第73回 「嬉しいな・・・嬉しくないか? 俺は嬉しい」
高台の上から"群衆"を見下ろす。
正直荷が重い。
しかしながら、ジャンローゼに指摘された通り、これをマナにやらせることはできない。
覚悟を決めろ。300人だ。たった300人だと思え。
深く息を吸って。
吐く。
「──皆さん」
静まり返る中、語りだす。視線が集中するのを感じる。
「自己紹介が遅れてすみません。 俺はユージン。 後ろの女の子の方は、"相棒"のマナ。 二人ともほんのひと月前にTWOを始めた、初心者と言えるでしょう」
「俺たちの目的──と言っても大した事じゃありません。 俺と相棒は、このひと月で少しだけこの世界にも慣れて、ヴァルハラで過ごす生活だけでは満足できなくなっていました。それでただ"旅行"と称して、西の果て──西の大庭を目指していました」
「ユリシャへ到着した時、俺たちはその瞬間まで、ここがPvPエリアだという事すら知りませんでした。そして幸か不幸か、貴方方のリーダー、ジャンローゼ・ヴァルカ氏の襲撃現場に遭遇します」
「正直に白状しますと、俺は身の安全を考えて、その場をやり過ごすつもりで居ました。・・・でも相棒は。マナは"助けたい"と言った」
「半ばやけっぱちでした。ああ、今回の旅行もここで終わりかな、なんて。でもジャンローゼ氏自身の執念もあり、結果的に彼は助かりました。 "俺達"じゃないんです。 ジャンさんは相棒が。 マナが助けたんです」
「先の撤退戦で、彼女がしたことは意味不明の奇行に映ったでしょう。その理由は極プライベートな内容で、詳しく話せないんですが・・・利敵行為としてアレに納得していない方がいるのはわかりました。 でも同時にジャンさんを助けたのも彼女の意志です。 どうか・・・許していただきたい」
そこで深く、頭を下げる。
と、そこで群衆の中から手が挙がる。
何を。
言われるんだろう。
ごくり、と、唾を飲み込み、言葉を促す。
「──どうぞ」
群衆から抜けてきたのは、なんと先程ジャンローゼに対して不服を唱えた、あの若い騎士。
「それはもういいんだ」
「──は?」
すっきりとした顔で、にこやかに。
そんなことを言う若い騎士、ガーヴェンに、俺は戸惑いを隠せずそんな声を漏らす。
「意外に思うかもしれないが、ちょっとでも鬱憤が有ったら剣で語り合うのがルールでね。それにみんな納得して此処に居る。先ほど、勝負はついた。だからこの件に関してもう不服はないよ」
「は、はぁ・・」
「それより聞きたいのは、君の・・君たちの望みだ。 君たちが"恩人"であると、全員が腑に落ちた今、僕等が知りたいのは、今後君たちが"どうしたいか"さ」
まるで申し合わせたように、ジャンローゼと同じことを言う。
オンラインゲームのギルド、なんて、此処までの結束力を持つだろうか。
何だこれ。
信じて・・・いいのか?
「お・・・れは」
震える声を一度、飲み込み、続ける。
「許されるのなら。 "それ"を"俺"が願っても良いのなら。 俺は、この相棒と無事にこのユリシャの向こう側へ行きたい」
吐いて。吸う。
「──マナは。 相棒は本当に良い奴なんだ。 真っ直ぐで。健気で。優しくて。でもどうしようもなく脆くて。 だから、俺は彼女がただの一度も殺されることなく、そして、ただの一度も殺すことなく、それを成し遂げたい」
一拍置いて。
「"生きて"フェアリーズランドへ。 それが俺の望みです」
い、言った。
言い切ったぞ。
しん、と。静まり返る、群集。
あ、れ、何だこの反応。
俺、何か間違え──
思う矢先、俺の隣にジャンローゼが歩み出る。
「聞いたな? 皆! 王子様からお姫様へ、ラブレターは投げられた! だがそれを邪魔する紅鉄の剣が居る!」
ジャンローゼは声を張り上げ、薔薇十字の面々を見渡す。
「青年の綺麗な恋路を邪魔する馬の骨どもをォ! "紳士"たるオッサン達はどうするんだァ!? まさか放っておかないよなぁッ!?」
「「「「「応ォッ!!!!」」」」」
怒声、とも呼ぶべき声量。
300余人が、寸分違わず一斉に応を返す。
正直、圧倒されて、言葉も出ない。
突如として湧いた熱気に載せて、ジャンローゼは続ける。
「これより我等、薔薇十字の兄弟は紅鉄の剣に対し、一大反攻作戦に打って出る!! いま、長きにわたるユリシャの内乱を制し、我らが盟主となる時が来た! そして大手を振って"お姫様"を送り出そう!!」
「「「「「応ォォォォォッ!!!!!」」」」」
なんだか。
ほんの僅かばかりの誤解を残したまま。
俺たちは彼らに認められたらしい。
振り返ると、マナが変な顔をしていた。
嬉しさと、安堵と、一方で爆発寸前の羞恥とが綯交ぜになった絶妙な表情だ。
俺は苦笑して、マナに駆け寄る。
そして極自然に、少し前まであれほど躊躇っていたのに。そうすることが罪であるとすら思っていたのに。
飛びつくみたいにして、マナの背に腕を回す。2、3人いてもまとめて腕を回せるんじゃないかとすら思う、その華奢な体を、抱きしめる。
「嬉しいな。・・・嬉しくないか? 俺は嬉しい」
「うん・・うん。僕も、嬉しい」
マナが、ふと安心したように、俺に身を預ける。
少し──前に。
マナは"僕はキミの隣に居て良いのかな"なんて、言っていた。
今は、俺が似たようなことを思う。
マナ。俺はこうしていていいのかな。お前を女の子扱いしていいのかな。
"信じちゃうぞ"?
なら俺は。
"恋しちゃうぞ"・・・なぁ。マナ。
「──本作戦を──」
そんな優しい時間を切り裂いて。ジャンローゼはさらに言葉を重ねる。
「本作戦を、"前夜祭の歌姫作戦"と命名するッ!!」
「「「「オオオオオオォォォォォッ!!!!」」」」
「「!?」」
俺とマナは目を見開き、ハッとしたように顔を上げて目を合わせる。
それから、何方からというわけでもなく、ただ、"信じられない"といった体で、その様子を眺める。
な、何だってんだ。
こいつら全員其れを・・・"歌姫"の話を知ってて、あの態度だったわけ?
なんなんだ・・・ホント、何なんだ・・・。
ジャンローゼが、実にさわやかな笑顔で、演説台から俺たちを振り返る。
何の悪気もない、本当にさわやかなスマイルで。
「では、このオレ、ジャンローゼから最大限の"祝福"として、この言葉を送ろうと思う。我も、と賛同できる者はぜひ復唱を!」
皆、ジャンローゼに注目する。
すぅ。
と、息を吸う音が此処まで聞こえる。
何を言われるのか。
と。
思えば。
「爆発☆しろっ!!」
「「「「「爆発☆しろォォォォッ!!!!」」」」」
絶句。
今までケンちゃんとかにからかわれて、何度か言われてきた言葉だ。
つまりマナの事を、普通の女の子だと思ってる人たちだ。
「あ、あんた・・・」
俺は、最大級の感謝の中に、ちょっとだけ恨みの念を込めて、ジャンローゼに目で訴える。
"アンタは俺たちが男同士だって知ってんだろ!?"
"男同士で、何か問題でも?"
涼し気な笑顔で、薔薇十字のメンバーを煽っていたジャンローゼは、俺の視線に気が付くと、とたんに、これ見よがしに、口の端を吊り上げる。
案外。
"大層な御趣味をお持ちの様で"
先ほどのこれに対する、盛大なやり返しだったりして。もしそうなら俺は甘んじてこれを受けねばなるまい。
困った顔をして。
でもまんざらではない気分だ。
何故なら、マナが。
囃し立てる薔薇十字の面々から隠れる様に、俺のシャツを掴んで後ろに引っ込んでいる、マナが。
羞恥に顔を赤くしながらも、すげぇ──すっげぇ幸せそうな顔してやがんの。
なぁ、マナ。
良いのか? その顔は、本当に俺の考えてるような気持からか?
俺の方こそ──
──信じちゃうぞ。




