第32回 「風刃」
「さすがにハーフパンツはそろそろどうなんだ」
「うぐ」
そんなこんなで金曜日だ。
俺たちはまるで頼る柱のように、ケンちゃんの武器屋に来ていた。
最近、困ったらここ。という感じになってしまって申し訳ないことこの上ないが、やはりこの人は面倒見がよくて助かるのだ。
そんで、無目的に買い物したいけど、お勧めの店は有るか。なんて聞いたら、返ってきた返事がこれだ。
「だってよー。お前ェ、マナちゃんちょっと落ち着いた格好になってんのに、いまだに初期からなんもかわってねぇじゃん?」
たしかに、マナはスカートを長くしてから、ちょっと落ち着いた雰囲気になった。
しかし……。
俺は自分の黒いシャツと炎の様な赤黄の模様のハーフパンツを見下ろす。
「そんなにアウトっスかね?」
ケンちゃんは、ぽりぽりと頭を掻いて、困ったような顔をする。
「いやぁ、その、オレだって、ファッションセンスはアレでソレなズボラだけどよ?」
そう言って、俺と向かい合ってウ○コ座りする、金髪に頭グラサンの兄貴は、手に持った木の枝をもてあそぶ。
「にしたってお前ェ。その恰好は状況限定されねぇか? なんかこう、これからバスケットしに行くぜ! っていうか、これから海水浴だぜ! っていうか」
「せっかくかっこいい顔してるのにね」
そう言って、一人簡素なウッドチェアに座るマナが、くすくすと笑う。
このウッドチェアは前に訪れたときはなかった。ケンちゃんが、ここ数日マナが此処を訪れるようになって「そういや女性客を地べたに座らせるのもなんだな」とか言い出して、今日来たら置いてあったのだ。
マーケットには、そこそこのスキルレベルを持つ木工師もいるらしく、知り合いであれば材料の木材と、わずかな工費で、制作を依頼できるという。
「それ、本気で言ってんの?」
夜のマーケット。ランプの頼りない明りの下で、やわらかい笑顔を見せながらそんなことを言うマナに、俺は疑わし気な目線を投げてよこす。
「本気だよぅ。ユージン、そのアバター、その、私から見てもカッコいいよ?」
同じ男から見ても、と言いたいのだろう。ただケンちゃんの前でそう言うわけにもいかず、ちょっと変な言い回しになっている。
「お前に言われてもなぁ~」
げんなりした表情の俺に、マナも苦笑。
ケンちゃんは不思議そうな顔で、俺とマナを交互に見る。
「何? お前らホントに恋仲じゃねぇの?」
そんなことをいうもんだから。
「ちがう!」
「ちがいますっ!」
ズギュン。とすごい速度で振り返った俺たちに、ケンちゃんは呆気にとられたように小枝を取り落とし、それから面倒臭そうな顔をして頭を掻く。
「今はそうでなくても、時間の問題ってヤツ? まぁどうでもいいけど、ユージン。お前、もし気がないのに優しくすんなら…………んー、ちゃんと責任とれよな」
ぼやくように言うのだが。
んん? 責任?
ああ、つまり女の子に気を持たせるようなことしておいて、決定的な部分で興味ありませんじゃすまされないぞ。と、忠告してくれているわけか。
こういう誤解は難しい。何せマナの容姿は相当ハイレベルだ。と思う。少なくとも俺は。
周りから見れば、俺たちは"恋仲である"と言われた方が受け入れやすいんだろう。
しかし、相棒の俺だけは、マナ本人から同性であるとカミングアウトされている。此処ヴァルハラでのマナがどれほど可愛かろうと、どれだけ仕草が女じみていようと、なんて言うか、"そういう意味で"特別な好意を向ける対象ではないし、向けてはいけないんだと思う。
「あーうー、そ、そこんとこは大丈夫ですよ。マナも"わかってる"し」
俺がそう言い訳すると、マナも苦笑いしながら頷く。
だが、ケンちゃんは俺の首に腕を回すと、マナから隠れるようにヒソヒソと耳打ちしてくる。
「おまえなぁ、最初はそんな気無くても、一緒に居るうちに……なんてありがちだろうが。でも最初に釘さされてるから言い出せない……とかかわいそうだろ?」
「その辺はちょっと説明しづらいんですけど、大丈夫ですよ。……ていうか、あんな美少女連れてたら、他の子寄ってきませんよ。残念ながら」
そこでようやく解放される。
マナは内緒話に疑問符を浮かべるだけで、詮索とかするつもりはない様で助かるが。
「とにかく……不誠実なのはお父さん許さないからなっ」
「誰がお父さんやねん……」
「あの、それでどうしよう? 今日はユージンの服選びしよっか?」
不毛な男談議が終わりを見ないので、マナが口をはさんでくる。
そうそう、そっちが本題のはずだった。
「しかし、そうはいってもなぁ。じゃあ何買う? ってのが出てこないぞ」
俺自身の服のセンスは壊滅的なので、いっそジャージでもあったらそれでいいかな。なんて言い出したら、きっと許されない。そういう雰囲気だ。
「ユージンは剣があるしね。ちょっと"夢見がちスタイル"でもいいと思うんだ。例えば、ファー付きのレザージャケットとスリムパンツとか。帯剣も腰釣りにしてさ」
「俺がファーってガラかよ。どっちかっていうとファーwwwとか草生えちゃうぞ」
「んー。レザーは対刃性があって実用を兼ねるから、お勧めだが、皮革技能でスゲー奴は知らねぇな。」
三人そろって、うーんと、唸りを上げる。
ふと、ケンちゃんが思いついたように
「このジーパン買った店なら、近くに在るぞ」
「あ、いいっすね。ジーンズなら、上何着ててもとりあえず許されそう」
「えー、妥協~」
マナは抗議の声を上げるが、とりあえずアテはそれしかなさそうだった。
◇◆◇◆◇
「わー、いいじゃないですかー」
ヴァルハラのマーケットは所謂露店街だ。店舗はテントがあればいい方で、茣蓙を敷いて胡坐をかいて座るだけの商人もいる。あれで、テントを張れば、それはもうハウジング要素になるらしく、ケンちゃんも、場所代とかテントも賃貸であるという。
そんな中、結構な規模の天幕を張って、服屋を営む夫婦と思しき男女。
ケンちゃんが俺達を案内したのはそんな店だった。
マナは俺の服を選ぼうってのに、何やら目を輝かせてランプに照らされる服や装飾品を見て回っている。
「お久しぶりですエイジさん。サキさんも。景気はどうですか」
どうもケンちゃんにとっては目上であるらしい。オールバックに整った髭の黒髪の男性。そしてウェーブの強いアッシュブロンドを緩く一つにまとめた女性。
「あら、ケンちゃーん」
「いらっしゃ……なんだケンか、ネタTなら新しいのはまだだぞ……おっと?」
そこでようやく、俺や、先に商品棚に張り付いていたマナに気が付く。
「今日はなんつーか、"例のプロジェクト"みたいなもんです。ここ最近知り合った、新規のプレイヤーにお勧めの服屋を紹介することンなって」
そこでいったん切って、ケンちゃんはマナを手招きし、マナが、俺と並んだところで、店主夫妻に紹介される。
「ユージンとマナです。初めて一週間くらいの初心者で、今日は男の方が服買いに来てます」
「へぇ! 新規サン! いいね。俺はエイジ。こっちは妻のサキだ。御贔屓に頼むよ!」
そう言って手を差し出す男性は、中年とはいかないまでも、ケンちゃんよりは年上といった感じだ。
ケンちゃんが大学生の様な風貌なので、二人は20代前半くらいに見える。
「ユ、ユージンです」
「マナです。素敵なお店ですね!」
「ありがとう。それでえーと、ユージン君が……」
エイジさんはそこで止めると、確認するようにケンちゃんに視線をよこす。
ケンちゃんは癖の様に頭を掻くと、事のくだりを説明した。
「──ってわけで、ジーンズ万能論に至ったわけです」
「万能って……んーしかしそのカッコはさすがにいただけないかもなぁ」
そう言って俺の方を見る。
やっぱり駄目なんか。服屋が言うなら間違いないよな。とほほ。
言っている本人はワイシャツとスラックスの上からのエプロン姿がずいぶん様になっていて、TWOはまだ正式サービスから3カ月程度だというのに、ずいぶん年季の様な物を感じる。
なんにしろ、エイジさんは困った顔をして続ける。
「そのままだと、うーん。少年漫画の主人公が、服装そのままに大人になっちゃった感じがして、痛々しいというか。背中に剣っていうのも拍車をかけてるよね」
「!」
ずがーん。って。頭の中で雷が落ちた様な音がして。
今更ながらに自分の格好が恥ずかしくなり、店主に縋りつく。
「ど、ど、どうすれば……」
「と、とりあえず予算聞いとこうかな!」
こうなったらもうなりふり構っていられない。
「6000……いや、7000までなら……!」
「~♪」
店主は軽く目を見開いて、口笛を吹く。
「気合入ってるねぇ……そうだな、その黒のシャツは、黒にこだわってるのかい?」
「え? あ、ああ、どっちかっていうと好きですね。黒」
「ふむふむ、なるほどジーンズ万能論……だったっけ。そうしたらー……」
少しの間思案したかと思うと、徐に店の中を回り、商品を選んでいく。
見ると、マナは奥さんのサキさんと打ち解けていて、別の商品棚の前で談笑している。
「黒Tシャツはそれでもいいんだけど、無地ってのは寂しいかな。君は剣士志望のようだから、ちょっとファンタジー冒険者風でもまぁよかろ……とするとー……」
なんだか俺に話しかけてるのか独り言なのか、わかりづらいつぶやきとともに、店内を回っていろいろ集めていく。
で、結果こうなった。
上はもともと着ていた黒いTシャツに白でロゴを足したようなデザイン。
下は暗めの色の厚手のジーパン。ベルトとは別の剣帯に、レザーの鞘を下げ、反対側には、インベントリから実体化したままのピックやポーションを差して置ける小型のポーチ。
締めて3200シルバー。
金額的には少し抑え目だが、其処は後でまだ提案があるそうだ。
「このロゴってなんか元ネタがあるんスか?」
デザイン的には割と気に入っているが、なんとなく出所が気になって、そんなことを聞く。もしかしてリアルメーカーと提携でもしてたりして?
と、其処でマナと同じく店内を物色していたケンちゃんが此方を向く。
「お、"風刃"じゃん」
「ふうじん?」
俺が疑問符を飛ばしていると、エイジさんはどう説明しようか迷うような素振りを見せるが、ケンちゃんに「原作あるとこまでは話したぞ」とか言われて、嗚呼それなら、と。一つ、頷く。
「つまり風刃ってのはさ、所謂"原作キャラ"ってやつなのさ」
「どんなキャラクターなんですか?」
俺のコーディネートが決まったのを見て、此方に戻ってきていたマナが、話に食いつく。
「"風刃"の二つ名を持つ、このセレクトリア王国の騎士なんだけど──」
この王都ヴァルハラを首都に置き、周辺一帯を領土とするこの大陸最大の勢力、セレクトリア王国。
このセレクトリアには"放浪騎士"という制度があって、若い騎士を領土内、時には国外までも旅をさせ、各地で事件解決などに尽力させる。
貢献度に応じたポイント制度があり、ポイントカードの得点基準を満たした放浪騎士のみ王都へ帰還することを許され、晴れて正式な騎士として採用されるというもの。
件の"風刃"は劇中、放浪騎士として領土内を旅する若い騎士、ユグラルト・ウォレンという名の青年で、最短期間での王都帰還を果たし、その年の剣闘大会への出場を許可される。
王国には"雷刃"と"風刃"なる宝剣があり、剣闘大会の優勝者及び、準優勝者に贈与される手筈で、これは所謂出来レースによって必ず王国所属の騎士の手にわたるような仕組みになっていた。
はずであった。
大番狂わせに次ぐ大番狂わせにより、その年の大会はなんとあろうことか特別参加の"部外者"が優勝。"雷刃"は優勝賞品として彼に贈与され国外紛失。"風刃"は何とか騎士団内に確保したものの、手にしたのは若干18歳の若手騎士ユグラルト。騎士団は一時騒然となる。
かくして新人騎士"ユト"は手にした宝剣と合わせ、"風刃"の二つ名で呼ばれることとなる。
と、いうのが、原作「Thebes」における風刃にまつわるエピソードだが、このシャツのロゴが、差し絵に描かれた宝剣の装飾と同じ形をしているというのだ。
「へー! カッコいい!」
マナは"そういう曰く"が大好きなのか、ピョンピョン跳ねてロゴを称賛する。
「テーベって騎士物語なんですね。私も探して読んでみようかな」
「まぁそれだけ……ってわけでもないんだけどね。読むとなんていうか、このゲームのネタバレ的なとこもあるから、まぁ自己責任でどうぞ」
エイジさんは苦笑しながらマナに説明する。
「"風刃"ね。いいっすね。このコーディネート一式いただきます。……でも、ずいぶん抑えめに纏めましたね」
予算7000までOKといった割には、エイジさんの選んだコーディネートは全部で3200シルバー。もう少しふんだくってもよかったのでは、と、つい余計な口を挿むが。
「ああ、値段の話? そうそう、それなんだけど。予算を使い切らなかったのには理由があるんだ。僕の見立てだとその恰好の、左手だけに手甲というか籠手のような物……ガントレットっていえばいいかな。そういうものを付け足したのを完成形としてるつもりなんだ」
「うぉ、一気にファンタジック」
ふむ、でも悪くないかもしれない。左手は金属籠手にして、受け用に使えれば防御にもなる。
「あいにく金属製はここでは扱って無くてね。余った予算でそれを……」
といって、エイジさんはケンちゃんの方を見る。
「彼のお店で買ってあげてくれないか」
「うわ、エージさん……そんな気ィ使ってくれなくても……!」
ケンちゃんは恐縮するが、まぁ俺もなじみの店のが安心する。なんだかんだで彼に用立ててもらったロングソードはここまで大いに役に立ってくれている。
「ケンちゃんさんの店なら俺も馴染みがあるし、俺からもお願いします」
「ユージン……お前……よォし!、このケンちゃんに任せろ! すげーカッコいいの用意してやるぜ!」
感動したように涙するケンちゃんが高らかに宣言し、俺たちはエイジさんの店を後にしたのだった。




