第45回 「今度そんなこと言いだしたら」
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ログインすると先程と同じ、コーレル市の宿屋の一室。
見ると目の前のベッドにマナが腰かけていて、所在なさげに指を絡めて動かしていたのだが、俺に気が付くと、すぐに立ち上がって俺の前に立つ。
「ああ、先に戻ってたのか、ただいm──」
「──ごめんなさいっ!」
「ファ!?」
いつも通り気軽に再会の挨拶を、と思っていた俺は、突然の謝罪に困惑するしかなかった。
どういうわけか目の前で、怯えるみたいに震えながら頭を下げるマナを見て、ようやく我に返ったわけだが。はて、この1時間で謝られるような何があった?
「ちょ、ちょ、ちょっとまて。どうしたんだマナ。何を謝ってるんだ?」
なんだかいきなり泣きそうになっているマナの様子に困惑しながら、とりあえず落ち着け、とベッドを指さす。
並んで座って……とりあえず事情を聴いてみよう。
「え……っと」
ぽつり。と。
マナが話し始める。
「その、生活にはそれぞれスタイルがあって、他人が、ましてやネットでしか会ったことのない僕が口出すようなことじゃなかったって、後から思い直して……」
ん、んん~~~?(汗)
「もしかして、"怒らせたんじゃないか"って思ったら不安になって。──でも、本当に心配だったんだ。ユージンはそういうの無頓着そうに見えたし、無茶な生活してるんじゃないかって……」
「いや、あの、ちょっと」
「ユージンはもう僕の中では"特別"で。嫌われたくないけど、でも体壊してほしくないし、どっちにしたって……失いたくない……から」
そこで、ぐすっ……っといよいよ涙ぐむ。
俺は焦った。
いかん。
これはいかん。
「ストップ! すとーーーーっぷ! 待って! マナ! 待ってくれ!」
俺は即座にはっきりとした声でそう言い、ちょっと仰々しい手ぶりでマナを止める。
案の定、驚いたようにこちらを振り向いたマナは目に涙を浮かべていた。そのまま困惑顔で押し黙る。
えーと先ずどこからだ。
ああ、ああそうだな。まず。
「怒ってない! 全然怒ってない!」
「ほ、ほんと?」
「ほんとほんと! ああもう、ネガティブな方に一人で突っ走るのは、お前の"悪い癖"っていうしかないな」
「え。えっと」
マナは"怒ってない"ってくだりでだいぶほっとした顔になってくれたが、いまだに困惑顔ではある。
俺は頭を掻きながら、溜息をつきつつ残りを続ける。
「マナが本気で心配してくれてんの、さっきので十分伝わってるよ。……俺、ひとり暮らしでさ、そういうの叱ってくれる人、そんなに居ないんだ。どっちかって言うと有り難かったよ」
苦笑して、マナの方をみる。その顔には大分安堵の色。
ちょっと照れ臭いっていうか、言ってて悲しくなるんだけど、少し自嘲気味に、俺は重ねて言った。
「すげー久々に味噌汁をのんだよ。……うまかった」
そこまで言って、俺はちょっと思い出すところが有った。
こんなとき、俺は何か言うことが有ったはずだ。
ええと。
マナはさっきなんて言ってた?
失いたくない?
"失うのが怖い"……か、次にそんなこと言いだしたら──
あ、これだ。
しかしながらそれを言うのはどうにも照れくさくて、俺は苦笑したまま何とかその言葉を絞り出す。
「"失うのが怖い"のは俺も一緒だよ、マナ。お前だって、我慢しなくていいんだからな? その、何かムカつくことが有ったら、溜め込む前に言ってくれよな」
マナはしばらく、なんていうか、"いや、ユージンの為に自分だけは溜め込むことこそが役割だ"とでも言いたげな顔をして黙っていた。
嬉しいんだけど、そうなりたいわけじゃない。
もう打つ手なし。で、俺が困った顔をしてマナの頭を撫でると、安堵するみたいに、漏らすような息を吐いて。
やれやれこの辺が妥協点? ううむ。
俺は気分を入れ替える様に自分の頬をたたき、立ち上がる。
「さて、湿っぽいのはここまで! せっかくの新しい街なんだ。マナ、今日はまだ遊べるんだろ?」
そういって笑顔でマナに手を差し出す。
マナも、笑顔でその手を取ってくれた。
そこでようやく、マナは笑ってくれた。
◇◆◇◆◇
コーレル市は、規模でいうとヴァルハラの半分もなかった。
まぁ"首都"と称される都市と比べるのが酷というものかもしれないが。
それでも直中にいてみれば端もわからないほど広大だ。
時刻は20時を回ったかという頃合い。
もしかして地方都市の夜は機能を停止してしまっているのではないか。そんな不安もあったが、宿の窓から見下ろしてみれば、遠く、灯りの絶えぬ一帯。
「やっぱり商業区画は24時間営業なんだね」
「今のゲーム内時間進行だと助かるけどなァ」
コーレルのマーケットはヴァルハラのように運河に付随するわけではないためか、あちらに在ったようなテント街はない。
代わりに、煉瓦造りの商店が長距離にわたって連なり大規模なアーケード街のようになっている。
二人、マーケットの入口に並んで立つ。
「明るいな。ヴァルハラに在ったような環境設定の白熱灯みたいなのはないのに、なんでこんなに明るいんだ」
見れば、街灯の類は無いのに、コーレルのマーケットはヴァルハラのそれより、むしろ明るいと言っていい。
「あーこれ……」
隣で一人、納得顔のマナに、首をかしげながら視線を向けると、彼女は適当な光源を指さしながら答える。
「これ、魔術光だよ。ユージン、ヴァルハラの墓地でマリーさんが使ってた光源の魔術。覚えてる?」
「あーあれかァ」
よくよく見れば、各所に灯篭の様なモノが有り、ただ、その中身は篝火でもなければガス灯、白熱灯の類ではない、何で光ってんのか原因不明の光球が浮かんでいる。
ん? ちょっとまてよ?
俺は少し疑問に思うところがあって、今は聞く相手がマナしかいないのでそのままマナに疑問をぶつけてみる。
「なぁ、マナ。魔術の原理だと何かしてもらうたびに対価としてMPを消費するんだよな? それじゃこのずっと浮いてる光球は、何なんだ?」
「ん。"持続召喚"に価するんじゃないかってことだよね」
この世界での魔術の原理は、というか主流魔術である召喚魔術のルールでいうなら、これは不可能に近い事のように思える。
基本的な設定として、「Thebes」の世界では人間は魔力を持たない。
"魔力行使の結果"が欲しければ、"魔力"を使うしかないわけだが、現在TWOのプレイヤーはその全てがセレクトリア人の人間だ。それ以外は選択できない為、必然的にプレイヤーは全員魔力を持たないことになる。
つまり"人間"は"魔力行使の結果"を直接得ることはできない。
其処を可能にするのが"魔術"であるわけだが、主流となっている召喚魔術は"魔力を持つ人外"にMPを支払って、取引の対価として代行してもらうことで"魔力結果"を得る。
ただここでいう"取引"は、"対価を得る度に"起こり、つまり"持続召喚"の意味するところである「ずっと此処に居て」という要求は、そのまま「じゃあずっとMP頂戴」という形で跳ね返る。
話が長くなったが、俺が思うにあの光球を発生させた術者は、今もずっとMPを消費し続けるような非効率的なことをやっているのではないか……。という疑問なわけだ。
マナは一人訳知り顔でくすくすと笑う。もったいぶった態度も、この顔でやられると毒気を抜かれるのだから、我ながらつくづく現金なもんだと思う。
何にしろ笑ってくれているならそれでいい。
そんな余計な感情を挟んでいると、マナはちょっと得意げな顔をして、指を一つ立てながら説明を始める。
「光源の魔術は便利なんだ。普通の魔術の効果を持続、つまり"悪魔さん、しばらくそこに居て火を出し続けて"は、すっごくMPを使うけど、光源の魔術は"そこにずっと光る玉を置いて行って"っていう理屈が許されてるみたい」
「なるほど、便利だな。ちなみにどのくらい持続するんだ?」
「少し調整が効くみたいだよ? 使用するMP次第で明るくしたり、長持ちするようにしたり。最大で5時間くらいかな」
「深夜辺りに"点け直してる"のを想像するとちょっと笑えるな」
「そうだね」
そう言って、また笑う。
よく、笑うようになった。と思う。
泣いたり笑ったりと忙しないが、ずっと眉を寄せていた最初に比べれば、だいぶ良い方に向かっている気がする。
マナにばれないように、秘かにため息を漏らして、アーケード街へと入ってゆく。
と、歩いてものの数十秒も経たないうちに横手から声が上がる。
「よぉ! そこの初心者っぽいお二人さん!」




