞いてる最中に辟易とした顔になり、最後には心底困った顔で、隣で泣いているマナを見下ろした。
なにそれ。さっきマナがいきなり顔を紅潮させてジャンローゼを睨みつけたのは。つまりその心境は。
"僕からユージンを盗らないで"
その答えに行きついた俺はどんな顔をしていたのか。
同じように俺の顔を見て返すマナは、俺を奪われるかも・・っていう恐怖から、そして俺に気づかれたという羞恥から、泣いてるんだか恥ずかしがってるんだかよくわからない絶妙な顔をしていた。
それから。
「あ、ああ、もちろん冗談だよ? 本気でそんなことするつもり、ないからね?」
マナのあんまりな悔しがり様に、慌てて自分の言を撤回するジャンローゼ。
それを聞いた瞬間の、マナの心底安堵したような表情に、しかしながら俺は少し考えるところが有った。
俺一人に、依存しすぎている。
ここまで一緒に過ごしてきて、なんとなくリアルのマナは独りぼっちなのでは、と感じることは多々あった。
特に、ユリシャ到着初日の出来事で、それは半ば確信に変わった。
誰か。
ほかに居ないのか。
俺が彼女を守れない時。
俺が、彼女を守り切れない時。
彼女を守ってくれる、誰か。
ああ、常々思う。こいつはこんなに良い奴なのに。こんなに一途で、こんなに一生懸命なのに。もっと多くの人に賞賛されて、多くの人に囲まれているべきで。
――"べき"だ等と。
それが俺個人の傲慢だなんて、わかっている。でも、悔しいじゃないか。
これを考えると、大抵、怒りが込み上げてしまう。
──誰か、他に。
いや、それは仕方ないんだ。
しっかりしろ俺。都合のいい妄想に逃げるな。"だったらいいな"って言うな。他人に頼るな。マナを、他人任せにするな。
青い鳥を追っても、彼女を守れやしない。"へたくそ"だから仕方ないだなんて言ってられない。
つよく、ならなければ。
「ゆ、ゆーじ・・・ん」
気が付けば、ジャンローゼ達の見ている前で、マナを抱きしめていた。
「ばか。"相棒"最優先だっつってんだろ。・・・もうちょっと、信用してくれよな」
「う、うん・・・ごめんなさい」
謝るわりには、ずいぶん穏やかになったその声音に、俺も安堵した。
で。
その後のリカードとの模擬戦で、俺はエクスプロージョン・ストライクとかいう剣技を、思い切り叩き込まれるのだった。




