第75回 「困ったさんと寝落ちするまでイチャイチャする話」
僅かな衣擦れの音とともに、俺たち二人に割り当てられたテントの入口をくぐる。
そういえば。
今まであんまり気にしたこともなかったけど。
散々二人で一部屋の宿をとったりしてきたけど。
改めて狭い天幕の中で、"女の子"と二人きり、みたいな戸惑いを覚える。
なんだか、許可を得ずに、女の子の部屋に侵入してしまったような、居心地の悪さと言うか、罪悪感と言うか。いや、実際入った事は無いんだけども。
それ抜きにしたって。
それ抜きにしたって今日は色々有り過ぎた。
気まずさに疲労感が勝り、早々にログアウトを切り出すべく、後ろについて来ているマナを振り返る。
で。
マナは、なんだか赤い顔をしながら、まるで熱に浮かされた様に惚と、俺を見上げている。
だから、その顔は何だ。
ああもう、今日はもう・・・勘弁してくれ。これ以上俺の心を揺さぶらないでくれ。俺に何を期待しているんだ。
──俺は何を期待して良いんだ。
俺は。
俺は、あえて隠すつもりなく困った顔をして。
「今日は・・・色々有ったな」
言葉に、ようやく我に返ったようにマナ。
呆けたような瞳に色が戻り、それから"色々"が指す内のいくつかに、思い当たる節でも在るかのように、少しだけバツ悪に眼を逸らす。
「あ・・え、と。 ごめんなさい」
っと。
ちょっと意地悪だったか。
「悪い。責めるつもりはないんだ。 でもマナだって疲れたろ? 今日はちょっと早いけど、とっととログアウトして寝ようぜ」
「う、うん・・・」
肯定。の割には浮かない声。
それは首肯であったのか、或いは別の意図であったのか、俯いたまま、顔を上げない。
わからない。
わからない、が、このままと言うわけにはいかない。
「明日からまた時間が合わなくなるけど、顔くらい合わせられるようになるべく早く帰るよ。 一人の時に、あんま無茶すんなよな。 その、俺の居ないときに死んだりしたら、承知しないからな」
僅かに。首肯したようにも見えたが、マナから反応らしいものは伺えない。
いよいよ困って。
でもこれ以上何言ったら・・・何を"言葉"にしたら良いかも分からなくて。
口から洩れたのは、またもや溜息。
仕方なく。
「それじゃ・・・・また、明日」
言い置いて。
ステータスウィンドウを開く。
コマンドタブから、ログアウトに関する項目を開く。
"ゲームからログアウトする"
に。
向かって。
指を。
ぎゅ。
押下、しようとして。
マナが、両手で俺のシャツの裾を引っ張っているのに気が付く。
気が付いてしまう。
嗚呼。こんなこと、夕方にもあったな。
たしか。
"ログアウトしたらそのまま俺が居なくなっちゃいそう"
・・・だとかなんとか。
ああもう。 ああ・・もう。
一先ず黙って消えるわけにもいかず、コマンドウィンドウを閉じて、眼前の相棒を見下ろす。
俯いて、ただ俺に置いていかれたくないとでもいう様に、いじらしくシャツの端を掴む。
「おいおい・・・勘弁してくれ。 マナだって、明日は学校だろ?」
ログアウトするための言い訳みたいに──実際言い訳だが──そんな抵抗を試みるも。俯いたままのマナが、"いやいや"をするように、頭を俺の身体に擦り付ける様に、首を振る。
ったく。女の子かよ。
──そうだよ。女の子みたいな奴なんだ。
いやもうこの際男だとか女だとかも、もう関係ない。
"これがマナだよ"
・・・・・。
「はぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁぁっ・・・」
盛大な。特大の。渾身の。ありったけの。溜息。
俺はなんていうか、色んな覚悟を決めて。
というか色んな事を諦めて。
遠慮のない困り顔のまま、マナの両肩を掴む。びくりと驚いたように顔を上げるマナと、その目が合う前に、彼女の身体をぐりんと回転させ、その小さな体を背後から包み込む。
「ユージン・・?」
マナが訝しんで振り向こうとするのを許さず、その体を抱えたまま、近場に有った大きなひじ掛け付きの椅子に倒れ込む。
「っ!」
「わっ・・!」
ぼすっ。と。割と遠慮のない勢いで椅子に沈み込む。軽いとはいえ人一人を抱えたままそれをして、見積もり違いの衝撃に少しだけ息を詰まらせる。
そういや、ヴァルハラで最初に会った日、意図せずこんな格好になって、マナにビンタ食らってたなぁとか。
今はそれをしても怒られないのだから、二人の距離は確実に近しいものになっているんだろう。
"近い、ってどんな風にだよ"
マナを腕に抱いたまま、なんかもう色々どうでもよくなって、薄暗い天幕の中の闇に溶け込む。
「あの・・ユー・・ジン?」
「ったく。このワガママ娘」
「え、あの」
「言っとくけど、怒ってる・・っていうか、呆れてるんだからな。 このままどっちかが寝落ちするまで放してやんないから、覚悟しろよな」
「ユージン・・・・」
我ながら、大それたことをしている。
自覚はありつつも、半ばやけっぱちな気持ちでマナをその腕に抱く。
ふと、緊張していたマナの身体から力が抜け、其の身を預けてくる。
「・・・ありがとう」
ったく。
絶妙な気分だ。
マナの相棒として、今日ほど自分が半感型であることに感謝した日はない。
同時に、男として、今日ほど自分が半感型であることを恨んだ日もない。
"拷問だな、これは"
再度溜息を吐いて、天井を見上げる。
色々な事を諦めると、眠気は割とすぐにやってきた。
「あの、ね」
マナが、口を開く。
「こういう日は、"あの男"のこと強く思い出しちゃって・・・・」
あれ?
言い回しに。
何か引っかかる。
思い出す・・・・一人暮らしみたいなもの・・・・。あれ、今現在、親と同居してないとは思っていたけど、あれ?
何かを察したような気がして、でもそれが何だか形になる前に、まどろみに溶けてよくわからなくなる。
「思い出して・・・よく、夢を見るの。 大抵、よくない・・・怖い夢」
「じゃあ、今日は俺がお前の夢にお邪魔して、バカやって笑わせるから。指・・・指して──笑えよ」
それは、本当に言葉にしていただろうか。半分夢の中に片足突っ込んで喋ってたような気がする。
でも、ふと、マナが。くすって。笑った気がしたんだ。
"笑っていてほしいな"
"できたら、俺の横で、ずっと"
"でも面倒なことになったな"
"普通の女の子も、このくらい面倒なのかな"
"でも、こいつには"
"やっぱり、笑っていてほしいな"




