第41回 「まりー印のナントカ」
すったもんだ有りながら。
その後も俺たちは歩き続けた。
街道は基本的に変わり映えしないが、全く同じ景色かっていうとそうでもない。
ところどころ積み上げた煉瓦が崩れ去ったような部分が有り、建造物の跡をうかがわせる。
それだけ見るなら、ここいら辺りに集落か作業小屋みたいなものでもあったんだろう。時代が移るとともに、ヴァルハラ、あるいはコーレルに人が集中して、いつしか忘れ去られたんだろう。
不思議だ。
この世界はほんの4か月前ほどに出来上がったというのに、俺はこの倒壊した煉瓦に歴史を感じていたりするんだ。
ふと気になって、煉瓦を掴んで引っ張る。
ほどなくしてボコッと音を立てて掴んでいた一つだけが取れる。
それは単純に「人間が積み上げた煉瓦の一番上だけを掴んで取り外す」という動作で、やろうとしたことに対して当たり前の結果だ。
でもこれはゲームだ。
出来たか? 今まで、どんなに製作期間、制作費用をかけた超大作と謳われたゲームであっても。其れが出来たゲームなど過去一つもない。
煉瓦を持ち上げると、表面の風化した部分が、土と言おうか砂と言おうか、そんな塵となって足元に零れる。
もう「すごい」とは思わない。
慣れた?
いや違う。
すごいんじゃない。異常だよこれは。
本当に。誰が。何のために……
「ユージン、どうしたの? 難しい顔して」
急に立ち止まった俺を訝しんで、マナが戻ってくる。
近寄り様、何やらまた不安げな眼を向けられて「しまった」と思うが
「ごめっ……やっぱりさっきの態度、怒ってる……?」
そんなことを言わせてしまう。
「ん? ああ、俺こそすまん。そういうわけじゃないんだ」
「?」
笑顔を向けると幾分か安心してくれたようだが、次いで俺の手元を見て、首をかしげる。
「どしたの、それ」
俺は煉瓦自体にはもう興味はないので、それをゴトリと足元に放りながら、再び街道を歩きだす。
すぐに並んで歩きだしたマナの方を見て、歩きながら残りを続ける。
「煉瓦の壁の跡をさ、引っ張ったら……そこだけ一つ、煉瓦が取れた」
「えー、そんなことできるんだ?」
俺とは違い、いまだ素直に感心したような顔で驚きの声。
「んーでもなんでだろうな? MMORPGのプレイヤーにアレが出来ます。とか言ったところで金に成んないだろう」
「う、うん?」
「いや、TWOだってサービスだし、開発陣は何を思ってこんな世界を作ったんだろうな……ってさ」
俺がため息をつくと、マナは小走りに少し先へ行き、くるりと振り返りながら両手を広げて見せる。
「ぼくは、素敵だと思うなっ」
眩しい。
日差しが、ってことにしておこう。
俺は目を細めた。
「お前のそういうとこ嫌いじゃないんだけど」
追いつきながら、言葉を重ねる。
「でも正直心配だよ。悪い奴に騙されそうでさ」
「そ、そんなにアホっぽい!?」
「──お人よしってこと。だから良い奴だって、言ったじゃん?」
「え? あ、わっ ま、まって。それもうやめて」
今日何度目か、顔を赤らめて手をぶんぶん振って困る姿に、何とも優しい気持ちになる。
「ははっ そうだな。 素直に楽しんだ方が得だよな」
「な、なあにそれーっ!」
俺はTWOの環境エフェクトの話に戻ったつもりだったんだけど、マナは"自分をからかって楽しむ"みたいに受け取ったらしい。
「ちがうちがう」
こらえきれずに笑って、街道わきの草地から小さな花を見つけて、摘み取る。
摘み取れる。予想したとおりに。
綺麗な赤。紅桃とでも言おうか、そんな色の小さな花。
不意を突いて、マナの髪にするりと差し入れる。
綺麗な白銀の髪に一点、紅。
「こういうこと」
「!??」
漏らすように笑って、歩き出す。
マナは恥ずかしいより驚きが勝っていたのか、目を白黒させていたが、そのあとどんな顔をしていたかは、振り返ってしまってわからなかった。
◇◆◇◆◇
今夜は野宿になりそうだ。
……寝るときゃログアウトするんだけどさ。
いや、聞いちゃいたんだけど。
実際体験してみると「真逆」と言わざるを得ない。
都市間の徒歩移動が、こんなにも大変だとは。
俺は早くも、西の大庭までたどり着けるかどうかを、真剣に考える羽目になっていた。
何しろ半日歩き通しで、コーレル市どころか"コ"の字も見えやしない。
俺たちは空が朱に暮れ、薄暗闇になってもランタンに灯りを灯して歩き続けてきた。しかしながら陽が完全に落ち切ってしまうと、なんとも野獣タイプのモンスターとの遭遇率が格段に変わってしまい、さすがにこれ以上の行軍をあきらめる運びとなった。
「さすがにこの暗闇の中で、オオカミとかの集団は怖いね。火を怖がってくれるからよかったけど。初日だし、無理しないで休も?」
俺が、火を焚けば、フィールドのほとんどを占める野獣型が、ほぼほぼよって来なくなると聞いたことを話し、ログインしたままの休息を提案すると、マナはすぐに同意した。
どこか視線を遮断できそうな場所を見つけて、焚き火でもしながら話をしようと持ち掛けると、"いいね、きゃんぷふぁいやーっ"なんて言いながら手を打って喜んでいた。
ほどなくして住居跡らしい、背丈ほどの壁が残った煉瓦造りの場所を見つけ、そこへ落ち着いた。三方はほぼ壁が残されており、もともと入り口だったであろう一方だけが抜けたコの字型の場所だ。
…………ああ、有ったわ「コ」。コーレル市は見えやしないが。
俺は元々こうするつもりで、道すがら焚き木のつもりで木片っぽいものを見つけては拾っていた。いや、拾えるだろうなーとは思っていたけど、本当にアイテムとしてインベントリにしまえるとは。
俺が壁の中に入って、インベントリからガラガラと焚き木を実体化させていると、なんとマナも同じように焚き木を取り出し始める。
「なんでかなーって思ってたけど、この為だったんだねー」
とかいいながら。中々抜け目がないな。
中央に適当に焚き木を積み上げ、残りを隅に寄せる。
最後に、大きめの木材を探して、マナの方へ置く。
そっちには思い当たる所がなかったのかマナは首を傾げた。
「これは流石に燃えないんじゃない?」
「いや、それは椅子だよ。スカートで土の上に座るつもりだったのか?」
俺がそういうと、驚いたように目を丸くして、礼を言いながら木材に腰を下ろす。
「あ、ありがとう。 えと、ユージンて、ホントにモテない?」
「なんでそうなるんだ。……残念ながら以前話した通りだ」
「気配り上手なのにね」
「そうか?」
「そうだよー。あ、いま、火つけるね」
言われて悪い気はしなかったが、マナが詠唱し始め、その話はそこで終わってしまった。
マナは両手に焚き木を一本ずつ持つと、破片が飛び散るのを嫌がる様に顔を背けながらも、勢いよくそれらを打ち合わせる。
ああ、"音"か。
「我が魔王に捧ぐ」
魔界が開かれ、俺にも見える魔法陣が出現する。
マナは手早く手元のウィンドウを操作し、呟く。
「我が魔王、紅蓮のエスタナシアに願う。崇拝の対価として細やかなる慈悲を」
あー、しゃべることがない時に"詠唱"に使う定型文を決めているんだな。
いつ何時も会話の最中に魔術を使用するとも限らないし、咄嗟に暗唱できるように"言い慣れた言葉"みたいなのを作っておくんだろうなぁ。と、なんとなく思う。
『インスタントファイヤ』
その火は、魔術としては細やかに、しいて言うなら攻撃魔術よりは長時間、焚き木に向かって放たれる。
燃え移るには十分だった。
ほどなくして、壁の内側は焚き火の炎に照らされる。
時刻は夕食時を少し過ぎてしまったかという頃合い。
ゲーム時間としてはまだまだ序の口といったところなのだが、なにしろ俺たちの様な初心者二人組が、行軍を強行できるような状況ではない。リアルに暗すぎる。
俺たちは相談の上、今日はこのまま話題の続くままに雑談し、早目にゲームを切り上げ、明日、なるべく早く再開しようということになった。
二人、揺らめく炎を眺めて過ごす。
「綺麗。本当に現実其のままみたいだね……枝が拾えて、纏めて置いて火をつけて……僕みたいに、ただそれが素敵だなって理由で"これが在る"んだったら、うれしいな」
マナが目を細めて呟く。
「ははっ これで串焼きの魚とか挿してあったら、もっと雰囲気出るかもな」
其処でマナは何かピン! と来たような顔をすると、インベントリを操作して何か風呂敷包みの様なモノを取り出す。
「あ、そういえばそんなものもあったな」
俺もピンと来て、同じものを取り出す。
マリーが、お茶の時間か、夕食時にでも開けてくれ、と言って渡してくれたものだ。
「いったいなんなんだろうな」
二人、期待とはちょっと違う絶妙なものを感じながら、一度顔を見合わせ、それぞれの風呂敷包みを解いてゆく。
「わ。これって」
「へぇ。これは……」
そろって感嘆の声を漏らす。
現れたのは──
→まりーしあちゃんの手作りおむすび(塩味):食料アイテム(体力回復微少)
→賞味期限設定:残り16:44:52
(賞味期限が切れると食事効果がマイナスのものに変わります)
「わー。おにぎり!こんなの自分で作れるんだね」
「ははは。あの人絶対、俺たちに味覚がないこと忘れてるぞ」
俺がそう指摘する間にも、マナはぱくっと一口。
「あ、おいしい──」
なんですと!? マナも半感型で味覚はないはずじゃなかったのか。
いったいどういう……
「──気がする」
俺がガクッと肩透かしを食らっていると、マナがおにぎりの残りを掲げて、ニコッと笑う。
ああ、なるほど。
俺は自分のおにぎりを一口食べてみた。
嗚呼。
「うん。うまい…………気がする」
ここでの"うまい"は、つまりマリーシアの心意気であって、"うれしい"ってことかなと思う。
心の温かさが、この味のないはずのおにぎりをうまいと思わせているのだ。
二人、ほほ笑んで。
無言で残りを平らげた。




