第80回 「えむぴーのお話」
さて、TWOもゲームだ。
俺たちのステータスにはダメージや消費といった変動値としての生命力や精神力、所謂HPだのMPだのは存在する。
厳密に言うと生命力はライフポイントと呼称され、略称表記は"LP"だ。
そして問題の精神力。
これは"MP"ではあるが"マジックポイント"ではない。此処に至るまで何度となく"精神値"と記述してある様に、"メンタルポイント"の略称表記である。
この"MP"というやつが実はけっこう曲者で、魔法をバンバン使ってゼロになっちゃったけど、命に別状はないし、このままでもしばらくはいいよね!
って問題でもない。
ないんだ。
この精神値というやつは最大値に対して100%の状態を最適状態とし、その数値をそのままキャラクターの"精神状態"と言い換えることができる。わかりやすい言葉に置き換えるなら"正気度"とでも言おうか。
つまり"魔力"ではない。
過去の記述で、"人間が魔力を持つことは基本的にない"と言った通り、現在その100%がセレクトリア人の人間であるプレイヤーキャラクターの能力に、"魔力値"と言う概念はない。
しかしながら現象としての魔力を発生させることはできる。
それが魔術だ。
普通のゲームみたいに言うなら「MP」を「消費」して「魔法を放つ」ところを、このThebesの世界の概念で言うと、次のようになる。
魔力がないんで、魔法が使えない、でも使いたい。使える奴(悪魔)を呼んで、代わりに使ってもらおう。──簡単に言うと、これが主流である召喚魔術だ。
召喚魔術というのは魔術行使というより、その一つ一つが"悪魔との契約"だ。
何かを差し出すことによって対価を得る。
人間の精神力を"価値"として認識する者に、それを対価として"支払う"ことによって──と、以前の記述では説明したと思う。
これは厳密には、違う。
Thebesの世界において、多分、だけど、悪魔は人間の精神力なんて欲しがっちゃいない。
でも術者の精神値が"ごっそり削れて正気を失う"のは見たい。
つまり、対価としての精神力が"欲しい"わけじゃない。
言い換えるのなら正気を失ったという結果。つまり"狂気を与えたい"
愚劣な、見下すべき矮小な生き物である"ニンゲン"が、一歩、狂気に近づく。それをこそ楽しみ、喜ぶのだ。だからこそ、悪魔はそれを対価と認め、一時の魔力行使を貸し与える。
"悪魔"なんてものが喜ぶ理由、としては、単純に"MP消費したから"というよりは、むしろ納得できるのではないか。
・・・・・・っと。
話が魔術の方へ脱線してしまったが、精神値の話だったな。
MPの数値=現在の正気度
とするのなら
MP 50/100
このように最大値の半分のMPのキャラクターがいたら、つまり
"半分正気を失っている状態"
というわけだ。
じゃあMPがゼロになったら発狂するのか?
マナの話を聞く限り、流石にそれはないようだ。
"正気度で適切でないなら、意識レベル、とも言い変えられる"
なんて説明する。
なので、消費とともに術者は"眠気の様なモノ"を覚え、消費と共にそれは増大していき、やがて視界を侵食するに至り、数値ゼロ、つまり枯渇を以て昏倒、気絶する。
なるほど、MP0で気絶・・という事実は聞きかじりで知ってはいたが、設定としてそういう裏付けが有ったんだな。
TWOはゲームであるから、この表現はキャラクター動作の緩慢さや、視界浸食など、全感型であれば、倦怠感などで表現されるらしい。
それから、例えばこれはマナも聞いた話だと言うが、原作「Thebes」上の表現で在れば
"急激な精神力消費によって、脳を削られる感覚"
だとか
"逃げ場のない脳がそれを求めて、私に今すぐ壁際まで走り、頭を叩きつけて穴を開けろと叫ぶ"
だとか。
その世界で"魔術師"たる人物は魔術の使用により、常に眠気や倦怠感に抗う意志力を求められ、それでも過度の使用を余儀なくされれば、自分のものとは思えないおかしな思考に頭を振りつつ、杖を翳す。正気じゃなくなっていく自分を自制しながら、それでも魔術式を展開する表現だ。
ちなみに原作表現上で"枯渇"。つまり、ゼロになってしまえばそのまま気絶するが、気絶しないぎりぎりをあえてキープするような状態が続くと、それこそ狂気に呑まれてしまう。
なので、原作上であれゲーム版であれ、Thebesの世界で魔術・・・というか"MP"を消費するのであれば、それは枯渇寸前まで酷使してから一気に回復するということがしにくい。原作であれば気絶や発狂のリスクを。ゲーム版であっても視界浸食や、全感型であれば、感覚的な倦怠感や眠気も伴う。
それらのバッドステータスを推してキャラクターを酷使するメリットなどない。
だからTWOでは通常、MPというやつは高数値をキープするのがセオリーなのだ。
ちょっと減ったらすぐ回復!である。
「ほら、僕たちってずっと二人だけで居たから。僕もユージン一人だけ回復してMPが枯渇しちゃうようなことって、なかったんだよね」
「まぁ、たしかに放っておけば自動回復する数値だし、"ゼロ"ってあんまりならないよな」
感心したように頷く俺を覗き込むように、マナ。
ジェスチャーとか混ぜて、MP講釈を真面目に語るわけだが、それを"マナがやると可愛いな"とか。
とか。 そんなこと言ったらまた。
"もうっ、僕は男だって言ってるのに"
とか。 言い出すのかな。
「だから、あの医療テントみたいな状況は初めてでさ。僕もびっくりしちゃった。」
「じゃあ、騎士の人が差し出してたのはMP回復薬なのか」
「そゆこと」
「ふーん・・・口惜しいな」
口をついて出た。
出てしまった。そんなセリフが。
はっとして隣を見れば、やはりといえばやはり、マナが目を丸くしている。
「え、な、なんで?」
「あーいや、本当なら俺が差し出さなきゃいけなかった。"相棒"なんて呼んどいて、不勉強だった」
「そ、それは仕方なくない? 知らなかったんだし」
「いや・・・んー、自己満足の問題」
「?・・・そ、そう?」
医療テントで。
あの騎士が俺より先に気が付いて、スピリットポーションを差し出した。
その瞬間。確かに嫉妬した──だなんて。
そんなこと言ったら、どんな顔するんだろう。
「でも気を付けてね?」
「ん?──ああ。 え? どうして?」
生返事で返してしまう俺に、ちょっとだけ怪訝な顔しながらも、マナはそのまま続けた。
「だから、良くも悪くも"魔力"じゃなくて"精神力"なの。 どうもね、このゲームそもそも脳波感知デバイスでもあるHMDが無ければプレイできないでしょ?」
「うん? そう、だけど?」
「たぶん・・だけど、コレ、僕たちの精神状態を読み取って、その不安定さで何割かくらいは、MP減らされてる節があるんだよね」
「は?」
流石に初耳だ。というかそれが本当だとしたら、なんて扱いづらいステータスだ。ゲームなんだぞ?
「だって僕、MPが満タンだったの見たことないもん」
マナの言うことを疑うわけじゃないが、ゲームとしては信じられないシステムの情報に、俺は思わず自分のステータスウィンドウを開いていた。
Name:ユージン
Lv:21
LP: 924/1052
MP: 215/ 232
たしかに、減っている。
ちなみに剣技の使用によってMPは消費しない。
剣士である俺が、他にMPを消費する要素なんてないはずなのだ。
俺が信じられない思いで、ステータスウィンドウとにらめっこしている横で、マナは楽しそうに笑う。
「他にも、ネ。 休息状態なら自然回復するっていうのも、精神状態次第で、速度が全然違うんだって。すっごくイライラしてる人が、"休んでるのにMPが減った事が有る"なんて話もあるよ!」
なん・・・でだ。
俺は久々に、このゲームの開発に関わる人間たちの、その意図に不信感を募らせた。
何のためにだ。何の必要があってゲームするのにこんな要素が必要ある?
これじゃまるで現実を、もうひとt──
考えかけたところで、ふとマナに肩を叩かれる。
「信じられない?」
俺は慌てて、何を取り繕う必要があるわけでも無いのに、上ずった声を上げてそちらを振り向く。
「い、いや、俺のMPが減ってる時点で信じざるを得ないが・・・」
「うーん、そうだなぁ。 ね、ユージン。 その数値ちょっと覚えてて?」
「へ?」
マナはそんなことを言ったかと思うと、俺の横で居住まいを正す。
それからそのきれいな白銀の横髪をかき上げ、意味有り気に目を細める。
微笑。
俺はそもそもこの"顔"に一目惚れさせられたという事実を、今更ながらに思い出す。
彼女の"良さ"はもちろんそれだけではないが、その容姿も、色んな障害をそっち退けて惚れてしまいそうなくらい可愛いのだ。
そして何をするのかと思えば、そのまますぅっと俺に身を寄せたかと思うと。
その顔が。
唇が。
俺の頬に近づいて。
いや、ちょっなにかんがえてんですかまなさんおれたちちゃんとりあるをおしえあったおとこどうしじゃないですかやだーこれいったいなんのまねですかおれそろそろりせいがたもてなくておそっちゃいそうなきもちをおさえるのがやっとなんですがそこんとこどうk
「──減った・・?」
「へ?」
いつのまにか顔を離していたマナは、少しだけ恥ずかしそうにしながらも、悪戯っぽく笑って舌を出す。
「だから、えむぴー。今ので減った?」
「え、あ、ああ、減って・・」
「ふふ。 僕も、ちょっと減った」
「ってお前なァ!?」
「わっ!ちょっとした冗談だよぅ」
「おま、お前がやるとシャレになんねぇんだよ!?」
俺は、突然のマナの揶揄いに気を立ててしまって。
だからなんていうか、興奮してて。
正気じゃなくて。
えむぴーが減っていて。
「──そう、だね。 どきどき、しちゃうね」
思わず惚れそうになる様な笑顔で、気恥ずかしそうに笑う彼女が。
マナが本当にそう言ったのか、なんだか自信がなかった。




