第83回 「彼女は儚く笑った」 挿絵有
ガンッ! と、重さを伴った金属音が響き渡り、薔薇十字の重騎士が制圧点と呼ばれる巨大な八面体の水晶に触れる。
金属音を響かせ広場を突っ切った重騎士は、重装のまま躊躇いなく噴水に飛び込み、水をかき分けて進む。結局、制圧点に手を触れるまで、襲われる事は無かった。
俺が安堵し、制圧点はきっと放棄されたのでは。などという楽観が思考を侵食し始めたとき、それは起こる。
ガン!ゴゴン!!
先ほど騎士の金属籠手が制圧点に触れたときよりも、格段に鋭い音を響かせ、何かが飛来する。
重騎士のヘルメットに覆われた頭部がブレて、俺からは高速で横にずれた様に見えた。
それが金属鎧を貫通できなかった弓矢による衝撃なのだと、少し遅れて気が付く。
何しろ少なくとも三方から矢を射かけられ、何度となくその鎧が矢をはじく。貫通していない為、全くダメージが無いように見えて、TWOはその衝撃も正しくダメージ、つまり"致死性"として計算する。
あのままでは、重騎士はジリ貧の末、衝撃ダメージの蓄積でそのうち倒れてしまうだろう。
其処でようやく重騎士はもっていた大盾を構え、矢の多く飛来する方向に向き直る。しゃがめば全身を隠してしまいそうな盾に、矢の大半が防がれ、防御が安定したかに見えた。
同時、周囲の建造物の屋根から敵の戦士が飛び降り、重騎士に打ち掛かる。
戦槌を振りかぶる紅鉄の剣の戦士。衝撃力勝負のハンマーは金属鎧で受けるには相性が悪い。
カーンッ!!
甲高い金属音を夜陰に響かせ、戦槌が打ち付けられる。衝撃に大盾を押しのけられ、僅かに後退する。
重騎士も直ちに盾裏に仕込んだ得物を抜き放つが、いかんせんリーチに乏しい80cm程度の圧切刀。申し訳程度刃物の体を成したそれは、肉厚で長さのわりに重量と強度に優れ、金属籠手の重量も込みで対象を圧し潰すコンセプトの武器だ。だが、いかんせん今は相手が相性の悪い武器を携行しているのに対し、リーチで劣るのは致命的である。
相手は重量級の両手戦槌を操りながらも、自身は軽装で、立ち回りは早い。
剣のリーチ外から打ち掛かる戦槌を、大盾で防ぐしかない状況だが、一撃ごとに盾は大きく弾かれ、その隙を縫って再度矢が飛来し、着実に重騎士を打ってゆく。
防戦一方の重騎士の有様に、俺は思わず助けに入ろうと腰を浮かしかける。
「まだだ」
あくまで冷静なジャンローゼに、食って掛かる様に反論する。
「っ! でもあのままじゃ・・・!」
言う間にも、いずれかの屋上から何か叫び声が聞こえる。
戦槌の戦士が飛び退いて距離をとると、入れ替わる様に、噴水下の池から黒い悪魔が姿を現す。
『ザンダァ・・・ヴラス・・ト』
聞き取りづらいかすれ声でそう呟いたかと思うと、見るからに荷電質の拳を噴水下の池に向かって叩き付ける。
噴水内はさながら電撃の嵐だ。可視化できるほどのスパークが爆発のように弾け、乱れ走る。
──全身金属鎧で池に踏み込んでいた重騎士はひとたまりもない。
電撃に、浮き上がる様に仰け反ったかと思うと、収まるころには湯気というか煙というか、よくわからないものを吹き出しながら、ガシャリ。音を立てて池底に膝をついて動かなくなる。
「くそっ!」
俺が思わず悪態をつくのと同時、ジャンローゼが動く。
「召喚魔術が一番初動が遅い。これで出そろったと判断して突入する。"戦闘屋"は続け!」
言うが早いか、裂丸と呼ばれた忍者、複数の騎士を伴って広場に飛び込んでゆく。
俺も反射的に飛び出してしまいそうになるが、横の居た魔術師の少女に腕を掴まれ止められる。
はっとして横を向けば、緊張した面持ちの少女が、無言で首を横に振った。
"まだ、そのときではない"
言外に、そう伝わった。
衝動をぐっと飲み下し、広場に視線を戻す。
走り込みながら、ジャンローゼが叫び、その体が薄青く輝きを帯びる。
「ライジング──」
え、ザッパー?
ガーヴェンに続いて、ギルド最高レベルであるジャンローゼまで、初歩剣技を使ったことに、一瞬目を丸くし──
「ザッパァァァァァァァァッ!!!」
ジャンローゼが目にもとまらぬ速さで戦槌の戦士の脇をすり抜け、奥側の建造物の手前で急激に角度を変え、其の屋上まで軽々と飛び上がったのを見て、納得する。
熟練度で、同じ剣技でも此処まで変わるものなのか。
何しろ飛び上がり様に、屋上に居た弓兵の一人を軽々と両断する。
両断である。つまり真っ二つ。そうなっては物理のリアルさがどうのって話ではない。紛う事なき即死だ。
屋上へと音もなく降り立ったジャンローゼは、直ぐ様隣の屋根で呆然としている別の弓兵に向き直り、何事か──おそらく剣技の名称──叫び、消えるような速さで、飛び込み、其の胴を横薙ぎに両断する。
両断、する。
「ザック!!」
サーベルの血を払いながら、屋上でジャンローゼが叫ぶ。
その時までに、残っていたもう一人の弓兵を暗殺していたらしい裂丸が死体を足元に落としながら、答える。
「御意ッ!」
長身の忍者──裂丸が帯に挿していた苦無のような投擲武器を抜き放つと、体を回転させながら、横投げに放つ。
僅かに聞こえる掛け声は、スキル名称だろうか。
「紫閃ッ!」
さらに身を捻りながら、逆手にもう一度、投擲。
「及びに、追川蝉ッ!」
別の建物の屋上で、再度魔術の詠唱を行っていた紅鉄の魔術師らしき男は、しかし、寸でのところでその喉を苦無に射抜かれ、掠れ声を漏らす。
「ヒュゥ」
その声が聞こえるが先か、追って投げた二の射がその額に突き立つ。
鮮やか。
俺が二人の手際に唖然とし、屋上ばかりを眺めていれば、噴水横では戦槌の戦士が薔薇十字の一般騎士三人に取り囲まれていた。
戦槌の戦士は健闘したが、何合も打ち合わせることなく引き倒され、その背に剣を突き立てられ、止めを刺される。
「制圧!戦闘屋は周囲警戒ッ!占領屋は突入しろッ!」
ジャンローゼが油断なく周囲に目を向けながら、叫ぶ。
「出番ね。いくよ!"英雄"君ッ!」
殆ど年も違わないように見える少女に、まるで子供のように手を引かれて、広場に飛び出る。噴水周りで戦槌の戦士と戦っていた三人の騎士も集まり、五人で制圧点に触れる。
少し離れたところで膝をついていたはずの重騎士の姿は、無かった。
本当に脅威は全て去ったのか。
まだ潜伏している敵がいるのではないか。
そんな緊張感に息を荒げながら、手を触れている制圧点の方に視線を向ける。
"区画再占領中・・・進行率12%"
5人で秒間1%くらいだろうか。
この数十秒が永遠にすら感じられる。
全員が手を離してしまうと、このカウントは最初からやり直しとなるらしい。事前の説明で、ジャンローゼからは自分の身に危険が迫らない限り、"何が有っても"手を離すな。と、言われている。
ふと。
二つおさげの少女が片手を制圧点に触れたまま、もう片方の手で持っていた短杖を制圧点に打ち付ける。
「我が神の鐘声を聞け、魔王」
あくまで、ギルドで信仰する神が上位であると主張する独特の魔術起動言語を呟き、真剣な面持ちで使用魔術を選択する。
俺には見えない呪文リストを指し、続いて油断なく周囲に目を向けながら、小声で何事か呟く。
恐らく、占領屋の5人を保護するような支援魔術でも使おうとしてくれているのではないか。
思う間にも、俺達の立つ噴水下の水面から、漆黒の夜気を伴った悪魔がせり上がってくる。
それは、そう。その瞬間に起こった。
支援魔術を行使するために出現した悪魔の召喚エフェクト。その幻像をすり抜けて俺に肉薄する敵プレイヤー。
片手に申し訳程度短剣を携えた闇討師じみた格好の相手が、自分にとびかかってくるのが。
まるで。
スローモーションみたいに。
三人の一般騎士は制圧点を挟んだ逆側に居て、咄嗟に手の出しようがない。
やばい。
これは。
死んだ・・・かも。
だなんて、まぁホントに死ぬわけじゃないことくらい理解してるから、そんな軽い感想になっちまうんだろう。俺はマナの窮地と自分のそれの温度差に、この時まで違和感を感じていなかった。
他人が死にそうなときはあんなに──
しかしながら、そんなスローモーションの俺の視界の中を白いローブが覆いつくす。
"何が有っても"
だ、なんて。ジャンローゼの言いつけをあっさり破って。
いや、もしかしたら、俺とマナの事は守れって命令だったのかもしれないけど。
二つおさげの黒髪の、魔術師の少女が手を広げ、俺を庇う様に敵の前に立ちはだかる。
でも、なんで。
よりにもよって、こんな女の子が。
「──ぐっ!!・・・うっ!」
音もなく。
そして止めようもなく短剣は少女の胸に吸い込まれ、彼女はくぐもった悲鳴を上げる。
スローモーションだった世界に、色が。
音が。
噴水の飛沫が。
崩れ落ちる少女の白い外套が。
──戻る。
「嗚呼ぁあぁぁぁあっ!!」
思えば、まだ名前も知らなかった。
咄嗟にその名を呼ぶこともできず、俺は何の意味もなさない感情の吐露を、その声に載せる。
「──手を離すなッ!!」
彼女に駆け寄ろうとし、ジャンローゼに一喝される。
直後、裂丸の放った苦無が無数に、闇討師の背に突き立ち、今度こそ紅鉄勢力は沈黙する。
わかってる。
これはゲームだ。
彼女を見捨ててでも、この制圧点を占領することが優先だ。彼女も、そしていつの間にか霧散して消えていた重騎士も、祭事式典公園の基地に帰れば、何事もなかったかのように、笑顔で俺たちを迎えてくれるんだろう。
でも。
でも、だ。
浅い、噴水下の池に膝をつき、どこか呆然とした表情で自分の胸をおさえる、魔術師の少女。
ごほ。と、咽る様な咳の後、その唇に朱が伝い。その真白のローブに、まるで俺を責めるかのように、止めようのない速度で広がっていく、赤。
膝をついたまま、少女はヒュゥと漏れるような息を浅く吐き、空いた手に握った短杖を弱弱しく振り下ろす。
ぱしゃり。と、それはむなしく水面を叩き、おそらく彼女が意図したであろう、魔術結界の展開は成されなかった。
滑り落ちるように手を離れた短杖が池底へ沈んでいく。
「~~~~~っ!!」
俺はなんだか、吐き気を伴うような焦燥感に駆られながら、制圧点に手を触れたまま、それでも開いた手でベルトポーチから経口回復薬を引き抜く。
もどかしく、口でコルクを引き抜いて、それを彼女へ差し出す。
制圧点から手を離さずに、限界まで手を伸ばす。
彼女も、それに気が付いて、殊更もどかしくも緩慢な動きで手を伸ばす。
──だが、届かない。
そのたった数十センチが、絶望的なまでの距離となって、俺と、少女を隔てる。
やがて、震える手を差し出していた少女が弱弱しく微笑み、その手はゆっくりと降ろされる。
正直、泣きそうだった。
「ダメだ! 諦めないでくれッ!」
滑稽だ。無事な方の俺が、彼女に目の前で死なないでくれと、お願いしているのだ。
叫ぶが、二つおさげの少女はわずかに顔を傾けて。
長い黒髪がさらり、と、揺れて。
彼女は。儚く、笑った。
それは。
その笑顔は、どこまでも俺を責めた。
きっと彼女にそんな意図はない。
そんなこと誰も言っちゃいないのに、でも俺の頭の中で、醜く下卑た声で叫び散らす。
"オマエガミゴロシニシタ"
気が付けば、俺は制圧点から手を離し、彼女に駆け寄っていた。
揺らいで、水面へと倒れようとする華奢な体を抱きとめて、その顔を覗き込む。急いで回復薬をその口に注ごうとするも、その時にはもう、彼女のアバターは薄青い光を帯びていた。
最後に俺を見上げた彼女は
「はは・・・あー・・・これは、惚れちゃう・・なぁ」
呟いて。
小さく、そう呟いて、眼を閉じた。
「あ・・・あぁ・・・」
彼女の光化は加速し、輝き、透き通って。
やがて俺の手はその体をすり抜け、彼女は完全に消え失せた。
「嗚呼ああああぁぁぁぁぁあああああぁぁぁぁぁぁぁああああっっ!!!!」
このてのなかで いのちが しんでいくかんかくが
彼女は。儚く、笑った。




