第88回 「あ、はい、居やがるんですよ」
「だからあんたみたいな、特に好きってわけじゃないけど"仲間は身を挺して助けるもの!"みたいに行動できちゃう男が居ると、周りの女の子は戸惑っちゃうわけよ」
悪戯に口説いて回ってるようなモノ?
馬鹿な。
それが本当なんだとしたら、ちょろ過ぎんだろ。
それに──
「じゃあ、どうすればよかったんです! 目の前で女の子が死にそうになってたんだ。 見捨てろ・・・って、言うんですか!」
「そうね」
「!?」
そんな顔もできるのか、と思うほど冷ややかに、アシュリー。
俺は心底悔しそうに見返すしかなく、そんな俺を見てアシュリーは困った顔になって、それからこれ見よがしにため息をつく。
「だからウブだって言うの。 言い方が癇に障るってんならVR慣れしてないって、言い換えてあげようか?」
「っ!」
何も言い返せない俺に。
アシュリーは一度苦笑してから、ふと優しげな顔になると、語りだす。
「大方、あの子が"死ぬ"とき、ホントに人が死んじゃうような気持になってたんじゃない? で、できる限りの事して上げたくなっちゃった。あの子の為に泣いてさえしてくれた」
「其処に、貴男と周囲との認識のすれ違いが有ったのかも。現に、貴男以外誰も助けようとなんてしなかったでしょ?」
「あたしたち薔薇十字の兄弟にとって、ゲーム内でキャラが死ぬなんて、日常茶飯事。あの子だってあの夜、貴男の事は絶対守れって指示されて、"ああ、今回、場合に寄っちゃ死ぬかもなー"くらいに思ってたでしょうよ」
「で、実際そうなった。あの子も"あちゃー、やっぱりかぁ。でも英雄君は死ななかったし良いよね?"くらいの気持ちで居た。でも貴男は違った。あの子の為に泣いてくれた」
「まるで"お前にだけは死んでほしくない"っていうみたいに。"特別"な。"大切"な存在が失われた、みたいに。思わずドキッとさせられて、でもふたを開けてみれば"え?別に恋愛感情はないです。当然のことしたまでで。"みたいな反応」
「そんなふうにさ、"アゲて落とされる"くらいなら──」
そこで、歯噛みするように、弱った顔。
彼女も言いづらそうに、視線を逸らす。
「──見捨ててくれた方が、まし。 って、思うかな」
そう言って苦々しく笑って見せる彼女に、さすがに申し訳ない気持ちになる。
なるほど、アシュリーも女性、というわけだ。
当事者でない分、ある程度冷静に説明してくれたが、同じ女性としては俺の態度に、やはり不服は有ったんだろう。
「そう・・・ですか」
俺も、ある程度は納得した。
しかしながら、次に同じ場面に出くわしたとして、俺は眼を瞑ることができるだろうか。
咳込んで、口の端に朱の伝う少女の顔を思い出す。
あれが。
あれがマナだったとして、俺は冷静でいられるだろうか。
「──それに、貴男がそんなんじゃ、"歌姫"だって可哀想よ?」
そんなタイミングで、マナを話題に出され、思わずドキリとする。
自分でもわかりやすく目を見開いて、黙り込んでしまう。
「自分の彼氏が、誰彼構わず優しくして。気を持たせるようなことして。あの子、控え目そうな顔してたけど、内心じゃ狂おしいほど嫉妬に震えてるかもしれないわよ?」
「えっ──」
あの夜の記憶がよみがえる。
このドとんちきが女の子に引っぱたかれてようやく思い至る其れ。
"もし、もしさ。マナがホントは女の子だったってんなら"
"俺ってけっこう最っ低なこと"
してた。
既に、してた。
めっちゃ、してた。
ああいや、まだ女の子と決まった訳じゃないが、それにしたってアイツとはお互い好意を向け合っている自覚が有る。
"そんなアイツを放っておいて"
とか
"アイツの前で他のものに夢中になったらどう思うか"
とか
其処だけは都合よく友達感覚で。
思えば、度々そんなことが有ったような気もする。
そのたびに思い出させられては忘れ。
俺は──
"だから、失うのが怖い"
"ついてきてくれるかって言われたとき、すっごくうれしかったんだよ?"
"ねぇ、ユージン。僕はキミに返せているかな。キミの役に立っているかな。今も、これからも、ずっと、キミの隣に居て良いのかな"
"ユージンだから一緒に居たいの!"
"僕にはユージンしかいないのに"
"ごめんなさい、足手まといで。でも貴男しか居ないんです。こんな風に話せる相手は、貴男しか居なくて、一緒に居たらきっと変われる気がして"
"だからお願いします。きっと、もう迷惑かけません。一緒に・・・居させてくださ・・い"
"──信じちゃうぞ"
何故、この場、この時であったのか分からないが。
とにかくマナとの"今まで"が、ぶわーっと俺の中を駆け巡って。
俺は目を覆って、深く息を吐く。
確かに、軽率だったのかも。
あんなに。
俺"だけ"を見てくれているマナに対して、俺はもっとあいつ"だけ"を見るべきだったのかもしれない。
・・・ごめん、マナ。
「そう──ですね」
もう一度深く息を吐きながら、眼を覆う手を離して、そう返す。
しかしながら俺が猛省しつつ返事を返す相手、アシュリーは俺を見ていなくて。
「──?」
訝しんで追う、その視線の先に。
あ、はい。
居やがるんですよ。
杖を抱えていない方の空いた手で、スカートの生地をぎゅっと握りしめて。
ばつの悪そうに、こちらを見て立ち尽くす。
マナが。
今来たばかりなのか、それともどこからか今の会話を聞いていたのか。
あんな会話の後だ。俺は少しばかり後ろめたいものを感じながらも、どう切り出したものかと迷っていた。
なんにしろ何か反応らしいものを返さなくては。
「よ、よう、マナ。今ログインしたのか?」
そう言って、挨拶しながら、片手を上げる。
「──っ!」
するとどういうわけか、マナがびくっと身を縮込めて、一歩、後ずさる。
嗚呼。
嗚呼、もう。嫌な予感しかしない。
「ええと、マ、マナ?」
「っ!」
俺が、マナの反応を訝しんで、立ち上がって彼女に駆け寄る。
するとマナはさらに身を避けるように一歩あとずさり――
「ご、ごめんなさいッ」
そんなことを言って。
そんなこと言って、突っ立ったままぽろぽろと。
涙をこぼし始める。
ああああああああ。 もう。




