第85回 「特別扱い」
「よく、わかったわ」
なにか、漫才のようなものを見せられたような気もしたが、顔から煙を上げて崩れ落ちるジャンローゼは、この際気にしないことにしよう。
なんにしろ、やはり恥ずかしかったのか、スカートの裾を気にしながら、少女は向き直る。
「"英雄"君は、結局、誰にでも"ああいうこと"しちゃうような、やさしい人なんだね」
「ああいう事?」
「だから・・・んもぅ。ほんと、無自覚なのってズルぃ!」
二つおさげの、魔術師の少女は一人だけ納得したような顔をしながらも、その頬を可愛く膨らませる。
何にせよ──
「だからね、"英雄"君?」
ようやく、答え合わせを、してもらえるらしい。
ちょっとすっきりしたような表情の少女。もう一度俺に歩み寄り、上目遣いに俺を覗き込む。
「女の子は、"特別扱い"が好きなの」
「は、はぁ・・・」
未だ以て言いたいことはわからないが、向こうはもう納得しているらしく、とことん勿体付けてから教える算段のようだ。
どんな"女の子の理屈"を突き付けられるかわからないが、どうやら"俺の所為"らしいので、これはもう、甘んじて受けるしかないんだろう。
「他の女の子にはしてくれないようなことを、自分にだけしてくれたりしたら、あれ? 私にだけ優しくしてくれるの? 私は貴男にとって特別なの? ってちょっと期待しちゃうの」
「・・・?」
「もうっ! 本気でそうなの? もしかして、焦らして、揶揄ってたり、する?」
「い、いや、そんなつもりは・・」
「だからぁっ!」
未だ以てわからんちんな俺に、やきもきしたような、もどかしそうな少女。
少しだけ頬を染めたかと思うと、意を決したように、すぅ、と息を吸い込む。
「君が、さっき私にしたようなことは、十分"特別扱い"なの!」
「え」
「別にホントに死んじゃうわけでも無いのに、必死に手を伸ばしてくれてさ。大丈夫だよーって笑おうとしたら、泣きそうな顔して、最後にはジャンさんの言いつけ破ってまで駆け寄ってくれてさ。あんなふうに男の子に抱かれて、ドキドキしないわけないじゃん! うわ、白馬の王子かよってなるじゃん!」
まるで責める様に。いや、実際責められていたんだろう。詰め寄るみたいに。堰を切ったように。
「ねぇ。そんなんで好きになっちゃうこともあるの。ちょろいでしょ?ころっと絆されちゃうの」
え。
え・・・?
じゃあ、なにか。俺が助けたい一心でやったことは、彼女にとって口説いてるようなもんだった・・ってこと?
いや、しかし、えええ?
「でも」
俺が狼狽える間にも、魔術師の少女は続ける。
「でもさ。"英雄"君は彼女いるじゃん。前夜祭の歌姫。アタシ、あんな可愛い子に勝てる気しないよ? だから──」
迷う様に、語気は弱まり、少女は詰め寄っていた俺から離れる。
「だから、さっきの"アレ"。どういう意味・・なのかな・・って。 はは。よく、わかッ・・・」
そこで。
じわぁ・・って。
目尻に涙がたまって。
零すまいと顔が上ずって、でも堪え切れないみたいで、今度は隠すように俯いて。
嗚呼。嗚呼もう。
俺はどうすることもできなくて、顔を覆った。
「ねぇ。キミはやさしくて、誰に対してもそうなのかもしれないけど」
「うん」
「でも、男と女なの。勘違い・・しちゃうよ?」
「うん」
「だから"アレ"は思わせぶりで」
「うん」
「すごく軽率だったって、自覚してくれたかな」
「・・・・うん」
「じゃあ、一回だけ・・・殴らせて?」
そこで初めて顔を覆う手を離し、彼女に向き直る。涙目で睨みつけられてわずかにたじろいでしまうが、そこはぐっと堪えた。
「う──」
パンッ!
言うが早いか。
乾いた音が鳴って。
俺の視界は横を向いていた。
どうやら魔術師の少女に頬を張られ、顔の向きがずれたのだと、少し緩慢に自覚する。
ダメージにして15程度。
そもそも俺は半感型で痛覚は無いし、こんな"殴らせて"だなんて、ただの儀式でしかなくて。
でも痛くて。
どこかが、痛くて。
「ごめん。 ごめんね」
頬を張っておきながら、彼女は謝った。結局その矛盾した行為が、彼女の葛藤を。
この果てしなく察しの悪いドとんちきな俺に、理解させるには十分で。
「ご・・・めん」
やっとの思いでそれだけを吐きだす。
顔を上げた彼女を見て、鼓動が跳ね上がる。
もはや隠しようもないほど涙をこぼしながら、それでいて彼女が笑って──笑おうとしていたからだ。
制圧点で胸を刺された後に見せた、あの儚い笑顔とダブって見えて、俺は心臓を鷲掴みにされたような錯覚を覚えた。
「謝らないでよ。 貴男と私には何も無かったの。私も、もう忘れるから。・・・じゃあ、さよなら。ユージン君」
そう言って踵を返す彼女に。
「待っ──キミの──名前はッ」
反射的に。口を突いて出てしまったその問いかけに。
自分でも後悔する。
でも、こんな彼女いない歴=年齢みたいな俺にさ。
生まれて初めて好きだって思ってくれたかもしれない相手の、名前くらい、知りたいと思ったって。
思ったって・・・いいじゃないか。
なんにしろ、再度振り返った彼女の顔は、なんていうかもう、色々酷かった。
ぼたぼたとはっきり零れるのが見えるくらいの涙。ああ、さっきので限界だったんだ。最後の虚勢だったんだ。くしゃくしゃに歪められたその表情が。
物語る。
「──ばかッ! 貴男に名前で呼ばれたりなんかしたら、私、もう戻れない! 教えない! 絶対教えてやんない!!」
そう喚き散らして走り去る魔術師の少女を、ただ見送る事しかできなかった。
一人ぽつねんと天幕に残され、いろんな考えが頭の中をぐるぐると駆け巡る。
仕方がないじゃないか。ほんとに。本当の本当に、ただ助けたい一心だったんだ。俺を庇って死にそうになってる一人の"味方"への義理立てだったんだ。
それ以上の意味も、それ以下の意味も、其処に含まれていないつもりだったんだ。
つもり、だった。なんて。
こと彼女に対しては、見苦しい言い訳にしかならないんだろう。
それが、"女の子の理屈"ってやつなんだろう。
そんなただ"名前で相手を呼ぶかどうか"なんてこと一つが、条件次第で、相手次第で、彼女等を笑顔にも泣き顔にもしてしまう、らしい。
俺はふと。
ふと。
思い至ってしまう。
このドとんちきが、それでも思いついてしまう。
もし、もしさ。マナがホントは女の子だったってんなら。
──俺ってけっこう最っ低なことしてるんじゃ、ないのか。
「オレが、君を呼んだ理由がわかるかい?」
その、二度目になるその問いかけに、振り返る。
顔に靴跡を残したまま地べたに座ってキメ顔してるなんて言う、彼にしてみればレアな絵面を晒して、ジャンローゼ。
「いてて。まぁオレ蹴って散らせる鬱憤があるなら、それでもいいんだけどね」
顔を掌でこすりながら、ジャンローゼが立ち上がる。
ああ、そういう。
くそ。俺だけがガキか。達観した様な顔しやがって。
見れば、まだ答えを聞いてないぞとばかりに、苦笑しながら、首をかしげて見せる。
「アンタの意地の悪さなら、よくわかったさ」




