第46回 「祭の夜に」
※念の為の注意書きです。
今回分の本文中に楽曲の題名の様なモノが出ますが、あくまで作中作品です。
一応ざっと検索はかけてみましたが、もし万が一、現実に同名の楽曲があったとして
一切関係がないことを、此処に表明しておきます。
「よぉ! そこの初心者っぽいお二人さん!」
だから。
何か俺たちのアバターから。
「"俺たち初心者です"オーラでも出ているのかとっ」
ヴァルハラのマーケットで話しかけられるたびに、そんな感想を抱いていたが、まさかいまさらそんな呼ばれ方されようとは。
なんとなく不服なものを感じながら、声のする方を振り向いた。
見ると、店先のカウンター越しに接客、販売するタイプの売店のような店舗が在った。そしてその奥からこちらを手招きする人物が。
俺は仏頂面で、マナは苦笑しながら、二人手招きされるまま近づいていく。
「オートエモーショナルコントロールって罪だよなぁ」
店に着くなり、そんなことを言われる。
漏らす様にくっくっと笑うその店員らしい人物は、一言で言うとガタイの良い姉ちゃんといった風だ。少し日焼けしたような浅茶の肌に、癖の強そうな赤髪を長く伸ばし、高い位置で括ってポニーテールにしている。
ずいぶんハスキーな声をしていて、最初少し首をかしげたが、どう見ても目の前の姉ちゃんが喋っている。
「"そんな顔"してました?」
「バッチリ。そらもう口半開きでキョロキョロしてんだもん。兄さんたち、初心者じゃないとしても、コーレルは初めてなんじゃない?」
「まぁそんなところです。ところで何か御用で?」
「そりゃ、こう呼んだら、商売のお話。うち、土産物屋みたいなことやってんだよね。どうだいおひとつ」
ケンちゃんみたいなやり取りに、ふとヴァルハラを思い出して苦笑する。
そこで気が付くのだが、店員の姉ちゃんはなんというか赤や青、黄色などと言ったカラフルな民族衣装の様なモノを着込んでいて、店先に並ぶのもやはりそういったカラフルな編み小物や、羽根飾りなどのアクセサリの類だった。
「わ、綺麗。こういうのって、コーレルだとよくあるんですか?」
そういう小物が好きそうなマナが食いついて、俺の後ろから顔を出して、店先に並ぶ商品をまじまじと眺める。
「うん、ゲームん中の設定では、"コーレル人"の先祖は、ここいら辺りを移動しながら暮らす、遊牧民族だったらしいんだ。今でも街の端々に、そういうデザインが残っているし、NPCなんかもこんなカッコしてるのがいるよ。それになぞらえるなら、こういうデザインが"コーレルらしさ"ってことかな?」
ほー。コーレルってそういう街だったのか。と、素直に感心する。
マナの方は結構乗り気なようで、羽根飾りのアクセサリを指さして「これいくらですか」とか赤髪の姉ちゃんとやり取りしている。
「ユージンも何か買おうよっ」
そんなことを言い出すマナを、驚いたように見返すと、珍しく満面の笑み。
「こういうのって"夜店のお面"みたいなもので、盛り上げアイテムだと思うんだ。何か一つ身に着けてマーケットを歩けば、気分でそうじゃない?」
「しかたないなァ」
俺としては正直、無駄使いかなと思うが、マナの笑顔に払っていると思えば高価くはない。
俺は、これ見よがしにため息をついて、苦笑しながら、アクセサリを選んだ。
多分、だけど。
マナはきっと、"夜店でお面を買う"なんてこと、したことないんじゃないかなと思う。
だから、多分これもキャンプファイヤーと一緒で、彼女の"やってみたかったこと"ってやつだ。
結局俺は、小さな鳥の羽で作られた非貫通のピアスを片耳に。
マナは白地に赤のだんだら縁取りのヘアバンドに、大きな羽根飾りを1本だけ挿していた。
「ね。ちょっとワクワクしてこない?」
「なるほど、今夜だけの"コーレル気触れ"ってことだな」
たしかに、郷に合わせるような妙な一体感。
商品が売れて、店員もニコニコだ。
「へへ、まいどー。彼女サンはナチュラルにサクラしてくれてありがとね」
その言葉に、二人そろってピクリと、動きを止める。
もちろんサクラ発言を聞き咎めたわけでもない。
二人顔を見合わせ、数秒見つめ合う。
どちらからともなく、苦笑。
やはり俺たちは、ごく自然に恋仲に見えるらしい。
俺はいい加減めんどくさくて。そして意外やマナも、否定するつもりはないらしい。
店員は首をかしげているが、俺たちはそのまま商店街の中に向かって足を踏み出す。
しかし。やれやれ。
「無駄使いした分、明日からしばらく旅費稼ぎだな」
「もうっ、今は言わないでよー」
そんな会話を置き去りにして歩き出そうとする俺たちを、店員が呼び止める。
「なァ、兄さんたち、仕事探してんの?」
そんな言葉に、俺たちは振り返る。
「え? ええ、まあ」
「しばらくコーレルにいるなら、お仕事頼めるかもよ。もし興味あったら、観光の後でもいいから、もっかい寄ってよ。深夜辺りまではやってるし、明日でもいいし」
「え」
突然降って湧いた稼ぎ話に、思わず後戻りしそうになるが
「いやいや、今は今。ほら、彼女サンを待たせないのっ」
そんなことを言われて、"じゃ後で"と店員と別れる。
数歩先で待っていたマナに手を引かれて、魔術光に誘われるように、今度こそ歩き出した。
◇◆◇◆◇
ヴァルハラの夜が温かみのあるオレンジであるなら、コーレルの魔術光は"イルミネーション"といった感じだ。
眩しいくらいの光彩に、商店街は昼間の様に照らされている。
そんな中を、俺たちと同じようにどこか一か所だけカラフルなプレイヤーたち。
このお祭りみたいな夜が、コーレルの日常なんだろうか。
何にしろ、羽根飾り1つで仲間入りしたような嬉しさは確かにあった。
"俺たち今日だけコーレリアン"
現実的なんだか非現実的なんだかよくわからない時間を、二人、並んで歩く。
コーレルのマーケットは、飲食街も兼ねているのか、いくつもの商店が軒先にテーブルを並べたりしてフードコートを作っている。
歩く間にも、テーブルを囲んでどんちゃん騒ぎするプレイヤーがそこかしこ。
木でできたジョッキになみなみと注がれた泡酒の様なモノを、カンッと鳴らして乾杯しているおっさんたち。ケバブサンドみたいなものを齧りながら通り過ぎていく同年代くらいの若者。給仕のアルバイトらしい女性が皿に乗せて運ぶ、ジャンボサイズのソーセージに思わず涎を溢しそうになる。
AECのすることだ、俺はもしかしたら、指をくわえて眺めるくらいしていたのかもしれない。何にしろ、店の奥で調理してたコック帽のプレイヤーが、トングでソーセージを持ち上げてウインクしてくる。
"おひとつどうだい?"
お誘いに乗りたいのはやまやまだが、俺に味覚はない。俺は苦笑して、目の前で指でゴーグルの形を作って見せる。
"残念ながら、半感型なんだよね"
コック帽のプレイヤーは仰々しく肩をすくめてみせた。
ふと振り返ると、いつの間に購入したのか、マナがピンク色の綿あめを片手にニコニコしてるじゃないか。
「おいおい、味なんてしないだろ?」
「雰囲気だよ、雰囲気」
俺はヤレヤレ顔だが、マナは心底楽しそうだ。
持っていた綿あめをぱくっとひとくち。どうみても"浮かれる女の子"そのものなマナを、苦笑しながらも優しい気持ちになって眺める。
ふと、マナがほほ笑んで、綿あめを差し出してくる。
"ひとくち食べない?"
雰囲気に流されて、その場の勢いで俺もぱくっと一口。
綿あめは、なんか酸っぱいような、苦いような味がした。
やってしまってから気が付いたが、まるで女の子が口を付けた飲み物を回し飲みするような、間接キスみたいな状況に思わずドキリとしていたからだ。
知ってか知らずか、マナは笑顔のままもうひと口。
やれやれ、ホント、可愛いよな。
ほとんど作為的なものを感じさせずに、この態度が取れる"男"って、何者なんだろうかと、考えかける。
いや、今はよそう。無粋だ。
歩くうちに、喧騒の中に音楽が聞こえてくる。
どういう理屈か、どう操作しているかわからないが、楽器を持ったプレイヤーたちが、コーレリアン民族衣装に身を包んで、演奏している。
最近ネットの動画サイトなんかで流行っている、個人創作の版権フリー音楽集とかのやつだ。
たしか"桜の降る夜に"とかそんなタイトルのやつだったか。
ボーカルは居らず、同タイトルの音楽だけが演奏されているが、かなわぬ恋を歌うような、そんな歌詞が付いていたように思う。
立ち止まってしばらく聞き入る。
ふと、切なげな曲調の音楽に合わせて、マナが歌の歌詞を口ずさむ。
それはしばらく続いたが、水を差す気になれず、俺もその声に聞き入っていた。
どれくらいそうしていたか、ふと、曲の途中だというのに、演奏が止まる。
「?」
「??」
何事かと首を傾げ、周囲の聴衆もわずかにどよめくなか、ドラム担当のプレイヤーがカンッ!とひときわ甲高くスティックを打ち鳴らす。
注目が集まったことを確認したドラマーは、無言である一点を指す。
差し出されたスティックの先に居たのは、なんとマナだ。
ギターとベース担当のプレイヤーが、マナをエスコートするように手を差し出す。
うわぁ、すごいノリだな。
「えっえっ? どど、どうしよう、ユージン」
戸惑うマナに、俺はいたずらっぽく笑いかけ、その背中を押す。
「歌ってやれよ。雰囲気、だろ?」
「え、えええええっ!?」
流されるように、段差のない、ただそこに楽器が寄り集まっただけのステージに立つマナ。慌てふためくうちに、マイクの様なモノを渡され、音楽が最初から演奏しなおされる。
半泣きになりながら、ステージでおろおろしていたマナだが、演奏が始まったあたりで覚悟を決めたような顔になり、やがて怖ず怖ずと歌いだす。
きれいな、声だった。
考えてみれば不思議だが、どうやって歌っているんだろうな。
"桜の降る夜に"の本来のボーカルは女性だ。だから、女性アバターに女性声のマナは配役には合っているのだが、彼女の中身は男性で、その声は少なからず男性の声帯から放たれ、マイクを通してこの世界に流れているはずだ。
だから音の高さ自体は、男性である"彼"がそのまま発声しなければいけないはずだが、マナの歌声は本当に違和感がない。
無粋、と思いつつも、そんな思考が巡る。
なんにしろ、最初はおっかなびっくりだったマナも、祭りの熱に浮かされ、サビの勢いに高揚し、いつしか強く感情を載せて、歌う。
歌詞に感情移入し、肺活の危うさも相まって切ない表情で、振り付けというわけでもなく、身体は気持ちに突き動かされて踊る。
涙ぐみそうになる悲恋歌詞の歌声に、感極まる切なげな声色に、名残惜しさを残しながらも、演奏は終わる。
マナは眼を瞑って、震えたような息を吐き、マイクを演奏メンバーに預けて振り返る。
そこで歓声。何時の間にそんなギャラリーが集まっていたのか、ステージはプレイヤーに取り囲まれていて、割れんばかりの拍手。
歌うのにド集中していたマナはそこで初めて気が付いたらしく、愕然とした表情で周りを見回した後、耳まで真っ赤になって、逃げだす様にこちらに駆け寄ってくる。
「う、うわぁぁぁぁぁんっ!」
俺にしがみ付いて後ろに隠れるマナ。
バンドメンバーはさわやかな笑顔で手を振っていた。
俺は苦笑して手を振り返す。
「ありがとう!爆発しろ☆」
「ばっくはつ☆ばっくはつ☆」
「うひょー、こりゃ多勢に無勢ってやつだ」
あまり好意的でない男性の視線が混じる中、歓声に見送られて、俺はマナの手を引いて逃げるようにその場を後にしたのだった。




