第81回 「召喚魔術のお話」
「──どきどき・・・しちゃうね」
はたしてマナは本当にそう言ったのか。
確かめるような勇気は、俺には無かった。少しの居心地悪さを誤魔化す様に、別の話題を探す。
「そういえば、さ」
「うん」
って言っておきながら、さり気なく変える先の話題を未だ思いつかないまま、そう口にして言葉に詰まる。自分のヘタレ加減にほとほとウンザリしながら、ただマナに悟られやしないかと冷や冷やしながらも。
"横に座って、ただ黙って居てみるといい。その沈黙に耐えられる間柄なのかを"
──どこかで聞きかじった偉人の言葉だ。
俺は確かにこの言葉を知った。多分、きっとネットの何処かで。
でも言った人物の名前なんて覚えてやしない。
それはきっとその偉人さんの本懐とするところだろう。その精神をこそ世に残したくて、きっとそう言った。そんな感想も、やはり俺の独りよがりではあるが。
なんにしろ、その沈黙は──
それが斎藤であれば、俺はきっと苦痛を感じない。
じゃあ、マナは?
正直どうにも居心地が悪い。
相棒だ何だと勝手に人を括っておきながら。この不安は何だ。この焦燥感は何だ。
つまり、"相手にどう思われているかという自分に、自信がない"
下手なこと言ったら、とたんに嫌われて──
"キミに嫌われたんじゃないかって、不安になって"
ああ、そういうことかぁ。
なんて、何かが腑に落ちかけて。でもそれと同時に、都合よく変えるべき話題を思いついてしまって。
「──キンドル、何とかじゃないんだな」
「えっ?」
何か。
大切なことに気が付いた気がしたのに、俺はそれをうやむやにしたまま、沈黙に耐えかねて口を開く。
「ほら、医療テントでさ、回復呪文、いつもと違うの使ってなかった?」
「ああ・・・パワーヒール」
マナは少しの思案の後、事の経緯を説明し始める。
「"キンドルヒールリング"は"燃費"が悪いの」
「うん? でもケンちゃんやピンク姐さんは"レアもの"とか言ってたけど・・・?」
「うーん。 それも間違ってないの。 えっとね」
そんなこんなで、再度、魔術談義。
何度も言うようだが、このセレクトリア王国領・・・いっそTWOでは、と、言い切ってしまってもいい。魔術と言えば"召喚魔術"の事である。
魔力の行使を他者に代行させるため、その効果に対して消費する精神力が極端に少なく、圧倒的に燃費が良い。
半面、召喚というシークエンスを挟む以上、発動が極端に遅い。
この世界を取り巻く魔術事情も、それを常識としているため、いかなる初歩魔術といえど、召喚を挟まないで術師本人が発動させた場合、それは十分"不意打ち"と成り得るほどだ。代償として初歩魔術のただ一度の行使で、一般的な魔術師の精神力を根こそぎ消費し、昏倒させかねない。
"ニンゲン"の精神力の直接的な魔力変換というのは、それほどまでに効率が悪い。
だからこそ、召喚魔術の利点は、それを人間社会で主流とさせるに十分なのだ。
だが、遅い。その一点のみにおいて召喚魔術の利便性はすこぶる悪い。
此処にMP100の魔術師がいたとして、火属性初歩魔術"ファイアアロー"の消費MPが5だったとしよう。
そのままで20回の連続行使ができるし、精神力というものが休息状態で自然回復するものと考えれば、20回使用する間に数ポイント回復し、それでもなお昏倒はしない。
だから遠慮なく連打できるぞー。
魔術起動言語発語→魔術結界展開→使用魔術選択→詠唱→召喚シークエンス→悪魔さん詠唱→魔術発動。
これがファイアアロー1発の発動にかかる動作を文字にした"手間"というやつで。じゃあこれを20回連続で・・・
魔術起動言語発語→魔術結界展開→使用魔術選択→詠唱→召喚シークエンス→悪魔さん詠唱→魔術発動→魔術起動言語発語→魔術結界展開→使用魔術選択→詠唱→召喚シークエンス→【 読み飛ばし推奨 】悪魔さん詠唱→魔術発動→魔術起動言語発語→魔術結界展開→使用魔術選択→詠唱→召喚シークエンス→悪魔さん詠唱→魔術発動→魔術起動言語発語→魔術結界展開→使用魔術選択→詠唱→召喚シークエンス→悪魔さん詠唱→魔術発動・・・
ん゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っめんどいぃぃぃぃっ!
それが、召喚魔術だ。
魔術師の間で、その魔術使用に関するあらゆる"時短効果"はそれだけで"価値"として認められる。
そこで魔術協会ヴァルハラ支部で、初心者支援組の二人に希少だといわれた"キンドルヒール"
これは"生命力回復"と"暖気・凍結解除"という二つの効果を、一度の発動でもたらしてくれる。代わりに、普通の生命力回復魔術より消費精神力が多い。
つまりこのような"一回の発動で複数の効果が伴う呪文"というのはそれだけで付加価値があるとされるわけだ。
そういう意味での
"あらぁ、レア引いたわねぇ"
だったわけだ。
通常、時短こそが最も望まれるため、デメリットである"消費が少し多い"という部分は無視される。
しかしながら、あの医療テント内で、キンドルヒーリングに含まれる"暖気"が必要だったかというと、"全く必要ない"
マナはあの現場で精神力を枯渇させるほど魔術を連続使用していたし、あの場に限っては、燃費の良さが優先されたというわけだ。
「で、無属性の初歩回復魔術"パワーヒール"ってわけさ」
「なるほどな。でもいつの間にそんなの覚えたんだ? レベルアップで新しい呪文とか覚えたりしないんだろ?」
「薔薇十字の人たちが、初歩魔術のスクロールをいっぱいくれたんだ。ほら、止血魔術なんてのも、僕、持ってなかったでしょ?」
「無料で? ずいぶん大盤振る舞いだな」
呪文のスクロールは消費アイテムだ。一度使用すれば"消費"されてしまい、消えてなくなる。モノによっては貴重品だ。ほとんどお荷物と思われた俺たちに投資するにしては少しやり過ぎな感じもあるが・・・。
訝しむ俺に、マナは眉を寄せて肩をすくめる。
「どっちかって言うと、人手の方が問題みたい。呪文のスクロールは既知の魔術師には無価値だし、初歩のやつはいっぱい余ってるんだって。それよりも」
マナは困ったような顔のまま医療テントの方を遠く、仰ぎ見る。
「"魔術師"が足りてない。崇拝の儀式さえ済んでるなら、呪文はこっちで用意するから・・・って感じだったよ?」
「・・・次元の違う話に聞こえるな」
「そうだね・・まだまだ初心者扱いされても、仕方ないよね」
二人して、ベンチに深く沈み込み、長いため息。
そうだよ。
ほんとそう。マナはまだいい。さっきも言ったように"魔術師"というだけでここでは重宝される。確固たる"戦力"である騎士たちの、その生命力を多少拙いながら回復し、前線へ送り返すことができる。
じゃ、俺は何だ。
腰から長剣をぶら下げているだけで、平均レベルのプレイヤーとまともに一戦やり合うだけの余裕もない。
こんなんじゃ何もできない。
"守るって言ったじゃん"
とか。ちゃんちゃらおかしい。
強く・・ならなきゃ。
「あ。 もうこんな時間」
マナの呟きに、我に返る。
そしてマナは、そろそろログアウトしなければならない時間なのだと理解し、同時に思い出す。
「ああ。 そういや結局、何の用事だったんだ?」
「ふぇ?」
何の話か分からない。といった表情のマナに、オレも首をかしげながら、問い直す。
「ほら、SNSで"ちょっとでも会えないか"って。マナが言ったんじゃないか。何か用事が有ったんじゃないのか?」
俺が言いなおすと、マナはそれで思い出したかのようにはっとした顔。
しかしながらそれで何を言うでもなく、迷う様に視線を泳がせてごにょごにょと聞こえない声で何かを呟く。
「? どうしたんだ、此処まで来て用事を済まさないで落ちるのももったいなくないか?」
「あのっ えっと。 も、もう済んだからいい・・・」
視線を合わせないで、狼狽えた様にそんなこと言うもんだから、さすがに俺だって訝しむ。
「うん? まだ何もしてないじゃないか」
そう言ってマナを覗き込む。
「だ、だからっ もういいの。 大丈夫だからっ」
「なんだよ、それ。 どうしたんだ急に」
俺があくまで納得いかない態度を崩さないでいると、マナは弱り切った顔を上げて、俺を見る。
「お」
「お?」
「怒らない・・・?」
そんなことを。
言うのだ。
俺は一瞬ぽかんとした間抜け面を晒し、すぐにそれがマナの"いつも通り"だと気づく。
吹き出す様に苦笑し。
「・・・今更だ」
俺とお前の仲で、今更だ。
そう言って微笑みかける。
マナは"う~"とか可愛らしく唸った後、消え入るような小さい声で続ける。
「ほ、ほんとは、用事なんてないの」
「う、うん?」
「メールの通りだよ? その、ただ、今日もユージンと会いたくて・・・」
「っ!?」
いつの間にか、夜陰の中、篝火に照らされた中でもわかるほど顔を真っ赤にしたマナに、不安げに覗き込まれていた。
「・・・だめ?」
これに、弱い。
俺は、多分、同じ顔でマナに"おねだり"とかされたら、何だって許してしまうのではないか。
何にしろ、"ただ会いたくて"の意味するところをどう受け止めたものか。俺は赤面する自分の顔を隠す様に、掌で覆いながら零す様に呟く。
「・・・だめじゃ、ない」
横目に盗み見た、マナの笑顔が。
眩しくて。
こんな夜陰の中だというのに、眩しくて。
眩しすぎて、直視できなかった。




