第82回 「平たく言って囮作戦」
「マナちゃん、寝たかい?」
そんな言葉と共に、ベンチに一人佇む俺のもとにジャンローゼがやってきたのは、深夜近く。
で。
「わざわざアイツが寝るのを待って、俺だけの時に、何の用です?」
何を言われるのかはなんとなくわかる。
故に、皮肉を込めてそう問い返す。
「君にも、手伝ってもらいたいことがある。後一時間くらい、居られるかい?」
「何なりと?」
ニヤリ、と不敵に笑って見せ、ベンチから立ち上がる。
ジャンローゼは満足げに頷いて、俺を促しながら踵を返す。
──ついてこい、という事だろう。
先ほどのマナとの会話で、無力感を感じていた俺は、何でもいいから役に立ちたかった。
◇◆◇◆◇
「制圧戦・・・?」
「そうだ」
連れてこられた天幕で、これからすべきことの説明を受ける。
此れから俺は、ジャンローゼに同伴して、奇襲によって占領されてしまったローズウッド市の制圧点を再占領しに行くらしい。
しかし、だ。
「俺、で、役に立てますか?戦闘行為でしょう?」
「こう言っては失礼かもしれないが、君は"占領要員"さ。戦闘屋が周辺を制圧する間、制圧点に触れている役割だ。頭数が欲しい」
「貴公の安全は同伴する魔術師と我々が守るでゴザル。安心されよ」
難色を示していると思われたのか、横手から忍者のような恰好をした──裂丸だったか──長身の男が補足する。
なるほど、制圧点というやつはプレイヤーで在れば誰が触れていても、同じ速さで占領できるものなんだろう。
戦闘行為はより高レベルの者が。そして俺を含む、戦闘力に乏しい者が人数をそろえて制圧点に張り付く。そういう作戦らしい。
「なに、精鋭で臨むから紅鉄のギルドマスターでも出てこない限り、君が死亡するような事はないさ」
「ジャンさん、それふらぐ立ってません?」
傍に居た魔術師の女の子に揶揄われ、ジャンローゼは困ったように頭を掻く。
「まいったな。不安になる様なこと言わないでくれよ」
「ガヴリエル・・・ってのは?」
唐突に出てきた固有名詞に俺が首をかしげると、苦笑していたジャンローゼがふと真顔になる。
「ああ、"紅帝"を名乗る相手方のギルドマスター、ガヴリエル・ブラントの事だよ。正直、出てきたら制圧点どころじゃなくなるね。"区画が消し飛ぶ"ような覚悟をしないと何とも。まぁ、ホントに出てきたら、君だけは何としても逃がすさ」
くかくがけしとぶ。とかさらりと言った気がする。
そんな戦闘行為は、ここが戦時指定エリアだからこそか。普通のセーフティエリアでやったらあっという間に防犯NPCにしょっ引かれるだろう。
ごくり、と唾を飲み下す。
「まぁ、覚悟だけはしておきます」
「うん、じゃあ、行こうか。──ああそうだ、忘れるとこだった」
そう言ってジャンローゼが目配せすると、先ほどの魔術師の女の子が、テーブルに置かれていた衣装の様なモノを差し出す。
黒いジャケットと、対照的な赤裏打ちの白いマント。
まぢか。
「夜陰に紛れるのもありだが、今回は我々の一般騎士に扮してもらう。キミは前回の件で紅鉄のヘイトを買っているし、対人戦闘専門情報サイトで容姿も割れてるだろうからね」
なるほど。
TWO-PvP-today、ね。
調べるまでもなく説明されてしまった。
まぁ今後しばらく此処ユリシャで過ごすのならやはり詳しく見ておくべきか。
俺はまるで似合わないのではないか、と気恥ずかしさを覚えながらも、ベストの様な簡易的なジャケットに腕を通し、マントの金具を止める。
「長剣は幸いだった。──"騎士様"の完成だな」
「カッコイイですよ!」
感想を述べられ、こそばゆさに居たたまれず視線を泳がせる俺がいた。
◇◆◇◆◇
隠蔽も何もあったもんじゃない。
この夜陰に素っ頓狂ともいえる、目にも鮮やかな紅白。
俺たちはひとまず、基地設営をした宿泊街の制圧を盤石なものにすべく、夜のローズウッド市を駆け抜ける。
最初は"隠れる気があるのか"と心中反感を抱いていた俺だが、しかしながら視線さえ通らなければこの目に痛い純白のマントであっても、敵方に見つかる事は無かった。
そも街の反対側、湖岸部から侵入した紅鉄の剣のメンバーで、この宿泊街まで到達できたプレイヤーはそこまで多く無いらしい。背の高い建造物が乱立する宿泊街において、視線を切りながらの移動は容易かった。
さらに言えば、市内を簡単に行き来できるシステムである"ゲートクリスタル"をはじめとする、都市機能のいくつかの使用権限はいまだ薔薇十字にある。
紅鉄の剣は最初の襲撃で、その都市機能のコントロールを奪う算段であったらしいが、俺とマナの介入によってそれは失敗に終わった。
そのためローズウッド市深くまで進攻できた紅鉄の剣の一部の部隊は、現在、逆に敵地で孤立しているような状態なのだ。
──もし、仮に最初の襲撃で制圧点を半分以上持っていかれ、都市機能の操作権限を奪われでもしていたら、今頃成す術もなく畳みかけられていただろう。
TWOがゲームである以上、プレイヤーキャラクターは安易に死に、そして生き返る為、命を顧みない強引な作戦がとりやすい。
つまり死ぬ端から生き返り、ゲートクリスタルを使って即、前線に舞い戻る。所謂"ゾンビアタック"というやつだ。
そんな中、俺達の言う"死ねない"は相当な我儘で、それを薔薇十字の兄弟たちに背負わせるのは、無茶の一言に尽きる。
にこやかに笑いかけながら、それをしてくれている彼らの気概に、衣装に対する不満など、長くは燻らなかった。
「もうすぐ制圧点だ」
ジャンローゼの言葉に、皆の表情に緊張が走る。
一つ向こうの角に、建造物のない開けた場所があり、中心に噴水のある広場となっていた。そしてその噴水の中心に青く光る巨大な水晶が浮いており、事前の説明ではそれが制圧点であり、それに薔薇十字のメンバーが一定時間触れ続けることによって、紅鉄の剣の制圧下から再占領することができるという。
おかしいのは、其の制圧点の周囲に、紅鉄の剣のメンバーが見当たらないことだ。
建物の陰に潜み、広場の様子を窺う俺たち。
「向こうも潜伏してるらしいな。炙り出すしかないか」
「炙り出し?」
「平たく言って、"囮作戦"」
つまり、誰か一人が先に広場を突っ切って、制圧点に触れる。それを阻止するために動きを見せた紅鉄の剣のメンバーを、ジャンローゼ達"戦闘屋"が叩き、最後に俺たち"占領屋"が広場に飛び込む。
しかし。
「それじゃ囮役が無事じゃ済まないでしょう?」
俺の言に、ジャンローゼは困った顔をする。
そして彼が、口を開くより先に、横手から肩を叩かれる。
振り向くと、横に居たのは先ほどの天幕で衣装を手渡してくれた魔術師の女の子。これまた困ったような顔をして俺の耳に口を寄せる。
「ごめんね。イメージ悪いかもしれないけど、ゲームならではのセオリーなんだ。それに、大丈夫、ちゃんとそういうのが得意な人がやることになってるから」
どうやら、薔薇のメンバーもこの世界での"死"についてある程度は割り切ってしまっているらしい。つまり、"ほんとに死んじゃうわけじゃないから、其処は割り切ろう"と、諭されているのだ。
緩くまとめた黒髪の二つおさげを揺らしながら、少し地味な印象のある魔術師の少女は俺から身を離す。
「がんばろ、ねっ」
最後にそんなダメ押しをされながら、朗らかに微笑まれては、もう何も言い返すこともできなかった。
もちろん、俺だってゲーマーだ。それがゲームならではの戦術で、"死を恐れない兵士"なんてものが戦術においてどれほど便利なものか、なんて理屈はわかる。
でも、この絵面なんだぜ? まるで現実さながらのリアルな人間が、血を吐き、時に恨みのこもった目を向けながら崩れ落ちて行く。
それを。
こいつらは"見慣れて"しまっているのか。
魔術師の少女に苦笑を返し、なんとか、頷く。
「じゃあ、作戦開始だ」
こちらを振り返っていたジャンローゼが、彼の横に並ぶ全身甲冑の重騎士に合図を送る。
夜陰に、けたたましい金属音を響かせながら、重騎士が広場に飛び込んだ。




