第34回 「ほんと、どっちが。」
めずらしく。
早く目が覚める。
最初、一瞬だけ「ああそうだ、今日は平日なんだ」と勘違いして、慌てて身を起こすが、鳴らなかった目覚ましを見やるころには、そういえば土曜日だったと思いだす。
気だるい体を起こして窓に寄る。
カーテンを少しだけ開き、差し込む春の日差しに目を細める。
細めたついでにそのまま閉じて、もう一度ベッドにダイブしたくなるのを軽く我慢してから、キッチンに入っていつも通りインスタントコーヒーを淹れる。
……ああ、ミルクもコーヒーフレッシュもない。
仕方なくブラックのまま啜る。
「にが」
短くつぶやく。言葉とは裏腹に、たまにはこんなコーヒーも良いとか少しだけ思いながら部屋に戻る。
市内県立高校2年生。 春。 5月。
当たり前だが、それがリアル。
この俺、舞意 祐二に与えられた今現在。
ここ連日、新しく始めたゲームに没頭し、時間を忘れてプレイしている。ゲーム環境から没入感がすごく、月並みな感想なんだけど、ついこっちのが現実なんじゃないか……なんて気がしてしまったり。
俺はふと、何もないはずの自分の隣に目をやる。
もちろんそこに誰かいるわけでもない。
何か見えるわけでもない。
そこに──マナは居ない。
出会ってまだ10日も経っていない。でもようやく手に入れた第二の世界で彼女……彼? と一緒にいろんな体験をして、今ではもう無二の相棒のように思っている。
見た目もさることながら、仕草がどうしようもなく女の子っぽくて、実を言えばまるで初めてできた彼女と、毎夜のごとく異世界デートでもしているような気分だ。
もちろんマナのリアルがどこの誰かもわからないし、そも、画面の向こう側のプレイヤーである"彼"は、俺に対して男性であると伝えているし、そんな感想を抱くことすら失礼なのかもしれない。
はっきりと断っておくけど、俺は断じて男色家ではない。
でも、だれだよ。「ネカマキモチワルイ」なんて言ったやつ。
俺もポリゴンでできた人形だとしか認識できない何かを、ちょこまか動かしながらやたら媚びた言い回しをする人たちに、ちょっとした嫌悪感というか、できれば関わりたくないなァ……なんて感想を抱いた事は有る。
でも。
でもさ。
"アレ"は反則だろう。
俺が名前を呼ぶ度に、こちらを振り返る度に、揺れる、きれいな白銀の髪。色こそ現実離れしているが、肩にかかる其れがフードに引っかかって、半分だけ取り残されるとことか。
自惚れかもしれないけど"俺だけに見せる笑顔"みたいなものを感じたりもした。
最初は湿気た面したやつだとか思っていたけど、泣きそうになったり、赤くなったり、一緒に何か達成したらにっこり笑ってくれてさ。
其処に、そんな女の子がいてもおかしくないんじゃないか。
そんな風に思わせるだけのゲームクオリティ。
可愛いんだ。
少なくともあの世界での"マナ"は。
ネカマキモチワルイ?
いやどちらかというと、アイツがすごく女の子みたいに見えるとき、俺が感じているのは嫌悪ではない。
どちらかっていうとさ。
どちらかっていうと……背徳。
いや、何考えてんだ俺……。
──ねぇ、ユージン?
呼ばれた気がして、部屋の中で無意味に振り返る。
いかん。
依存している。
学業疎かにするべからず! とか綺麗ごと言うつもりもないけど、毎夜のごとくのアイツとの生活を、今取り上げられたら、俺はどんな顔してしまうんだろう。
"失うのが怖い"……?
ほんと、どっちが。
◇◆◇◆◇
午前中のうちに買い出しに出る。
昨日のゲーム内の様な、シャツにジーンズ──靴はスニーカーだが。其れに薄い上着を羽織り、肩掛けにしては少し大きめのカバンを下げる。
通学にも使っている赤いMTBにまたがって、自転車でも10分程度のスーパーマーケットに向かう。
向かう途中、SNSの通知音声。
俺に"コレで話しかけてくる"やつなど限られているが。
片手で端末を取り出し、自転車をこぎながら確認する。
『アンタ、ちゃんと食ってんの!? 味噌汁飲め! 味噌汁! インスタントのやつ50食くらい送ったわよ!』
母親だった。
これは地味にありがたい。買い出し前に言ってくれて助かるよ。
「あ り が た く い た だ き ま ──すっと」
短く返事を返して、端末をポケットにしまい込む。
週末の"マーケット"はリアルも負けじと人でごった返す。
やれやれ、こいつらほんとにどこから湧いて出来やがんだ。
辟易しながら、切らせているもの、在庫薄なものなど、生活必需品等をカゴに放り込んでいく。
コーヒーフレッシュ切らせてるんだったな。
日持ちしないが牛乳……も。
あとは主食の袋ラーメン…………ん?
なんだと。袋うどんだと!?
それはあれか、カップうどんみたいな乾麺うどんを袋価格で楽しめるというあれか? ううむ、試しに一束買っていってみるか。
と。
「よー。マイー」
この一見すると女の子のファーストネームみたいな苗字で、なれなれしく俺を呼ぶ奴なんてそれこそ限られている。
というかその声には普通に聞き覚えがあって。
「なんだ斎藤か」
俺はめんどくさそうな顔になって振り返る。
ぼさぼさの髪に緩いジャージ姿。
クラスメイトの斎藤 卓也だった。
1年からの同級生で、ゲームオタク。だがそれにありがちな卑屈さのないやつで、同じゲーム好きとわかるや、向こうから話しかけてきた。いまでは俺の数少ない交友関係の一つでもある。
「なんだとはご挨拶ってやつだぜ」
「何の用だよ」
「用がなきゃ挨拶しちゃいけないのかー。とかとりあえず置いといてやろう。折角貴重なゲームオタク仲間が、近ごろあんまし話してねぇから親睦を深めなおしに来たんだぞ」
なんともゲームオタクには珍しい、ドはっきりモノをいうやつだ。
「お前のそういうとこ嫌いじゃないが……」
俺はため息交じりに、斎藤を手招きして、スーパーマーケットのフードコートへ向かった。
◇◆◇◆◇
「おーっ! そんじゃあれか、お前あのTWOやってんの!?」
「まぁ、そういうこと」
俺が、最近の付き合いの悪さの理由にテーベ・ワールド・オンラインに没頭していたことを話すと、口に含んでいたポテトを散らかす勢いで驚く。
何となくかからないように身をよけながら頷くと、斎藤は食べるのもとりあえず食いついてくる。
「すっげぇ。よくあんなクソ高価ぃ機材買ってでもやろうって思ったなァ。一番安いやつで5万くらいの機材がないと、ゲームプレイすらできないんだろ?」
「いや、VRMMOってずっと待ってたからな。発売時期に丁度金欠だったけど、そっからバイト代ためて、最近ようやく買えたんだよ」
フードコートの片隅のテーブルで、ゲーム談義。男二人の色気なしに加えて会話内容もビデオゲーム話となんともアレな光景だ。
「あーでも、お前最近速攻帰ってネトゲって感じだったから、なんかにハマってるんだなぁとは思ってたけどさ」
「ああ、お恥ずかしながら"没頭"って感じだよ。もう、すごさを語ろうと思っても筆舌にし難い」
「そんなにすげぇんだ? でもVRだろ? 違和感とかは?」
「ゴーグル型の機材だってのに、どうやってんのかユーザーの"気分"みたいなのを読み取ってすげー柔軟に補正駆けてくれるんだよ。ほら、従来型のゲームでいちいちコマンド入力してた"エモ"みたいなやつ。あれを頭で考えただけでっていうか、装着者がそういう気分になったら、"そういう顔"したりするんだよ。キャラが」
「すっげーな。さすが5万。いいなそれ、おれも金貯めてやってみようかな」
「おう、金は貸せねぇが、お勧めはしとくぞ。月並みな感想だが、もう他のプレイヤーなんて、そういう人間がそこにいるって感じで全然違和感がない。お世辞じゃなくってレベル」
俺も誰かにこの興奮を話したかったんだろう。ちょっと話に熱がこもる。斎藤も乗ってきてくれてるから良いものの。
「へー。なぁ、可愛い女の子とか居んの?」
と、この質問である。
女の子? うーん。
「可愛い女の子ねぇ……そういやネカマしか会ったことないな」
「うほ。なぁVRネカマってどう映るんだ? さすがにドット絵のちびキャラ見せながら"私女です"とか嘯くのと事情が違うだろ? 本人気持ち悪くねぇんかな」
「んーいろんなタイプがいたけど、やべーんだ」
「なんだよやべーって」
「いや、キャラがリアル過ぎてさ、中の人のロールプレイがすげぇザルでもめっちゃ可愛いんだ。正直困るレベル」
「うぉ、まじか」
「"おやっさん"とか呼ばれてるおっさん語りの、見た目10歳ちょっとくらいの少女がいるんだけど、その人も事ある毎に可愛くて、すげー困る」
「やべぇなそりゃ」
──なんとなく。
──マナの存在を秘密にした。
そんな事に気づく筈もなく、斎藤。
そのあとも、ゲームの話で、久々に生身の人間と盛り上がった。
「──っと。もうこんな時間か」
時計を見ればもう午後3時を回っている。
そういや、昼飯もここで食ったな。というかあれからもう3時間か。
久々に話の合うやつとゲーム談義で盛り上がってしまった。
斎藤の今やってるゲームとか、一度離れてしまうと従来ゲームの話も新鮮だった。
TWOはなんていうか、"ゲームしてる"って感じじゃないとこもあるからな。
「なんか用事あんのか?」
「そうでもねぇけど、せっかくの休みじゃねぇか、俺はゲーム三昧してぇんだよ」
斎藤はまだ話し足りなそうだが、こいつもゲーマーだからか、俺の気持ちもよくわかるって顔してる。
理解があるってありがたいねぇ。
「ったく、ネット彼女にお熱になって、おれのこと忘れないでくれよなー」
去り際の一言に、少しだけドキリとする。
ネット彼女……ね。
さて、俺は急いで帰ってTWOがしたいのか。
それともアイツに会いたいだけなのか。
ネットなうえに"彼女"ってわけでもないんだけど。
俺はほとほと、アイツにお熱なのかもしれないな。




