第33回 「そこは突っ込んじゃらめぇ(意味深)」
「ぐぬぬぬ」
「いやあの、そんな無理しなくても・・」
ケンちゃんの店であるテントに戻った後、ケンちゃんは何やら在庫が詰め込んであるらしい木箱と格闘していた。
ほどなくして一つの籠手──ガンメタリックに墨入れされた暗い銀色のガントレットを木箱から取り出す。角ばった鱗が何層も重ねられたような鋭利なデザインだ。・・・うん、ちょっとカッコいい。
で、取り出したは良いものの、ケンちゃんはそれを手にし、唸り声をあげたまま動かなくなってしまった。
どうやら、それを選びたい気持ちと高額商品を気前よく提供するのをためらう気持ちがせめぎ合っているようだ。
「い、いくら出せるっつってたっけ?」
なんか脂汗を垂らしながら。
俺はその形相に大変恐縮しながら、なんとなくケンちゃんを宥めようとするが、ケンちゃんはさらに俺へと詰め寄る。
「い い か ら!予算!言え!」
「え、ええとさっきの服と差し引きで3800シルバー・・ですかね?」
剣幕に押され、とりあえずいう通りにしておく。ふと頭に過るのは、彼がレベル48の前衛職だという事。
ひぇー、くわばらくわばら。
ケンちゃんはぶるぶると震えていたが、ふっと脱力したように息を吐くと、ガントレットを俺に差し出す。
「その格好に似合うのはこれしかねぇ。オレも男だ、これを・・・・さ、さんぜんはっぴゃくしるばー・・で」
「ほ、ほんと無理しないでくださいよ!?」
「いいんだ・・・なんかもうけたら・・おごれ」
トレードが完了するとそう言って、なんかぷしゅううぅぅぅって音が鳴りそうなほど小さくなりながら、テント奥の木箱に座り込む。なんかこう、"撃墜"されたみたいに、ぼとって。
ケンちゃんの様子は気にしつつも、マナが寄ってきて俺を急かす。
「早くつけてみてよっ」
「あ、ああ」
俺は受け取ったガントレットをタップする。
→左手装備アイテム:固有名称"黒抗"【ミスリルガントレット準拠】
「うわー!固有名称ー!?」
「ミスリルガントレットー!?」
俺もマナも説明文からその価値をお察しして飛び上がる。
名称からもわかる通り、このガントレットは"全て魔銀"で制作されている。
ほら、だって思い出しても見てくれよ。
以前、偶然にも近場の岩場で、俺とマナがミスリルの原石を掘り当てたとき。あの時ミスリルは原石一個でいくらだって言ってた?
いくら何でもこの籠手が原石1個や2個分のミスリルで作れるとは思えないし・・・ごくり。
俺はちょっと恐れ多く感じながらも、ガントレットを左手に装備する。
左手を目の前に手を握ったり開いたりしながら具合を確かめていると、マナが横から拍手などしている。
「ユージン、かっこいー!」
「っくしょー。ユージン!てめぇ出世払いだかんなー!」
立ち直ったらしいケンちゃんも何やら叫んでいる。
ふふ。オレ、かっこいい!
と、ふとマナの方へ視線を移すと、何やら見慣れない木の杖を抱えるようにして持っている。
「そういやマナ、それは?」
俺の言葉にはたと思い出したように、杖を抱えなおして見せてくる。
「さっきのお店で買ったんだ。ほら、サキさんと話し込んじゃって。魔術師だけど杖まだないって言ったら、これをお勧めされたの」
見るとそれは、全長がマナの身長を超すような長さがあり、先端が何やら特殊な形をしている。
「うぇぇぇ。今まで杖なかったの!? ってかそうか、いっぺんも見たことないわ。それじゃ今までどうやってたんだ?」
「今までナイフの柄のままだったからちょっとやりにくくて・・」
「あのままー!?」
「あ、や、いちいち毎回座ってたわけじゃないよ?別に床じゃなくていいの。これ音立てられれば割とどこでもいいの。すぐ横の木とか叩いても大丈夫だったし」
ほー。
そういえばマリーもいろいろ工夫していたような気がする。
で、そうそう。魔術師って何で杖で魔術使うのーって疑問って、どんなゲームでもふと考えたりすることがあると思うんだけど、このゲームだと理にかなっているというか。
つまり身長大の棒があれば、直立したまま自分の足元を突いて音が出せる。
なんと単純明快。
「でもさ、たまに困ることもあったんだ。それがどういうときかっていうと」
そう言ってマナは杖を片手に持ちながら、手慣れた操作でインベントリからナイフを取り出すと、そのまま抜き放ち、鮮やかな手さばきで逆手に持ち替える。
そして──
「つまり、こういう時」
そう言いながらそのまましゃがみこんで、テント街の地面に突き立てる。
とすん。
聞こえるか聞こえないかくらいの、そんな音が鳴って、ナイフの刃は地面に吸い込まれる。
「あー。確かに音が立たない」
マナは苦笑してナイフを鞘に戻し、インベントリにしまい込む。
「これがさ、ナイフだからっていうわけじゃないんだョ。足元が突きやすいように杖にしてても、肝心の足元がもっと柔らかい土、こないだの畑とかさ、そういうんだと杖も刺さっちゃって、全く音が出ないんだよね」
「んん?それじゃ杖にしてもダメなんじゃないか?」
まぁナイフよりはいいかもしれないが。
マナは含んだように笑うと、ちょっとかわいい仕草で指を振る。
「そこで登場するのがこれってわけなんだよ」
そう言って、てってって、と。軽い足取りでテントの外に出ると、周りを確認する。周囲にだれもいないのを確認してから、抱えていた長い杖をくるくるとまわしだす。
なんだい、魔杖でチアリーダーのまねごとでもするんか、とか場違いなこと考えかけたところへ、マナが魔杖を大きく振りかぶる。
「???」
疑問符を浮かべる俺の目の前で、マナは勢いよく魔杖を振り下ろした。
ピュゥ!
という、軽やかな、でも甲高い音が鳴る。
「我が魔王に捧ぐ」
魔術起動言語と共に魔法陣が展開される。
なるほど。杖の先は笛になってんのか。
俺が感心したように拍手を送ってると、マナは魔術の詠唱をキャンセルして、テントに戻ってくる。
「ね、便利でしょ?笛杖っていうんだって」
「俺はどっちかっていうと、マナがコールスペルを独自に変えてたことに驚きかな」
にやにやしながらそう言って見せると、やっぱり自分でも恥ずかしかったのか、マナは途端に顔を赤らめて手をバタバタさせる。
「そ、そこは突っ込んじゃダメー!」
「はははは」
そんなやり取りをしていると、締めくくる様に、ケンちゃんがぱん!と、手を打ち鳴らす。
「ま、なんにしろお色直し完了だな。見た目にも初心者脱出でようやく格好が付いたんじゃないか?」
「イェス!」
これにて俺コーディネイト完了ってわけだ。
気どってポーズなど取っていると、マナが横からまじまじと見てくるので、ちょっと照れ臭くなって身を引くが、マナは何やら納得顔で頷いている。
「?」
「ん。なんか全体的に黒っぽい色で統一されたなぁって。で、リアルだと黒づくめってちょっと痛々しい感じもあるけど、剣士風だし、ユージン髪がすっごいきれいな赤だから、そういうのもカッコいいなと思って」
うん、そうだな。
エイジさんに、少年漫画の主人公がそのカッコのまま大人になったような・・とか言われたときはつい周りの目が気になってもいたが、これでいいんじゃないだろうか。
相棒が認めてくれてる。これだけで。
どちらからともなしに、手を高く上げ、ハイタッチ。
心機一転、装い新たに、明日からまたレベル上げだーって気持ちになるくらいには、今日のショッピングは楽しめた。




