第44回 「コンソメのポトフと袋ラーメン」
ついに。
ついにたどり着いた。
苦節6日? いや1週間か? どっちでもいいや。
あ、一応言っとくと今、翌週木曜日、うん。
外壁を少し中に入ったところで、地べたに膝を折りながらへたり込む俺たち。
それを驚いたように遠巻きに見ながらも、そのまま通り過ぎようとする他のプレイヤーを、急に身を起こした俺が蛇の様な身のこなしでつかまえる。
「あんた!」
「ヒィ!?」
ビクッとなって、仰け反りながら俺を見る。
絶句して何も言えない工察師風の男に詰め寄り、断れない雰囲気を作りつつ、俺は告げた。
「"コーレルへようこそ"……って言って」
「はぁ?」
わけが分からないよ。って顔したそのプレイヤーへさらに血走った眼で詰め寄り、襟首をつかんで引き寄せながら、やたら凄んで、更に重ねて言う。
「"コーレルへようこそ"って言ってくれ!」
「え、え? いや、うぉっほん。 コーレルへようこそっ!!(キラッ☆)」
「「ありがとォォォォォォォォォォォォォォ!!」」
そう、俺たちはようやくコーレル市にたどり着いていたのだ。
最後にはノリ良く、ポーズまでキメて答えてくれたそのプレイヤーに、長旅が報われた俺たちは、満面の笑顔で抱き着いた。
我ながら不躾なことしたと思うが、俺はともかく、マナに飛びつかれて、彼もまんざらではないって顔してたからおあいこだ。
俺とマナはそこで力尽き、またもや地べたにへたり込む。
やれやれといった風に、ゴーグル付きのバンダナの上から頭を掻きながら、男は俺たちを見下ろす。
「騒がしいお二人さんだ。どこから旅してきたか知らないが、ゲートクリスタルならこの先だ」
「ええちょっと、ヴァルハラから」
「徒歩で」
マナと俺で口々にそう返すと、工察師風の男は目を丸くして驚きの声を上げる。
「徒歩ォ!?」
「なにしろお初なもんで、ワープクリスタルとかは・・・」
俺が、自分たちは初心者で、ゲート登録してないために、ワープ手段を用いることができなかった旨を説明しようとすると、男は"信じられない"って顔のまま続けた。
「馬車……使わなかったの?」
…………。
あー。
今、なんつった。
よ、よく聞こえなかったなぁ。
なんて言ったのかな。
男にとって多分、永遠ともとれる気まずい空気が流れる。
そのままたっぷり数秒間完全に停止した後、俺とマナは同時に叫んでいた。
「「馬車ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!??」」
◇◆◇◆◇
結局、スカウト風の男に慰められながら、彼とはそこで別れ、コーレルの街に入ってゆく。
「そういやたまに俺たちを馬車が追い抜いて行ったな……」
「あれって他のプレイヤーが乗ってたんだねー……」
考えてみれば、何のためにヴァルハラからコーレルまでの超長距離を、途切れなく完璧に石畳でつないでいるのかって言われると……。
「あー、ユリシャへはこの街で路銀を稼いで、馬車でいくとして。宿でも取っていったん休憩しないか?」
「そうだね、このところできるだけ進むために、ごはんも先送りにしてたし」
ここ最近、街道歩きばかりでログアウト時間が速かった。
なにしろ完全に暗くなってからだと、できることがなくなってしまうのだ。ヴァルハラにいたころは、深夜まで何かしらやっていたというのに、街道では危険すぎて強行することもできない。
プレイし始めのころ、色黒巨漢のロイに「これが夜ってことさ」と言われたことを、今更ながらに思い出す。
だが、今日はとうとうコーレルにたどり着いた。
市街地である。セーフティエリアなのである。
久々にいつもより遅くまで遊べるのである。
すぐさま新しい街を散策したい気持ちもあるが、しかしながら旅の疲れもあるし、なによりこのところプレイ不可能時間まで歩いてから、そのあと食事をとっていたので、今日くらいいつもの時間に食べたいのである。
俺たちはヴァルハラでそうしたように、街の様子が眺めやすそうな高い位置のフロアに部屋を借り、転がり込む。そしてようやくリラックスしたところで、食事休憩の算段となった。
「じゃあ、また1時間後くらいでいいか?」
なんとなくそうした方が楽な気がして、剣帯をインベントリにしまい込みながら、マナに確認する。
マナはちょっと思案顔になって、こちらも杖をしまい込みながらつぶやく。
「んーそうだね、えっと、お野菜生から煮込んでる時間あるかな。コンソメもウインナーも残ってたからポトフにしよう。最悪、お野菜はチンしてから煮込めば早いかなぁ。あ、もし遅れちゃったごめんね?」
俺は。
戦慄した。
「なっ、えっ、煮込……ポト……なん……だと?」
「えっ? えっ? 僕、何かおかしなこと言った?」
困惑気味なマナに、俺はびしっと指を突き付け宣言する。
「健全な、一人暮らしの男子高生はそんなオサレなもの食わねぇ!」
「え、ええっ!?」
「おま、お前。いい加減女子力高過ぎんだろ! なんだよ平日の夕飯に煮込み料理って! 普通の男はそんなんつくれねぇだろ!?」
「女子……て! それは偏見だよユージンっ そしたらキミは何を食べるっていうのさっ」
「ショップブランドの袋ラーメン2つ」
1食37円だから2つ食べても74円だ。最強のコスパだと思わないかね!
俺が自信満々にそう宣言すると、なんかマナが真剣なっていうか心配そうなっていうか、そんな目で俺のこと見てて
「ユージン。僕等みたいなゲームする人はそもそも夜更かししたりするから、食べるもの気を付けておかないと、本当に体壊すよ?」
それは別に上から目線でもなんでもない。マナは本当に心配そうな顔をしてそんなことを言ってくるもんだから、俺もなんだか申し訳ない気持ちになってしまう。
「う、し、しかしな……まともな、っていっても俺料理なんてできないし……」
「僕、SNSで"ユージンが病気で入院しました"とか聞きたくないからね?」
「ど、どうしたらいい?」
いつになく強気なマナに、俺はたじたじだ。
正直"お母さん"かっ! と、突っ込みたい気持ちもあるが、マナの態度があくまでも真剣で、俺の身体を思って言ってくれているのがよくわかるので、何とも反論できない。
「う、うーん。いますぐは無理かもしれないけど、とにかく"それだけ"ってのはまずいよ。ラーメンならラーメンでもいいと思うけど、ほらトッピングとか。ワカメとかならラーメンに入れてもおかしく無いし、海藻だし。あ、同じラーメンでも味噌ラーメンにして付属のスープと普通のお味噌を半々で使うのはどう? 発酵食品を少しでも使えば──」
ぺらぺらぺらぺら。
俺は感心しながらも、異様なものを見るような目でそれを眺めていた。
"何だこの女子力"
である。
「あーもう! 僕が隣にいたら、二人分作りに行くのにっ!」
握った拳をぶんぶん振って、髪とスカートを揺らしながら、心底悔しそうに、そんなことを言うのだ。
俺は。
なんていうか。
そろそろ口を半開きにして、ぽかーんとその様子を眺めることしかできなかった。
──Logout
◇◆◇◆◇
数分後、俺はアパートの部屋のキッチンに立っていた。
作っているのはラーメン。
だってこれしかない。これは変えようがない。だが、麺を2つだけというのはやめた。
冷蔵庫を漁ると、賞味期限ぎりぎりのモヤシとカット海苔があった。
それをラーメンに乗せ、この間実家から送ってもらったインスタントの味噌汁にお湯を注ぐ。
それらをテーブルに並べ、近くのベッドに座って息をつく。
"僕が隣にいたら、二人分作りに行くのに"
か。
いやしかし。
その、なんだ。
そりゃ、マナの姿のまま来てくれるなら大歓迎なんだけどな……。
なんだか複雑な気持ちのまま、俺は味噌汁を啜るのだった。




