第39回 「黒と白と、それから馬とログアウト」
フレンドカードを交換した後、マリーはトレードで何やら風呂敷包みの様な謎のアイテムを渡してから、何度も振り返りながら帰っていった。
"お茶の時間か、夕食時に思い出したら開けてくれよォ。にしし。"
とかなんとか。
俺とマナは首をかしげながらも、黙ってそれを受け取った。
しかしあれだ、コレでマーケットの住人にもしばらく会えないわけか。
こんな"出来"のゲームである。
ずっとヴァルハラにいて、日々をマーケットで笑いながら過ごす。
そんなプレイスタイルも"アリ"なんじゃないかと、ふと思ってしまう。
が。
世界は広大だと知ってしまった。
俄然好奇心はくすぐられる。
隠居生活は全てを見てからでも遅くはない。
さて、今度こそ冒険の始まりだ。
◇◆◇◆◇
「馬ァァァァ! 強えぇ! 馬強えぇぇぇぇ!?」
昼間、そして整備された街道で、モンスターに遭遇する確率は本当に低かった。
遭遇。
そう遭遇。
そしてモンスター。
そう、モンスターは。
「あー敵対心切れねぇ! なんで"ただそこにいた馬"がいきなり殺すまで許さない感じに襲ってくんだよ!?」
暴れ馬の突進や蹴りを何とか避けながら、悪態をつく。
「ユージンが、"ハイヨー、〇シナンテー"とか言いながら、不用意に近づいて、尻尾引っ張ったからでしょ!?」
一歩身を引いて、安全な位置からマナが叫ぶ。
はて、なんのことやら。
「くそ、倒すしかないのかっ」
……モンスターに見えない、ただの馬なんてさ。
「ああもう。──我が魔王に捧ぐ!!」
カツっと、街道の敷石を杖で撃ちつつ、マナが叫ぶ。
「これが、"ゲーム"で"システム"……悲しいね。 ごめん、お馬さん!」
マナの背後から燃え盛る魔人が現れ、マナのそれと手を重ねる。
そしてその指先は暴れ馬に向けられ、ざらついた声で、呟く。
『スネェェェクファイヤ』
言うが早いか、マナが何かを振り払うかのように、差し出した指を振ると、炎の筋が彼女の足元からすぅーっと馬の足元まで伸びる。
そしてそこからいきなり火柱となって馬を包み込み、丸焦げにしてしまった。
個体追尾攻撃魔術、地走りの炎だ。
薄青く光りながら霧散する馬に、なんだか申し訳ない気持ちで手を合わせる。
すまん、馬。
馬を撃破してしまった瞬間、何やら「キン」て音が短く鳴って、マナが眉を寄せる。
音は俺にも聞こえたが、どうやら何か起こったのはマナの方の様だ。
なにやら、目の前で指を動かしながらポチポチやっている。
嗚呼これは見えなくてもわかる。ステータスウィンドウやインベントリを開いてるんだろう。
──にしたって、なんで今? ってなるわけだけど。
「な、なんだ?」
疑問はそのまま投げかけながらマナに近寄ると、マナはなんだか目を見開いて「えーっ!?」って顔しながら目の前に映っているであろう画面を見つめている。
そしてちょっと難しい顔しながらこちらへ向き直ると
「ユージン、一寸ぼくのフレンドカード見てみて」
そんなことを言うんだ。
「?」
俺は首をかしげながらも、彼女の言う通りにする。
【フレンドカード】
Name :マナ
Job :白の見習い炎術師
Lv :16
Login:ログイン中 (コメントなし)
Memo :コメントなし
マナのJob欄が「始まりの冒険者」から「白の見習い炎術師」に変わっている。
マナがちょっと不服そうなのは、ヒーラーを自負する立場なのに、その名称が「癒し手」を意味するところと違う方向に行っているところだろう。
「ファ!?」
「さ、最近攻撃魔術ばっかり使ってたからかなぁ……」
マナはちょっと残念そうだったが、まぁ
「まぁ攻撃的って決めつけるのは早い。回復術師でも魔術師には違いないんだからさ」
「そ、そうだね。……ってぇ?! ユ、ユージン、ス、ステータス見て!」
しょぼくれていたマナがいきなりそんなことを言うもんだから、俺もあわてて自分のステータスを確認する。
【キャラクターステータス(概要)】
Name :ユージン
Job :黒の見習い剣士
Lv :18
Condeition:通常
「うわ俺もか!?いつのまに!?」
「ね、ねぇこれ黒の、とか、白の……って」
俺たちはお互いの服装や髪色に至る色調を確かめ合い……。
「んなとこまで参照してんのかよ!?」
「うわーん! ちゅうにくーさーいー!」
どうやら俺はこのままいくと"黒の剣士"になるらしい。
俺たちは誰にも見られてないというのに、恥ずかしさにひとしきり悶えたのだった。
◇◆◇◆◇
「あのへんの岩場なんて、いいんじゃない?」
「そうだな。じゃあ、時計合わせは標準時で1時間後の3:37、OK?」
さすがにゲームパッドを操作しているとはいえ、歩き詰め。
そもそも俺たちは街道を歩いているのではなく、"PCゲーム"の画面を見続けているのである。
歩き疲れとは違うが、それなりに疲労感はある。
もちろんの事、小休止などが必要になるわけだ。
ここで問題が一つある。
小休止するためにログアウトしたいのだが、ヴァルハラの様な"市街地"と違って、この街道というやつは"セーフティエリア"ではない。
其のままログアウトしようとすれば、実はすぐにはログアウトできないのだ。
いや、厳密にいえばログアウト自体はできるのだが、セーフティエリア以外でログアウト操作を行った場合、少しばかりペナルティがある。
まず、ログアウトボタンを押してすぐにログアウトされない。"セーフティエリア外でログアウトしています"と表示され、接続が切られるまでに数十秒を要する。
それだけなら大したペナルティとも思えないが、問題はその次だ。
プレイヤーとして接続が途切れた後、しばらくアバターが誰にも操作されないままその場に存在し続けてしまう。もちろんその間にモンスターだのプレイヤーキラーだのに攻撃され、死亡したりすれば、ちゃんと死亡ペナルティは受けるし、次にログインするときはセーブポイントからである。
「この"アバター維持時間"ってのは、連続ログイン時間の10%だと言われてるらしいな」
「絶対無事じゃ済まないよね」
俺達は今2時間以上街道を歩いてきたから、このまま普通にログアウトしようとすれば、120分の10%、つまり12分程度、アバターだけが棒立ちのまま取り残されることになる。
さすがに12分も無防備であれば、どんな雑魚モンスターにもやられてしまう自信がある。
対処をめんどくさがって、知らない間に死亡してしまったプレイヤーは、次回ログイン時に頭を抱えることになるだろう。
──そう、其処で登場するのが……。
俺はインベントリを操作して一つのアイテムを実体化する。
薄く輝きながら俺の手に中に現れたのは、手のひらに収まる程度の大きさの薄緑色の水晶の様な鉱物。
"セーフティコア"と呼ばれるものだ。
これは破壊することで、一定時間その場にセーフティエリアを"作り出す"というものだ。大きさによって、持続時間や効果範囲が増大するらしいが、今は俺とマナが安全にログアウトできれば良いので、安価な小粒のものを使おうとしている。
「……実際出費のほとんどはコレのためだよなぁ」
ぼやきながら、俺は岩場にセーフティコアを投げつけて粉砕する。
半径3メートルほどの半球状の結界の様なものが現れ、透けて見える境界部分の表面にアルファベットで"セーフティエリア"と書いてある。
俺達は結界に包まれた岩場に座って、それぞれログアウトすることにした。
「そんじゃ、後でな」
「うん、また後で」
──Log out
実際今回の"旅行"の準備をするにあたって、これは頭の痛い問題だった。
なにせゲームとはいえ、操作しているのは俺もマナも生身の人間であるわけで。
今みたいに小休止だって必要だし。
俺もマナもトイレくらい行くし、そのタイミングがばっちり同じかというと、そうでもないし。時間帯によっては食事を挟んだりするし、単純に今日はもう寝ようって時もそうだ。
そのすべてに、この"セーフティコア"が必要なのだ。
次の拠点、コーレル市か、もしくは村落か何かか。そこへたどり着くまでに何日かかるかわからないが、なんにしろスケールというか"距離感覚"はどこまでもリアルなこのゲームの事、何個必要になるやら……。
俺は手早く淹れたインスタントコーヒーを一口啜り、深く息を吐く。
しかし何度も思うが、すごいゲームだ。
俺達は無目的に広大なフィールドを歩けるほど強くもないし、そんな資金的余裕もないので、その先に"街があるとわかっている"街道沿いを歩いてきているが、少し道を外れれば目を見張る様な大自然。
あの中にも観光と呼べる価値のある場所もあるんだろう。
しかしながら、大多数のゲーマーっていうのは競争心を煽られるコンテンツを楽しみがちだ。必然、お金の話になって、開発側はこのゲームを"商品"とするのであれば、そういった部分に注力するべきだろう。
ならこのゲームの無駄に細かい部分は何なんだろう。誰が、何の意図で、こんな世界を作り上げたのだ。
出発の時に感じた"妙にやさしくない"部分も相まって、すさまじい没入感の中に、何だか引っかかるものを感じ続けているのも確かだ。
聞けば、別にベストセラーとかそういうわけでもなく、努めて探さなければ名も挙がらないようなファンタジー小説を舞台に、この世界を作り上げようとした奴は、いったい何をしたかったんだろう。
コーヒーを啜りながら、思考を巡らせていると、1時間はあっという間だった。
俺はカップをシンクに置き、トイレを済ませて、再びTWOにログインするのだった。




