第40回 「うにゅぅぅぅぅぅぅ」
──Login
約束の一時間後、TWOにログインする。
先ほどの岩場からゲームを再開。
俺が、時間丁度を意識してログインすると、すぐに隣の岩にマナが現れる。
「おっと」
「わ。タイミングぴったり?」
偶然にもほぼ同時にログインした俺たちは、顔を見合わせてクスリと笑い合う。
さて俺たちは旅を再開したわけだが、やはり市街地に居るよりも刺激に欠けると言わざるを得ないだろう。
確かにマナと会話しながらひたすら歩くってのも、たまにはいいだろうけど、こうも四六時中ただ歩きながら会話って言っても話題も続かない。
しばらく無言で歩いている。
むう、気まずい。
というか今まで自然に話せていたけど、こういう時にどういう話題を探してくるべきなんだ?
なんかこう、隣を見れば銀髪とスカートを揺らしながら、黙々と歩く少女。いやもうどう見たって女の子にしか見えないから、こういう時ふと"女の子が喜びそうな"って基準で話題を選ぼうとしている自分に気が付くときがある。
しかしながらマナは、というかその向こう側に居る"彼"は男だ。なら、オレがこういう時に話すべき話題は、男友達に話すような"いつもの話題"でいいんだろうか。
さてさて、ここでさらにちょっと待ってほしい。ここまで見てきて、マナってどんな奴だった?
そう、めっちゃ女の子っぽいのである。
あれだ、アンティーク家具を目の前に黄色い声を上げながら「すてき!」とか言っちゃうヤツなんだぞ?
"運河が見えるよ!"
"景色キレイ!それでよくない?"
"騎士物語なんですね!読んでみようかな"
"すてきなお店ですね!"
・・・とかなんとか。
あれ?じゃあやっぱり俺が此処で話すべきなのは、女の子が喜びそうな話題なのだろうか?
と。
俺がそんな苦悩に少ない脳みそをひねっていると。
「あの」
唐突に。
マナが口を開く。
いや、これは唐突でも何でもない。
話すべき話題を探して、俺はいったいどのくらい無言でいたんだろう。いい加減マナの方だって居心地の悪さを覚えているはずだ。
なんだか冷や汗をかきながら、俺は間をつなぐ言い訳じみた言葉を探しながら、マナの方へ向き直る。
「いや、ええと・・」
「あのっ、僕、なんだか聞くばっかりで。こういう時、どういうこと話していいかわかんなくって・・・その、退屈させてたら、ごめんね?」
ばきゅぅぅぅぅぅん!
ほんとーに。
心底申し訳なさそうな顔で、そんなことを言ってくるのだ。
えー不肖ワタクシ舞意祐二十六歳。すごいゆうじ16歳なのに26歳に見える。どうでもいいわそんなこと。それより今現在のこのワタクシの心境を皆さまご理解いただけますでしょうか。ええ。なんなの。もうなんなのかと。この可愛らしい生き物は何なのかと。一言で言って、ああ、先に謝られちゃった。それだけの話でございます。あ、この辺からそろそろ読み飛ばし推奨かなとかふと考えます。そんなことはどうでもいいのです。ああだめもう俺がまんできない。今すぐこの可愛い生き物を脇に抱えて何か言葉にしがたい魂の叫びを吐露しながらひたすら地平線に向かって走りたい。例えるならそれは生まれたての子猫がつぶらな瞳で自分を親と勘違いした瞬間にも似た様な電流が、衝撃がワタクシの体を駆け抜けたのであります。でも実際そんなことしたらただのキモイヤツだよねここいらで一旦冷静になれ。成るんだ俺!ハイ!無理!
で。
「うが~~~~~!」
「ええ!?」
やり場のない気持ちはそれでも溢れ出て、単純な叫びとなって口から漏れ出る。
俺は頭を抱えてのけぞるしかなかった。
突然の。
ああ、多分、マナにとっては突然と思われるっていう意味で。
俺の豹変をみて、マナが心配そうな顔して駆け寄ってくる。
嗚呼ごめんなさいマナちゃんのまごころ。
「え?え?どど、どうしたの?ユージン!?どっか痛いの!?」
もうこうなっては、正直なところを言うしかない。そうさ、これまでだって結局のところはそうしないと、うまく分かり合えないこともあったじゃないか。
ああ気が重い。はぁ。
「お前が良い奴過ぎて、ついでに可愛すぎてツライ・・・」
「え」
マナは一瞬目を丸くした後、いきなりボン!って音が鳴りそうなほど顔を真っ赤にして言葉を失ってしまった。
こんなん何度もやってるよな。俺たち。
れいきゃくきかん が ひつようだ。
◇◆◇◆◇
「も、もう。なんどもなんども。僕は男だってあれほど・・」
「いやあの・・ハイ、すんません」
相変わらず変わり映えのしない街道を、ふたり、赤ら顔で歩く。
誰とも出会う気配がないのがせめてもの救いだ。
マナがまだ紅潮したままの顔で俺を覗き込む。
嗚呼!やめてくれ!それ攻撃力高いんだ!まじで!
「うー、そ、そもそもさ。この自分のひっ、卑屈さっていうか。じ、自身の無さっていうか。・・・うう、コンプレックスでしかないんだけど」
「う、うん?」
「さっきだって、ああ今の僕感じ悪いな。きっとこんなだから、なかなかお友達できないんだな。ユージン怒ってないかな・・ってそれだけだったのに。なのになんで──」
「マナ・・・」
「なんで、"可愛い"とかっ・・」
俺は、ところどころ詰まりながら吐露するマナの言葉が、なんだかうれしかった。
いや、困らせてるみたいだからそこは何か申し訳ないんだけど、でも、少し前のマナなら、そんなところを言葉にしなかったのではないか。言葉に詰まれば黙るタイプだ。こいつは。それが、自分のこと話してくれたんだ。
俺は、"こいつを笑わせたい"っていう自分の秘かな望みが、何だか良い方に向かっている気がして、うれしかったんだ。
「ユージン? き、聞いてる・・?」
「ん?ああすまん・・・確かに──」
再び覗き込まれて、我に返る。
確かに。
「確かに、オレが二人いたとして、もう一人の俺が同じこと言ってたらさ。俺は多分"何俺がそんなナヨナヨしたこと言ってんだァァ!そこ座れ!根性叩き直すぞおるァァ!?"ってなってると思う」
だいぶ前にも同じ疑問を、一人で考えていた。
そう。卑屈さや自信の無さ。女々しい態度なんて、もし自分がそうであったなら、"自分で許せない"と思う。でも。
「でも、お前がやると、すげー可愛いんだ。なんでだろうな」
「だ、だからっ・・それっ・・もぉ。なんでユージンて、ときどきすっごく恥ずかしいことサラっといえるのさっ」
ムズがるように、ぐずるように、顔を赤らめてモダモダと体を揺するマナを、正直に可愛いと思う。口に出せば、もっと機嫌を損ねてしまうかもしれない。でも本気でそう思う。
俺は、ここへきて何だかひどく冷静だった。
それで思うわけだけど、俺がやったらイラっとくるはずだと思うことを、マナがやったら可愛いって、それって結局、"顔"ってことか?
えー、俺、そんなに現金な奴なのかなぁ。
いやいや、違う。違うはずだ。
それは、たぶん──
「お前がすげー良い奴だからさ」
──だからだ。
「え、いや、なに、突然」
なんにしろ、褒めちぎられているマナはいい加減しどろもどろだ。
うん、多分そう。
こいつは、自信が無くて、コミュ障気味で。でも其の所為かヒトの事よく見てて。口に出さないから、隣に居ないとわかりづらいけど、人に気を遣える良い奴だ。
ただ、願わくばそんな良い奴が、さらに可愛い女の子だったら最高なのになぁっていう男の願望を、このTWOがピンポイントに叶えてくれているだけなのだ。
たぶん。
「うん。お前はすげー良い奴だ」
滑るように、自然に漏れ出て、言葉を重ねる。
俺的にはなんだかすっきりした気持ちだったのだけど。
「う。 あ、ぁ。 だめ。もう・・・うにゅぅぅぅぅぅぅぅっ」
褒められ慣れていないのか、よほど恥ずかしかったのか、マナは真っ赤になった顔を両手で覆って、その場にしゃがみこんでしまった。
「お、おい、マナ・・・?」
今度は俺の方が心配して駆け寄る番だった。