第74回 「伝説の」
※今回分のエピソードにおいて、特定の立場の方々を蔑む、或いは貶める意図は有りません。
あくまで作中表現と割り切っていただければと思います。
「この熱に水を差すようで心苦しいが、万全を期する為、一同がそろっている今、この場で言っておかなければならないことがある!」
演説の最後。ジャンローゼは歓談の時間を目前にして、浮足立ちそうになる一同を前に、そう切り出した。
ジャンローゼの言いたいことは、一言で言ってしまうと、"ゲームで設置した基地"と云う物の危うさだ。
この祭事式典公園に設営した"本陣"は現状そう簡単に陥落する事は無い。何せユリシャ主要勢力の片割れの、その重要人物が此処に集結しているのだ。如何に紅鉄の剣が強大であろうとも、そう簡単にやられたりはしない。
しかしその事情も数時間後には、一変する。
何故かって?そりゃ、みんな寝てしまうからだ。此処に居るのが学生であれ、社会人であれ、学校なり、仕事なり、それぞれの明日がある。
当然、日曜日である今日の次の日は月曜日。皆、それぞれのリアルがあり、責任がある。で、あればこの基地はその間どうなる?
もぬけの殻か?
厳密にはそうでもないんだが、実質それに近い。
今歩哨に立っている騎士たちも、昼間には現実に帰らねばならない。
その間基地を維持するのは所謂、昼間に仕事のない人たち。
不登校児。ニート。引きこもり。ちょっとあかん感じの主婦。あるいは主夫。夜間勤務者。等々。どうしたって誉められたものではない事情を持つ肩書のプレイヤーがほとんど。この前哨基地の昼間を守るのはそういった人たちだ。
本来であれば、人の寝静まる夜陰。警戒も最低限度になる深夜過ぎに、襲撃するのがセオリーだろう。しかしながら、ことオンラインゲームにおいて"夜襲"は昼間にこそ行われる。
TWOが"現実"であるならば、人のタイムサイクルは"寝ているとき"と"起きているとき"だけだ。
しかしTWOはゲームだ。であればプレイヤーのタイムサイクルはどう切りつめても"寝ているとき"と"ゲームしているとき"と"ゲームしてないとき"だ。
ゲームしてない時ってのが、つまり学校や仕事。多くの場合がある程度の責任が付きまとって、自分個人ではどうにも動かしがたい時間だ。我慢すれば少しだけ削ることができる就寝時間よりも、そちらを狙うのは当然と言える。
もちろん、薔薇十字の兄弟にもそれらの所謂N.E.E.T.の方々・・・は、居る。
しかしながら、ジャンローゼ・ヴァルカの言を信じるのであれば、薔薇十字の兄弟におけるN.E.E.T.の割合は少ない。彼を含め、殆どのメンバーがゲーム愛好家というだけの社会人であり、多くは守るべき、養うべき家族を持つ身であるという。
こと平日真昼の時間帯における拠点の防衛は彼等N . E.E. T . の肩にかかっていると言っても過言ではないだろう。
結局、結果と云う物は我々に正直にレスポンスを返す。
一つ事に傾倒した時間は裏切らない。
全てをかなぐり捨てて、"ゲーム"一つだけに時間を割いた奴が強くなるのは、そも、ゲームというものが世に出始めて以来変わらない道理だ。
一方で、働きもしない、学業に従事するでもない、およそ訓練という物事に関わっていない人間など、一般には蔑むべき対象だ。
しかしそれは、そいつが本当に"何もやっていない"のであれば。だ。
演説の途中ジャンローゼは
「本人にとってそれが多々ある現実からの"逃避"の行きつく先であったとしても、その恩恵を、結果として共に与る身であれば、敬意を」
そんな言葉で表していた。
要は、"相手の立場がどうあれ、何かしてもらった事実を無視するな"
彼ら、働かないでゲームする人たちの"おかげで"俺達は、学校に通ったまま、普段の生活は何一つ犠牲にしないまま、"基地の維持されたゲーム内の状況"を享受できる。であれば"その事自体には感謝しろよ"。と、そういう事なんだが。
これは例えて言えば"大嫌いな人からの親切"だろうか。
そも、生き方を認められない相手から何かしてもらって、アイツのおかげで利を得たことには変わりないのだから、とそれを腑に落とすのは難しい。
"べ、別に頼んでないだろ?礼なんか言わないからな"
"今まで散々アタシの気分を害してきたの。このくらい当然よ"
誰しも身に覚えのある感覚ではないか。
"自分より下等なはずの生物が、恩を売った気になるんじゃないぞ"
なんていう、傲慢だ。
そう、傲慢だ。でも誰しも等しくそういう気持ちを持ち合わせているものではないか。
だから難しい。
こういう時、素直になるのは難しい。
それを、ジャンローゼは"感謝"しろと言う。
その宣言を、薔薇十字の面々はただ黙って聞いていた。
本当に──
──本当に、立場を超えて、多様な人間が、目的を同じくできているなら、すごい事なんじゃないか、なんて思う。
「最後に、ただ一昼間においてここが壊滅する可能性もゼロではない。つまり、次にログインしたら"此処が無い"なんて事態だ。もし、そうなった時の為に、合流点を設定しておく。・・・ウォーターシールだ」
ジャンローゼがそう締めくくろうとしたところ、またも群衆から手が上がる。
ジャンが発言を促すと
「フェルガやシェーリンのが近い。 何故合流点を遠くにするんですか?」
なんとなく、御者プレイヤーからもらった略地図を盗み見る。以前の自分の読み方がドさっぱり間違っていたことに、少しばかりの気恥ずかしさを覚えながら、位置関係に納得する。
嗚呼、もっともな意見だ。と前置いて、ジャンローゼ。
応を返す前に、一つ、咳払い。
「現在、フェルガ、シェーリン、ウォーターシール全てが別々のギルドによって制圧されている。紅鉄の剣と違い、明確に我々と敵対しているわけではないが、もし我々の流入を受け入れるとなれば、紅鉄の剣との敵対は免れない」
ここまではいいか? と、ジャンローゼは其処で一拍置き、群集を端から見て回す。そして一つ頷き、続ける。
「これはオレの個人的見解で申し訳ないんだが、そういう意味で、フェルガとシェーリンの"領主"は信用できない。ウォーターシールの"真白の羽根"であれば、ある程度は信用できると踏んでいる」
「白羽根だって?ウォーターシールに居るのは"あの"白羽根なのか?」
「名実ともに伝説級の"最強ギルド"じゃないか。ユリシャ入りしてるなんて聞いてないぞ」
「だいたいアレがユリシャ内乱に参加してるなら、今頃ユリシャは統一されててもおかしくない。なんだってウォーターシールくんだりで燻ってるんだ?」
「ギルド集会のために"土地"は欲しいけど、"国盗り"になんか興味ないってことらしいぞ・・・」
そこまで大人しく、ジャンローゼの言葉に耳を傾けていたメンバーたちが、抑えきれないようにざわつき始める。
ジャンローゼが、これ見よがしにため息をついて見せたことに気が付いたものが、どれだけ居たろうか。
「あーあー。皆が噂している通り、彼らはこのユリシャ内戦のメインコンテンツであるはずの"国盗り"に興味は無いらしい。そこに価値を見出していないというだけでも、他よりもずいぶんと信用できる。白羽根のギルドマスターとは一度話したことがあるくらいの間柄だが、なかなか義理堅い人柄だった。見て見ぬふりってことはないだろう」
ざわつく群衆。もう各々が最強ギルド"白羽根"噂話を好き勝手にし始めていて、収拾もつきそうにない。
ジャンローゼは後ろで見ている俺に向かって、苦笑をよこして見せながら、止まらなくなった群衆に言い置くように、残りを吐き出した。
「──まぁ、それは最悪の場合さ。当面は紅鉄の剣打倒に尽力してもらいたい!そして今宵はひとまず、新しい仲間も交えて語らい、英気を養ってほしい。全感覚型のプレイヤーには、心ばかりだが食事の用意もある。それでは、解散!」
◇◆◇◆◇
歓談の時間となっても、話題は件の真白の羽根のことでもちきりだった。俺としては意外だったが、ジャンローゼ曰く、国盗りゲームに興味がないから、ユリシャ内戦には参加していないけど、薔薇十字の兄弟や、紅鉄の剣騎士団よりも強大なギルド・・というものは結構あるらしい。
高台になった演説台周辺から降りると、取り囲まれて質問攻めに遭いそうだと予想して、ジャンローゼの周りでマナと過ごす。
時折、それでも高台に挙がってくるプレイヤーに、マナが"歌姫"としてサインだの握手だの求められるような場面もあったが。マナは"そんな大層な人物ではない"と上手な、本当に分かりやすい作り笑いを浮かべながら丁重に断る。
あまりに事務的で、それでいてはっきりとした断りに、毒気を抜かれた様にスゴスゴと"自称歌姫ファン"が返ってゆく。それを横目に見ながら、ひとり椅子に座って難しい顔をしているジャンローゼに話しかける。
「"白羽根"ってのはどんなギルドなんですか?」
「あれ、知らなかったか。 白羽根はまぁ人数は其れほど大規模ってわけでもないんだけど、メンバーがとんでもないフロントランナーばかりでね。 "伝説の勇者だけ"でギルド組んだらああなるかなーって感じの」
「でも、"国盗り"には興味がない、と?」
「まぁトッププレイヤーの余裕なんだろう。 過去にユリシャを統一した、なんて事例はないけど、彼らなら容易いと、本気で思うよ?」
「俺には貴男が十分化け物に見えます。 貴男がそこまで持ち上げる相手、というのが想像もつきませんね」
俺が想像の範疇を超えたトッププレイヤー像をイメージしようとして首をひねっていると、ジャンローゼは手に持ったグラスを思い出したように傾ける。
中身は赤ワイン?のように見えるが、酒、だろうか。そも、酒が存在するだろうか。したとして、全感型である彼がそれを呑んで酔っ払うようなことが──
思考が脱線しかける。
「実際に会ってみると、普通の"ニンゲン"だった。馬上太刀を肩に担いでウ〇コ座りしてる金髪の兄さんがレベル50近いって聞いた時は、"貫禄"なんてものとは程遠いものを感じたよ。ある意味親しみやすい」
ウ〇コ座りした金髪の兄さんって辺りで、想像の中でケンちゃんが現れ、「いよぅ」だなんて気さくに挨拶してる姿が想像される。
ふむ?しかしレベル50ってそんなに驚くほどなのか。
今度は、レベル70、つまり最大レベルだとか、申し訳なさそうに告白する10歳くらいの少女。つまりマリーシアが頭の中に現れる。
"やぁ青年! 今日は何しよるの? にしし"
だなんて。
やれやれ、ヴァルハラを出てからそう何日と経ったわけでも無いのに、もう遠い昔の事のようだ。感慨に溜息を吐きつつ、なんだかこのジャンローゼの語る"レベル感"と自分のそれの齟齬を感じて、聞き返す。
「ちょっと待ってください。 その話し方だとレベル50は"伝説級"なんですか?自分がヴァルハラで見聞きした感覚だと、平均的なプレイヤー層で30前後だと聞いたんですが・・・」
俺の物言いをどう思ったのか、珍しく、ジャンローゼが眉を寄せる。
「んん? 平均・・っていうか、最も多いプレイヤー層が30前後だろう。 それはこのTWOが凡そレベル30を境に、急激にレベルが上がりにくくなるからだ。 必然、その前後のレベルのプレイヤーが多くなるだろう?」
「??? それは確かにそうですが・・。 ちなみにジャンローゼさんはいくつなんです?」
「オレかい? オレは一応この薔薇十字で最高レベルだけど、それでも44だよ。幹部連中も40を超えていない者もいる。 ちなみに、君らが悶着起こした紅鉄の"襲撃チーム"は35前後くらいだと思っていい」
なんと。
ジャンローゼの此の言に、俺と、そして所在なさげに俺の後ろにくっつきながら、何の気とはなしに会話を聞いていたマナも目を丸くする。
思わず振り返り、マナと顔を見合わせ、二人、困惑する。
眼前であれほどの戦闘力を見せつけた"華騎士"ジャンローゼ・ヴァルカ。そのレベルは44だという。
では俺たちのよく知るヴァルハラ勢はいったい何者なんだろう。
言わずもがな、"屠龍の勇者"マリーシア。レベル70
"高位付与魔術師"ヴィアーネ・サルタリク。レベル55
"熟練戦斧闘士"ケンちゃん。レベル48
確かにオレは、例えばケンちゃんが戦っているところを見たことがない。しかしながらその強さを客観的に表す指標、レベルだけを見るのであれば、ケンちゃんはこのジャンローゼより"強い"と言うことになる。
"生産型プレイヤーでも、都市間移動とかでどうしても戦うから、レベルはちょっとでもあげといたほうがいいよォ?"
だ、なんて、言うから。
そんな言い方するから。
俺は、"多分、努めてレベル上げに没頭とかしなくても、レベル48とかになっちゃうものなんだろうな"くらいに思っていた。
大変な間違いだった。
俺たちの知り合ったヴァルハラ勢とは、なんの偶然か、そろいもそろって"特別"だったわけだ。
「? そんなに意外だったかい?」
そんな風に首をかしげるジャンローゼに、俺は正直後ろめたいものを感じていた。
恐らく俺たちにそれほど高レベルの知り合いが居ると判れば、ジャンローゼ本人がそうでなかったとしても、薔薇の連中から"そいつらに助けを求めれば"などという声が挙がるのは想像に容易い。
だけど俺は正直そんなことはしたくない。
始めたばかりの、無知な俺たちが、散々迷惑かけてきたんだ。
この上何故そんな我儘が言えようか。
「いえ、ただ少し甘く見ていました。20レベル程度でどこまでお役に立てるかわかりませんが、明日からよろしくお願いします」
そう言って、マナと一緒に頭を下げる。
AECによって、俺の後ろめたさはジャンローゼに伝わったろう。それでも、こちらから言わなければ彼とて深く問うまい。
僅かに困惑の表情を浮かべる彼に断って、明日からの簡単な打ち合わせだけして、俺とマナは早々に割り当てられたテントに引っ込むのだった。
※今回分のエピソードにおいて、特定の立場の方々を蔑む、或いは貶める意図は有りません。
あくまで作中表現と割り切っていただければと思います。




