第72回 「ロールプレイ」
「デュエル!」
エリスの合図とともに、ジャンローゼとガーヴェンの決闘が開始される。
ガーヴェンが低い姿勢で飛び込み、叫ぶ。
「ライッジンッグゥゥゥ!」
え、起閃飛翔剣?
自分にも使えるような初歩剣技を、高レベルと思える薔薇十字のメンバーが使用したことに、わずかながらに驚く。
しかし、見え見え過ぎる。
「ザッパァァァァァァッッ!!」
結果的に、それを読んでいたらしいジャンローゼよりも、1メートルほど手前で垂直に飛び上がる。
そこは流石、というか、俺がやるより相当高高度く剣技を利用して飛び上がる。俺とは比べ物にならない熟練度が、その差から伺うことができる。
だが、迂闊すぎやしないか。
ジャンローゼは飛び込みを警戒したように後ろに飛び退いて、後ろに重心を移動させているが、あれほど高く、空振りで飛び上がってしまえば、着地を狙われて当然──
「フォォォォリンンッッ!!」
──しかし俺の予想を裏切り、ガーヴェンは斬り上げた勢いで、背後まで振り切った剣を空中で担ぎ直し、再度、叫ぶ。
「ストライクゥゥゥゥゥゥッッ!!」
着地に狙いを定め、前傾しかけたジャンローゼを、空中からの連続剣技で強襲する。この時、俺はまだ知らなかったが、降下槌撃という、落下速度を超えて斬り下ろす対地剣技であるらしい。
物理を無視した、"不自然"ともいえる加速度で落下攻撃をしかけるガーヴェン。それに対し、避けるでもなくサーベルを構えて迎え撃つ算段らしいジャンローゼ。
ジャンローゼが体をひねり、右回転を始める。
間に合わない。
あれでは後ろを向いたあたりで、そのまま背を切り裂かれてしまう。
そんな俺の予想をあっさり裏切り、超高速で回転したジャンローゼの遠心力を載せた横薙ぎが、ガーヴェンの剣技とかち合う。
ギ ォ ォ オ ン!!
金属の擦れるような、それでいて重量のある塊がぶつかり合ったような、およそ刀剣同士のそれと思えない重い音が鳴り響く。
横薙ぎにサーベルを振り切った姿勢のままのジャンローゼを視界にとらえる。
ガーヴェンは・・・。
ズザァァァァッ!
なんて、まるでマンガみたいに土煙を上げて滑り、押し下げられながらも、何とか転倒せずに踏ん張っている。大きくのけ反った姿勢で騎士剣を跳ね飛ばされながらも取り落していないのは流石、といったところ。
しかし驚くべきはジャンローゼだ。
このリアルさではあるが、TWOはゲームだ。システム的な"威力倍率"と云う物が加算されている"剣技"に対して真っ向から通常の斬撃で挑み、跳ね退けて見せる。
どれだけの膂力差が有れば、それが成せるのか。
何にしろ転倒こそしなかったものの、大きくのけ反り、今なおその慣性の最中にある、騎士ガーヴェン。酷なようだが、その隙を放っておくほどジャンローゼも甘くはないようだ。
即座に、サーベルを両手で持ち直し、下段背後に構える。
「ソニック!!」
叫ぶと同時、ジャンローゼのサーベルが青白く輝き始める。
そのまま思い切り超高速でサーベルの刀身を跳ね上げ、斬り上げる。
「ウェェェェブッッ!!」
青白い光波が地を這い、吸い込まれるようにガーヴェンに向かって飛んでいく。こういうエフェクトはゲームならではの表現だろう。
ともあれ、明らかに届かない位置で斬り上げられたジャンローゼのサーベルから波動が放たれ、身動きの取れないガーヴェンを打つ。
それは仰け反った姿勢のままのガーヴェンに触れると、真っ赤に輝く爪痕のようなモノをその表面に張り付け、同時、ガーヴェンの身体は激しく打ち据えられたようにさらに後方へ吹き飛ばされてゆく。
出血は、ない。
"ああ、無血モード・・・ね"
そういえばこれはデュエルモードと言われる、設定次第ではどうやっても相手を殺害できない"決闘ごっこ"であった。
俺はなんだか苦笑してしまう。デュエルモードなんて、今まで遊んだことのあるいくつかのゲームに、当然のように在ったシステムだ。
だが、このTWOのリアルさがそれに違和感を与える。
そもそもが、"ごっこ遊び"であるVR-MMORPGの中で、さらに"決闘ごっこ"だ等と。
どんだけ理想を演じていたいんだ。こいつ等は。
そして、俺も。また。
俺の勝手な感想を他所に、エリスの鉄杖が再度石畳を打ち、決闘の終了を告げる。
「我が神、フォルセの聖名において決闘の終了を宣言します! 勝者、ジャンローゼ・ヴァルカ! よって、騎士ガーヴェンの訴えはギルド総意の上、却下とします!」
サーベルを鞘に落としたジャンローゼが、倒れた騎士に歩み寄り、その手を引いて助け起こす。
「悪いな。今回はオレの我儘を通させてくれ」
申し訳なさそうな顔をする騎士に対し、その肩を叩きながら、更に重ねて言う。
「リカードたちの身を案じてくれて、ありがとう。そのこと自体は、俺も嬉しいんだ。だが、オレは自分の恩人を吊るし上げられるほど薄情にもなれない」
「いえ、自分も熱くなっていたようです。ありがとうございましたッ!」
なるほど、揉め事はツルギで解決・・・に見えて、此れはちょっと違う。
"鬱憤が有ったら俺に斬りかかれ、胸を貸してやるぞ"
ってことだろうか。
なにしろ、あのジャンローゼに誰が敵うというのか。
飲み下しやすいルールがあるようで、実質ジャンローゼの独裁、ということになりはしないか。
いや。
もしかして"我を通したければ強く在れ"・・・か?
それで長期にわたって全員を黙らせ続けているなら、なんて奴だ。この男。
高台になった、演説台の在るオブジェクトの上から彼を眺め、そんな感想。
俺の見ている前で、ジャンローゼとガーヴェンはギルドの崇拝対象としていると思しき"フォルセ"なる神。その司祭であるらしいエリスに向かって一礼し、決闘は解散となる。
"どこまでも芝居がかっている"
此処での最高発言権を有しているのは、誰がどう見てもジャンローゼだ。だが、まるで申し合わせたように"最高権威である神"のその直接の"使徒"であるエリスの立場を立てるかのようなこの演技。
茶番だ。
だがこれだけの人数のギルドメンバーを統率するのに、ある種の宗教的な力は扱いやすい。まるで同じ神を崇める騎士同士であると錯覚し、酔いしれる。
茶番だ。
大の大人が300余人から雁首揃えて夜な夜なごっこ遊び。
何故だかそれを冷めた目でしか見られない俺がいて、しかしながらふと、そう思っている俺を不思議に思う自分もいた。
俺だって。
俺だってTWOが普通のゲームなら、きっと今頃彼らと同じように、演じて。酔いしれて。没頭していただろう。
"やぁやぁ赤髪の剣士ユージン様此処に在り"・・・ってさ。
俺がこのゲームに没頭しながらも、真に没入できない理由は、言わずもがな、マナの存在だ。
"ソレ"の意味するところってのは、結局、"彼女が女の子だと認めてしまう"ってことだ。此処まで一緒にやってきて、マナも、真実はどうであれ、"ソレ"を望んでいるようにさえ、思う。自惚れかもしれないが。
俺は"舞意 祐二"ではなく"ユージン"だから、女の子である"マナ"と恋仲になるのに、何も不自然な事は無いはずだ、と。
だが、彼女は自分が男だと言った。
そしてどんなに可愛く振舞おうが、その主張だけは変わらなかった。
半ば女扱いする俺の言葉に、喜んでいるようにさえ見えて、でも自分は男だと言い続けた。
だから俺が真の意味で彼女を女の子だと認めてしまうのは。
"恋"
してしまうのは。
ルール違反なのではないか。
だから。結局。オレはさっきも逃げて──
「ユージン君」
「どっふぇあ!?」
いつの間にか、決闘を終えたジャンローゼが傍らまで戻ってきていた。
考え込んでいた俺は、何の構えもできておらず、素っ頓狂な声を上げてしまう。
目の前のジャンローゼが、くっくっと苦笑を漏らす。
「君はなかなか面白い反応をするなァ」
「貴方は何でそこまで余裕そうなんだ・・・」
「さぁてね。 さぁそれより今度は君の番だ。 決闘によって、君の懸念は"可能性ごと"潰して置いた。 あとは君の──」
ジャンローゼはそこでチラリ、と、マナの方へ視線を向ける。
視線を向けられたマナは、びくりと身を縮込ませ、助けを求める様に俺の方を見る。
これが、当然の反応だ。いつものマナだ。
こんな女の子が、剣を手に斬りかかってくる大の大人を、手玉に取って切り刻んで見せただなんて、今でも信じられない。
多分、ジャンローゼとて同じように思ってるんだろう。溜息を吐いて、続ける。
「君達の、要望を聞こう。 そも何故此処に居たのか。 このユリシャで何をしたいのか。 それすら我々は伝え合っていない」
「俺は──」
ジャンローゼに向かって口を開きかける俺を、しかし、彼は手を翳して止める。
そして、黙って。にこやかに。
演説台を指さす。
「我々は伝え合っていない」
「ぐっ・・・」
つまり、望みがあるなら、この300余人の前で、宣言しろと。
「彼女、人前に立つのが怖いんだろう? なら君が言うしかない。 オレだけじゃなく、薔薇十字の兄弟に向けて、はっきり宣言してくれ。 オレたちは全力で義理を果たし、それを助けるだろう。 それで、貸し借りなしだ」
多分、苦り切った顔で。
ため息の一つも吐いて。
俺は演説台に向かう。
俺だって、得意なわけじゃない。自慢じゃないがここまでの学業において、集会等で発表を促されるような成績は残したりしていないし、壇上に立つ経験なんてものはそもそもないに等しい。
でもマナにさせるわけにはいかない。
ジャンローゼだって、それをわかって、あんな煽り方したんだろう。
いいだろう。やってやる。くそ・・・。
演説台に立った俺は、眼下に見下ろす"群衆"共に目を向ける。
宵闇の中、篝火に照らさせ視界を埋め尽くす、顔。顔。顔。
皆、律儀に、黙って、俺の言葉を待っている。
正直いたたまれない。抗い様のない圧力。この全てに、明確な悪意を向けられたとしたら?
なるほど、トラウマになるのもわからないでもない。
一度。
大きく深呼吸して。
俺は、俺の望みを訴えた。




