第二六話 男は学習しない
遅れてすみません
「うあああああっ!!」
僕が跳ね起きると、いつものベッドの上に寝かされていた。
どうやらこの世で意識を取り戻したようだ。
意識を手放す直前の恐怖と痛みが脳内にこびり付き、「深紅スライムに襲い掛かられる夢」で目覚めた僕は、最悪の気分だった。
熱があるのか、同時に酷い悪寒と痛みに襲われ、胃液を戻してしまう。
「大丈夫ですか?!」
奇声を聞いたリリさんが駆け付けてきた。全然大丈夫じゃない。
「大丈夫です。」
心と正反対の言葉が出てくる自分の性格が恨めしい。
「目を覚ましてくれて、本当に良かったです。」
リリさんが泣きそうな顔をしている。本当に心配をかけたようだ。
「只今、黄泉の川辺から戻りました。」
震える手を堪えながら、精一杯の冗談で返すが、全然面白くない。
改めて体を見てみると、手足は包帯で巻かれていた。隙間からみてみると、火傷のような跡がついている。更に右手甲は毒で爛れており、左手も何か所か骨折しているようだ。
体の異常を確認していると、リリさんが申し訳なさそうに謝ってきた。
「私のミスで、アレンさんにご迷惑をかけてすみません。」
これはリリさんのミスではなく、僕の未熟によるものなので、謝ってもらう必要はない。
状況としては、自分では確認できていないが、助けてくれてありがとうだと思う。
「いえ、深紅スライムまでの必要距離を見誤りました。私のミスです。こちらこそ、ご心配をおかけしてすみません。」
「いえ・・そんな・・」
「それに、危ないところを助けていただいたのですよね?ありがとうございます。」
そういって今できる精一杯の笑顔を作る。普段能面なだけに気持ち悪がられていないか心配だ。
「はい・・・・」
リリさんの顔は晴れていない。余程引きずっているのだろうか?僕が初めての挑戦者だからな。
「規約にサインした時点でこの位の事は覚悟してきています。次の挑戦ではうまくやります。」
本当はもうやりたくないが、どっちにしろ規約で止められない事は分かっている。であれば開き直るべきだ。
「わかりました。次はミスしないように注意します。ですが、とにかく今は体を休めてください。」
「そうですね、そうさせてもらいます。」
一通り体を確認して、しばらく動けない事を悟った僕は、少し感じた空腹を諦めて睡眠に戻った。
~~~~~~ 一週間後 ~~~~~~~~
「おかしい。体の治りが早すぎる。」
爛れていた皮膚も、折れていた骨もほぼ治っている。多少動いても、ほとんど痛みがない状態に回復した。
「回復可能量と回復速度も、存在値によって変化すると言われています。」
なんということだ。良いことは良いことなのだが。
「身をもって実証したくなかったです・・」
「私も最初、戸惑いました。ですが、痛覚自体がなくなるわけではないので、安心してください。」
「リリさんも大きな怪我をされたのですか?」
前回の戦いぶりから、怪我をするような所が想像できないが危なかったのだろうか?
「はい、私も深紅スライムの体液を被りました。今のアレンさんと同じ様に、深紅スライムと戦っている時です。」
「リリさんも此処で深紅スライムと戦ったのですね・・・」
皆ここのシステムで塔の管理者としての力を得たのだろうか?スパルタだな。リリさんが続けて話す。
「最初は先輩、ルックさんですね、に守って頂いてたのですが、そのうち一人で討伐するようになって、ある程度慣れたタイミングで油断して、やっちゃいました。」
リリさんが笑顔で答える。完全に過去の思い出になっている。僕これからなんだけど・・
「壮絶な戦いだったのですね、僕も頑張ります。」
「はい、一緒に乗り越えましょう!・・・ただ、心苦しいので誤解の無いように申し上げますが、塔の管理者の場合は、最初に十分な存在値を付与されますので、アレンさんとは状況が違います。」
やはり基本いい人なんだよな・・・変に真面目だけど。
それより、気になること言ったな。
「存在値を付与されるというのはどういう意味ですか?」
「方法や仕組みについては、私から説明する事はできませんが、大まかにいうと塔には存在値を譲渡するシステムがあって、存在値を引き上げる事が可能です。」
「僕もそれがいいです!」
なんと画期的な方法か!その裏口から僕も入学できないだろうか?
「残念ながら、塔の従業員のみの方法となります・・それと、深紅スライムと戦う目的は、あくまでも職務を全うすることができる事を確認するためです。」
「そうなんですか。そりゃそうですよね。」
やはり、裏門は開いていないようだ。誰か鍵をくれ。
「はい、ですが可能な限りサポートしますので頑張りましょう!」
「やるしかないですもんね・・・・」
そうして今日も諦める。悟りを開くのも時間の問題だろう。
~~~~~~ リハビリ後 ~~~~~~~~
深紅スライムとのリベンジマッチが開始される。
前回と同じ様に開幕から一発、遠距離から数発、そして深紅スライムが接近戦に来る所まで、概ね同じパターンで推移する。
今回は距離を見誤ることなく取り続けていたため、分裂攻撃は回避する事ができているようだ。
すると、深紅スライムは僕を直接狙うのを諦め、前衛のリリさんをターゲットに変更した。
だが、僕は安全圏に入ったものの、リリさんと深紅スライムの距離が近すぎて、僕は魔法を撃つタイミングを失ってしまう。
それを察したリリさんから構わず撃つように指示が飛んだ。
「撃って!」
「無理です!」
「今なら大丈夫!」
戦闘中の為、短いコミュニケーションとなってしまうが、リリさんを信じて撃つ。
すると、着弾のタイミングを読み、見えない速さで距離を取ったため、リリさんは無事のようだった。
以降、僕はスライムとの距離を一定以上に保ちつつ、魔法を放つ砲台と化し、深紅スライムを倒す事ができた。
深紅スライムは、弱っていくに従って、赤黒い瘴気が濃くなっていったのが不気味だった。
前回の轍を踏んで、今回は勝利を掴む構図となったが、紙一重であったことは間違いない。
深紅スライムが完全に活動を停止した後、リリさんが飛んで来る。
「お疲れ様でした!お怪我はありませんか?」
「はい!今回もありがとうございました。」
流れる汗が心地よい。リリさんは僕の体調を確認した後で、ようやく安心したようだ。
それからお互いを確認するような会話を続けていくうちに、冗談も飛ぶようになった。
「気にせず撃って下さいとは言いましたが、容赦なかったですよね?」
「リリさんなら、避けてくれると信じていました。お蔭で勝てました。」
言い訳的には苦しいが、心で謝っておく。
「いえ、アレンさんの実力ですよ。2回目で成功するとは流石です。」
「・・・・えっ?」
「2回目で成功するとは流石です。」
それは聞いた。問題はそこではない。
「何回目位で僕が勝つと思っていましたか?」
「そうですね・・・正直に申し上げて、あと5回は必要かと思っていました。」
「・・・・・」
相変わらず、お互い笑顔の構図は変わらない。
ただ、僕はあと5回死にかける事が想定されており、それが実行される予定だった事が確定した。
やはり鬼だ。僕はあのダンジョンで何も学んでいなかった。この気持ちはタールさんにぶつけよう。
「あれ?」
気を抜いたと同時に酷い吐き気と眩暈に見舞われる。
おかしい、ふらつく。深紅との戦いで、毒はくらっていないはずだ。
勝利したはずの僕は、謎の体調不良によって、慌てるリリさんを見ながら、もう一度強制的に意識を絶たれる事になった。




