第79回 「どんな顔?」
「え? わ! ユ、ユージン!?」
俺と騎士の間に割って入り、騎士の治療を始めようとしたのは、そもそも俺が探していた相手、マナだった。
驚いた様に俺の名前を呟くのだが──
ずももももももももも。
あ、悪魔さんご苦労様っス。
『パワーヒール・・・』
既に使用魔術選択を済ませていたらしいマナは、俺の名前を呟いたことで、意図しないタイミングで魔術を発動させてしまったらしい。
そういや初めての時もそうだったが、魔界を開いているときの魔術師に話しかけるもんじゃないな。
しゃらんらー。なんて音がして。
でも回復エフェクトに包まれたのは傷ついた騎士ではなく、俺。
「あ、ごめんなさいっ」
「いや、いいよ。さっきの止血帯でもう自己治癒が間に合うから、死ぬ事は無いよ」
咄嗟に回復失敗を謝罪するマナに、騎士は疲れた表情ながらも目の前で手を振って"大丈夫"アピールをする。
「じゃあ、止血からで大丈夫ですね。 あ、ユージンごめん。 こんなに早く来てくれると思わなくて。 ちょっとまっててね?」
「あ、ああ・・」
どうやらすっこんでいるしかないらしい。
俺が邪魔にならないように脇によると、マナは、俺の知らない"止血呪文"を唱えて、先ず騎士の止血を完全にする。
先に継続ダメージを止めておかないと、生命値回復後に余計なダメージを受けることになる。それを嫌ったんだろう。
マナが、再度魔術起動言語を呟いて、だが突然、片手で目を覆ってうずくまる。
「お、おいマナ!?」
突然体を折るマナに、俺と騎士はあわてて彼女の身体を支える。
俺には何故マナが変調をきたしたのか分からなかったが、状況を理解しているらしい騎士が何やらポーションの瓶を差し出すと、申し訳なさそうにそれを受け取って、ゆっくりと飲み干す。
けほ。
と軽くむせ返る様な咳をして、マナが体を起こす。
「すみません・・」
「いや、いいよ。苦労かけるね」
そんな、俺の窺い知らない、他人と相棒のやり取りに、少しだけ嫉妬してしまいながら、さりとて俺には眺める意外にできることがない。
軽く頭を振ったあと、マナは魔術を再開し、騎士を回復した。
すごいな、恥ずかしながら、俺はこのテントに入った時、正直狼狽えた。しかしマナはこの状況に適応している。
にこやかに手を振って、テントを後にする騎士を見送って、さて、どうしたもんか。
「えーと、忙しい?」
隣に立つマナを見やって、そう話しかける。
心底申し訳なさそうな、ある意味いつものマナの顔に逆にほっとしながら、その返事を待つ。
「ご、ごめん、ユージン。 エリスさんから頼まれて、負傷者の手当てを手伝ってるの。 10時半までって約束なんだけど、その、こんなに早く来てくれると思って無くて・・・」
「い、いや、俺の方も"遅くとも11時"としか言って無いし」
そんな問答をしていると、テントに入ってきた魔術師風の女の子に、マナが肩を叩かれる。
「いいよ。マナちゃん。もう上がって」
「フィルさん。 でも・・」
既に顔見知りらしい、ポニーテールの快活そうな少女にそう促されるが、マナは遠慮したように口ごもる。
フィルと呼ばれた少女は、今度はマナの耳に口を寄せて、何処か揶揄う様な、企み顔を浮かべて囁く。
「だって、"彼氏君"が来るの、ずっと待ってたんでしょ? 此処はアタシが変わるから。 行ってきなよォ」
うん。聞こえてる聞こえてる。
多分、隠す気はないんだろう。
「フィ、フィルさッ・・! ユージンは、そんなんじゃ・・・」
ぽんっ。と。効果音でも出そうなほど急に赤くなったマナが、困り顔で弁明している。必死で否定しようとしているマナには申し訳ないんだけど、正直そろそろこのテの勘違いはめんどくさい。
俺はマナの肩に手をかけて抱き寄せながら、其の小柄な体越しに、フィルと呼ばれた魔術師の少女に声をかける。
「負傷者の手前、心苦しい気持ちもあるんですが、すみません。コイツ、お借りしても?」
「うわぁ、"英雄君"大胆っ! あ、いいよいいよ行ってきて! 此処はアタシが何とかしとくから!」
すみません。と最後に軽く断ってから、マナの手を引いて、テントを離れる。
抱き寄せた瞬間から硬直したように動かないが、さて、どんな顔をしているやら。
◇◆◇◆◇
魔術師の少女、フィルに見送られ、テントを後にする。
抱き寄せた手を放し、マナの小さな白い手を引けば、彼女は黙ってついてきた。
何時からか、二人の時間はいつも此処だ。
祭事式典公園のやや北寄りに位置する、噴水の前の白いベンチ。
この二人並んで座るのに丁度いい椅子が、何だか、この世界で俺とマナの困り事を何でも解決してくれるのでは、仲を取り持ってくれるのでは・・・。
そんなジンクスの様なモノを感じて、俺はそこにやってきた。
どかり、と。少し乱暴に腰を下ろす。
しかしながら、マナがそれに続かないのを訝しんで、突っ立ったままの彼女を見上げる。
「あれ? どうした・・?」
「・・・・」
またあの顔だ。
いやあの、何もかも諦めてしまったような、悲しい奴じゃなくて。
昨日のやつ。
赤い顔したまま、熱に浮かされた様に、惚と見つめるその顔が。
今は。
少し。
怖い。
どう反応していいか、わからないからだ。
どう受け取ったらいいんだ。
それはどういう気持ちからだ。
それは、俺の想像通りか?
軽率だった。
なんでこんな顔してるんだ?と聞かれれば。
先ほど人前で抱き寄せられたからだ。
そう答えるかもしれない。
ぐうの音も出ない。
・・・・・。
「マナ?」
「あ・・ごめん」
幸いにして、一度の呼びかけで、マナはまるで正気に返る様に瞬きし、ちょっとだけ困った顔をして、俺の隣に腰を下ろす。
「忙しいとこ、ごめんな」
「ううん、僕が呼んだんだし」
「そういえばさっきの、何だ? 調子悪そうにしてたけど、大丈夫なのか?」
「んん? 騎士の人にぽーしょん渡されてたやつ?」
「そうそう、それ。マナも、昨日、あんまり眠れなかったんじゃないか? 体調不良とかなら──」
「や、ちがっ──あ、その、心配してくれてありがと。 でも大丈夫。リアルがどうとかじゃないんだョ」
「???」
「そういえば、僕ってユージンの前では一度も精神値をきらせちゃったことって、無かったね」
「うん? さっきのが、そうなのか?」
「うん、あのね──」
かくしてマナのMP講釈が始まる。
ゲーム好き、なんだろう。
得意。だ、なんて、言ってたな。
こういうTWOのシステムを語るマナは、色恋沙汰をまるで抜きにしても、嬉しそうだ。
こういう顔を見ているのは好──
反射的にその単語を否定しかけ、何を過敏になっているんだと眼を瞑って溜息を吐く。
彼女の、こういう顔を見ているのは、好きだ。




