第35回 「すげー嫌だよ」
PM3:35
結局、買い出しから戻って、着替えやら各消耗品の補充やら、色々やっていたらこんな時間だ。
何となくはやる気持ちを押さえながら、俺はTWOにログインする。
──Login
ログインするとハンターズギルド前。
そういやこんなところで落ちたろうか。
なんとなくゲートクリスタルへ歩を進めながら、知り合いのログイン状況を確認しようかとフレンドリストを開こうとして、ふと手を止める。
視界に収まった其れは、なんだかんだで俺たちがよく使っている、あのベンチだ。ハンターズギルド近くにあるやつ。
其処にポツンと座っているのはマナだ。
おるやん。
フレンドリストを開くまでもなく、相棒を見つけてそちらへ歩いてゆく。
遠巻きに見るマナは、なんだかひどい顔だった。
湿気た面ってやつだ。最初に会った時から事ある毎にこの顔だ。
昨日買った両手魔杖を抱えながら、ひとりベンチに佇んで、俯いている。
俺には気が付いていないようだ。
コイツのリアルがどんなものか、俺は知らない。なんか面倒くさい事になってんだろうなぁくらいの認識は、俺にもある。
でも聞いてはいけない。知ろうとしてはいけない。それがネットゲームのマナーってやつだからだ。
俺が遠巻きに見る間にも、何やら眉を寄せて、下唇を噛む勢いで苦々しい顔をして、ただ、下を向いてそこに佇む。
「はぁぁ」
でかいため息とともに、目を伏せ、足をベンチに上げてその膝を抱え込む。
泣きそうにすら見えるその顔を、膝にうずめて縮こまり、ぽつりと、呟く。
「ユージン……来ないなァ……」
俺は、なんだかやるせなかった。
歯ぎしりしそうな、何かこみ上げるような感覚があって、でもそれが具体的に何なのかわからないが、ただ。
"ユージン。お前、もし気がないのに優しくすんなら、ちゃんと責任とれよな"
ケンちゃんの言葉が頭の中で繰り返される。
まぁ彼の言は、マナが女の子だと思っての発言だが。
マナ。俺は、どこまで踏み込んでいい?
俺、お前がそんな顔してんの、すげー…………
すげー嫌だよ。
俺は、なんだかもう見てられなくてちょっと足早に、マナの前まで行く。
「居るぞ。此処に」
縮こまるマナを見下ろしながら言うと、マナはびくっと、驚いたように顔を上げ、目を疑う……という様にその両目をごしごしと擦る。
──今、コイツ泣いて……?
その後も、なんだか呆けたような顔で俺を見上げているので、俺は心配になって言葉を重ねる。
「幻じゃないぞ?」
「ユージン!」
言うが早いか、途端に、それこそ満面の笑みになって、勢いよく立ち上がる。
だから。
その顔はなんだ。
マナ。
ホントに。
マジで。
他に、"誰もいない"のか?
俺はもうなんだか、悔しいっていうかやるせないっていうか、苦々しい顔になるのを何とか隠しながら、その顔に笑顔を張り付ける。
何かを抱えたコイツに、他人の俺が、してやれる事って何だろ。……してもいい事って、何だろ。
「……何湿気た顔してんだよ。さぁ、やることはいくらでもあるんだ。今日も──遊ぼうぜ」
「うん!」
何か不安を振り払う様に。
ほんの一時、この顔が元に戻るまでの間、マナに顔を覗き込まれないように、俺は振り返って、足早にゲートクリスタルに向かって歩き出した。
◇◆◇◆◇
「で、お前らは、目的無く来るトコっつーと、此処しかないわけ?」
「いやぁ、その、なんだかんだで頼りにしてます」
「あはは……おじゃましてますー」
そんなこんなで、商業区はケンちゃんのテント。
仏頂面のケンちゃんに、苦笑いの俺たち。
ケンちゃんはそそくさとマナに椅子を用意しながら
「ああ、マナちゃんは大歓迎さ。いつでも来てくれよ」
と、にっこり。
戸惑いながらも前回同様、ウッドチェアに腰を下ろすマナ。
俺は自分を指差しながら、「俺は?」と無言の抗議をするが、ケンちゃんはあくまで塩っぽい顔だ。
「だが、てめーはだめだ。ってやつだユージン。お前はさっさとミスリルガントレットのツケを返せ」
「ツケになってるし!?」
「冗談だよ。ハァ……オレだって暇じゃねえんだぞ。……っていっぺんくらい言ってみてェなチクショウ。暇だよ!おら要件は何だっ」
諦めた様に、もう一度ため息をついて、どっかりとテーブルに腰を下ろす。
なんだかんだで、世話を焼いてくれるこの男には、本当に頭が上がらない。
さて、今回は何のために来たのかというと……?
「世界のことが知りたい?」
「ええ」
とりあえず人払いのためにか、テントの中は丸見えだが、ケンちゃんが「クローズ」看板を掛けて俺を招き入れる。
俺もテントの中に入って、その辺の地べたに腰を落ち着けたところで本題に入る。
「ユージン?」
この事はまだマナにも言っていないので、彼女も疑問符を浮かべてこちらを見ている。
俺は頭を掻いて、マナの方を見る。
「なぁ、マナ。俺達、そろそろいいと思うんだよ」
「え? え?」
マナは戸惑ったように俺を見る。
今は俺だけ地べたに直接座っているので、さすがに俺たちの身長差でも、マナが俺を見下ろす珍しい形で、しばらく見つめ合う。
ケンちゃんは俺とマナを交互に見ると、ちょっと驚いたように呟く。
「お? お? そろそろプロポーズか?」
そんなこと言うもんだから。
マナも一旦ケンちゃんを見て、それから俺の方をまた見て。
"えっ、そうなの?"
って顔して、赤くなったりするんだ。
「だ・か・ら! いいから! もうそういうのいいから! そういう話じゃないから!」
「ええっ」
うがー。て、ぐしゃぐしゃと頭を掻く俺。
「ユージンは言い回しが思わせぶりなんだよぅ」
マナは照れたような、拗ねたような絶妙な顔をして、抱えた杖をもてあそぶ。
「で、何がそろそろいいんだ?」
煽っといてウンザリ顔のケンちゃんが先を促す。
すっかり出端を挫かれながらも、俺はため息をついて、昨日から考えていたことを提案した。
「旅行がしたいんだ」
俺が言うと、二人ともはにゃー? って顔して疑問符を浮かべているので、嗚呼俺は言葉足らずなんだなと反省し、続いて説明していく。
「つまり、このテーベの世界で、バーチャル旅行。そろそろこのヴァルハラでできることにもマンネリ感あるし。えーと」
俺は、なんとなく変な気遅れを感じながらも、残りをマナに向かって続ける。
「その、ついてきてくれる……か?」
マナは一瞬、きょとんとしたあと、何やら慌てて頷く。
「え、あ、も、もちろん! 置いてかないでよ!?」
俺はほっと胸をなでおろす。
遠出をするのに不安があるとか、俺と長期間二人きりが気になるとか、断られるわずかな可能性を気にして一応聞いてみたが。
どうやら要らぬ心配らしい。
「お前らなんでそのやり取りで付き合ってないんだよ……」
いよいよウンザリ顔のケンちゃんは"おなかいっぱいです"のジェスチャー。
もしかしたらケンちゃんだけじゃなく、他の人から見ても、俺たちは"そう見える"のかもしれない。
そう見えるのは、マナの中身が男性であると微塵も感じさせない、この女の子女の子した振る舞いの所為なわけだが、ほんと説明に困るんだよな。
「んで? 結局"世界のことが知りたい"ってのはつまり、今現在実装されてるテーベの世界で、観光できそうな場所がないか……ってことが聞きたいわけだな?」
「そ、そういうことです」
さすがに、ここまでのやり取りで俺の意図を察してくれたケンちゃんが、言わんとしていることを代弁してくれた。
俺はすかさず頷いて肯定する。
ケンちゃんは目を閉じて、足を組むと、うーん……て感じでうなる。
あれ無茶な注文だったかな? と不安になるくらいの時間黙っていたが、ケンちゃんは目を開くと、テント奥の木箱へ向かう。
何やら木箱の中を漁りながら、後ろ向きのまま俺達に話しかける。
「そういうのは、オメェ、俺の性分だと"全部"説明してやるから、選べ……って話になる」
そう言いながら、木箱の中に在ったらしい大きなスクロールを手に、此方へ戻ってくるのだ。
「長くなるけど、いいか?」
そう言いながら、ケンちゃんがテーブルに広げたのは、この大陸の地図だった。




