第84回 「茶番だ」
「オレが君を呼んだ理由が、わかるかい?」
6月13日 深夜1時 ローズウッド市宿泊街、祭事式典公園基地。
篝火が仄暗く照らし出す天幕の中、椅子に座って足を組んでいる、ジャンローゼ。
「・・・なんで手を放したか、ですか?」
苦虫を噛み潰したような顔で、多分。俺。
結果から言ってしまうと、区画の奪還、再占領は成功した。俺と魔術師の少女以外に、一般騎士が占領に参加していたため、占領状態は継続され、多少予定より遅れながらも再占領は成った。
ならなんで俺は呼び出しを受けているのか。
わかっている。
俺はジャンローゼの言いつけを破った。
自分の身に危険が及ばない限り、何があっても制圧点から手を離してはならない。そう言われていた。
つまり作戦は区画の再占領こそが優先で有り、あの場で薔薇十字の兄弟の一人、二人の生存を差し置いてでも、手を放すべきではなかった。
だから。
その。
なんだ。
俺はあの時、目の前で死にゆく魔術師の少女を"見捨てる"べきだったんだろう。
TWOはゲームだ。あの娘も、先に電撃で死亡していた重騎士も、今頃この基地内のどこかで復帰しているだろう。
結果として魔術師の少女が助かったのならまだしも、俺のしたことは作戦目標を放棄して、少女の"最期を看取る"という、つまり、ゲーム目的としては"全くの無駄"をしてしまったわけだ。
しかし。
しかしだ。
俺には信じられない。
こいつらアレを。血を吐きながら、眼尻に涙を浮かべて、それでも気丈に笑って見せた、あの少女の顔を見て。
"ああ、死んじゃった。とっととセーブポイントでリスポーンして現場復帰ヨロ"
くらいの感慨で済ませられるというのか。
罪なほどリアル。TWOが魅せる現実さながらのスーパーグラフィックス。俺にはまるで。
――まるで、本当に少女の死に目に会ったかのような錯覚を――
それを!無感動に!
「俺にも見捨てろっていうなら! 俺はっ――!!」
「うん?」
食って掛かるように声を荒げると、ジャンローゼは首を傾げた。
首を、傾げた。
「え?」
「ん?」
目の前であのイケメンが。ジャンローゼが、なんというかなんとも締まりのない、"はにゃー?"って顔をしている。
釣られるように、俺も間抜けな声を上げてしまう。
ポリポリと頬を掻くジャンローゼ。
「何か──誤解があるようだが」
「ええと、ゲームで人死になんて日常茶飯事だから、いちいち狼狽えてないで最速で制圧しろよとかそういうお叱りなのでは・・?」
俺が、自分の言わんとするところを改めて言葉にすると、ジャンローゼはようやく納得したように、ぽん。と、手を打つ。
「あー。それは別に構わないよ。最初は狼狽えるでしょ。このゲームすげーリアルだもんね。オレもエリスが最初に死んだとき、めっちゃ慌ててサー。セーブポイントで復活してんの見て思わず感極まって抱きしめちゃってさ。あ、リカードの奥さんなんだけどね?」
物思いにふける様に、しみじみとそう語るジャンローゼに、何度目か俺は間抜け面を晒す。
「は・・・え?」
「ああ、改めて。うちの兄弟を心配してくれてありがとう」
朗らかな笑顔で握手を求められ、流されるようにその手を取る。
しばし、無言でシェイクハンド。
フリフリフリ。
「──じゃなくって!」
「ん?おお?」
なんだかもうわけがわからなくなって、振り払う様にジャンローゼの手を離し、真っ向から疑問の眼を投げかける。
「だったら! なんで呼びだしたって言うんですかッ!」
ジャンローゼは、一瞬憎たらしいほどのキョトン顔になった後、再度ぽんと手を打つ。
「あーそうだったそうだった」
くそ、こいつ、どこまで本気なんだ。
「んーそうだなぁ。まぁ全部本人に話してもらえばいいか・・・・おーい、もう入っていいぞー」
そんな呑気な口調で、テントの外に呼びかける。
こんな深夜も過ぎた基地に誰が残っているというのか。
誰がって。
決まってるじゃないか。
ジャンローゼが誰を呼んだのか、察してしまった俺は、思わずドキリと、鼓動を早くする。
其処に立つ人物を半ば予想しつつ、俺は、結局どんな顔すればいいのか分からなくて。きっとそれは困惑顔だったんだろう、で、振り返りながら。
やはりと言えばやはり、其処に居たのは、先ほど俺を庇って死亡した魔術師の少女。
先ほど見た通りの黒髪の二つおさげの、地味な印象だが、何処か素朴な可愛さがあるかな、なんて今では思う。暴力的な勢いで外套を染め上げていた血だまりはすでに無く、ああ彼女は無事だったのだという確信に、思わず。
「あ・・・ああ・・よかっ──」
よかった。
そう一言言おうとして、ふと彼女が難しい顔をして俺を見上げているのに気が付く。
「──?」
どうにも、ただもろ手を挙げて再会を喜び合うといった雰囲気ではない、ということだけは察して、中途半端な身振り手振りのまま首をかしげる。
魔術師の少女は、ずいっと俺に身を寄せると難しい顔をしたまま俺を覗き込む。マナよりは背があるようだが、それでも160cmもないだろう。何にしろ女の子にしかめ面で顔を覗き込まれて、訳も分からず仰け反る。
「ねぇ。"英雄"君」
「ハ、ハイ?」
鼻先が触れそうなほど迫られ、俺はいよいよ混乱しながら、そう返すしかない。というかマナといい、この娘といい、こんなアングルばっかだな。
「さっきの"アレ"・・・どういう意味?」
「へ?」
何度目か。間抜けな声を上げる。
さっきのアレっていうのは、死にそうな彼女を何とか助けようと手を伸ばしたり、駆け寄って抱きかかえたりっていうアレの事だろう。だいたい俺と彼女にさっきもなにも、其れしかない。
しかしだ。
「ど、どういう意味・・とは?」
どういう意味もこういう意味もない。
ただ、折角俺を庇ってくれたこの娘を、死なせたくない。その一心だった。
ほかにどんな意味が読み取れるのかと、そう返すしかなかった。
なんにしろオレがそう返すと、二つおさげの少女は、なんていうか悔しそうなっていうか、悲しそうなっていうか、泣きそうな顔をしながら身を引く。
「ああもう・・そんなんだろうなとは思ってたわよ。きっとそういうタイプの人なんだろうなって。でも期待しちゃうじゃない。ちょっとはさ・・・ちょっとは・・・」
一人納得したような、というか理解はしたけど納得はしていなさそうな、苦渋に満ちた顔で、半泣きになりながらそんなことをぶつぶつと言っている。
なにしろ、目の前で女の子に泣かれている。いや半泣きだけど。というか全く身に覚えがない。何をやらかしたのか全く無自覚だがとにかく俺の態度の何かが彼女を傷つけたらしい。
──っていうか。ていうか。ジャンローゼが俺を呼びだした理由はこれか?
いやまぁ、状況から考えてそうなんだろう。
と、とにかくだ。
「いや、あの! ごめん! 俺、何か・・・」
俺が言いかけると、おさげの少女は突然顔を上げて、涙目のままキッっと俺を睨みつける。
「その"ごめん"は、何に対して!?」
そんなの知るわけがない。
とりあえず何かしたらしくて、それで彼女は泣いてるらしくて、何が何やらよくわからないが、泣かせているんだから謝らなければ。
そんな思考で咄嗟に口を突いて出た。
俺がもう、どうにも困り果てていると、彼女の方も無茶を言っている自覚でもあるのか言葉に詰まったように、それ以上は追及しなかった。
ごしごしと服の袖で涙を拭うと、深く、溜息を吐く。
「ああもう。ごめん、突然こんなこと言われても戸惑うよね。でもさ、そういう無自覚ってちょっとひどいと思うの」
「ええと、だから・・・・なにが」
戸惑う俺をいったんさておいて、少女は傍観していたジャンローゼを向き直る。
「ていうかこれジャンさんの前でやんなきゃだめなの!? 恥ずかしいんですけど!?」
ニヤニヤと。まるで他人事として事の成り行きを傍観していたジャンローゼは、魔術師の少女に指を突き付けられて、わざとらしく驚いた様な顔。
降参するように両手を上げると
「どうしても嫌ってんなら、外すけど?」
「あーもう!いいわよ!」
とにかくいろんなフラストレーションをため込んでいるらしい。
少女は半泣きのまま頬を膨らませ、プンスコ怒って見せる。
なにしろ可愛らしい女の子が泣きながら怒っているんだ。原因が俺にあると言うのでなんだか申し訳ない気持ちにもなるのだが、まるで心当たりがない。
なにか、認識に決定的なズレがあるようで、何とも居心地が悪い。
少女はしばし思案したのち、何か思いついたのか、ふとこちらを向き直る。
「ね。 "英雄"君」
「え、あ、はい」
「ちょっとこっち見ててね」
「はい?」
一方的にそういうと、おさげの少女は前かがみになり、ローブの裾をつまむ。
彼女の衣装は薔薇十字の兄弟の一般的な魔術師のローブだ。緩やかなワンピースのフードローブを腰帯で留めており、裾はそのままスカートのようになっている。帯や、フードの縁、袖口などが赤く染められた真っ白なローブで、昔ながらのゲームで言えば白魔術を専門に扱う魔術師のようなイメージもある。
何にしろ、そのスカートの裾を両手でつまんで何をするのかと思えば。
ゆっくりと。その裾を持ち上げて行く。
あれ、ちょっとまて。彼女、今、"こっち見てて"って言ったよな?
"あっち向いてて"の聞き間違いじゃないよな?
俺が慌てる間にも、少女は自らスカートを持ち上げて行く。彼女は中着など着ている様子もなく、下着の上に直接ローブを着ているのか、もち上がるにつれ、その白い足が露になってゆく。
え、なにこれどどどどどどういうこと!? なにやってんの痴女なの破廉恥なの見せたがりなの!?
もう少しでその露出が彼女の下着に差し掛かろうか、というところで。
「わ! ちょ、なにやってんすか!? まってまって!」
俺はどうしていいかわからず、見たら罪に問われるような焦燥感に駆られ、ソレから顔を背けて眼を瞑り、バタバタと無意味に手を振って、彼女を止めようとする。
みしり。
何か鈍い音がして。
何が起こったのか分からず、俺はゆっくりと目を開ける。
いつの間にかローアングルな体勢をとっていたジャンローゼと、スカートを押さえながらその顔面を足蹴にしている魔術師の少女がいた。
「あああもう! ウブかッ! ピュアかッ! 何よその反応! ぱんつくらいで顔真っ赤にしちゃってさ! しかも見てないし! 見ろよォォ! 女の子が体張ってんのやぞォォォ!?」
「オレはー?」
「ジャンさんはなんか手慣れてる感じがするからダメ!」
未だ以てなおジャンローゼの顔を踏みしめながら、そんな漫才を見せつけられた。何だこれ。
ええと。
何だこれ。
なんの。
茶番だ。




