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世界一位の続き 〜VRMMOのLv999が現実に残ったので、ゲーム知識で東京と異世界を攻略します〜  作者: 雅龍(がりゅう)
第一部 東京・王門

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9/20

初めてのオフ会は、避難所で

深夜一時の区民センターは、静かだった。


体育館の床には毛布が敷き詰められ、あちこちで小さな寝息が聞こえる。廊下の自販機には電気がついていて、炊き出しの残りのおにぎりと味噌汁が長机の上に並んでいる。その長机の端に、俺たちは三人で座っていた。俺と、ユイと、エルナ。


エルナは鎧を脱いで、地球側で借りたらしいジャージを着ていた。サイズが合っていなくて、袖を三回まくっている。


「レイ殿。これは、どう使うのですか」


彼女が持っているのは、割り箸だった。


「割るんだよ。こう、真ん中から」


「割る……」


エルナが真剣な顔で割り箸を左右に引くと、ぱき、と斜めに割れた。片方が極端に細い。


「……失敗しました」


「最初はみんなそうなる」


「レイ殿は、最初から綺麗に割れましたか」


「俺は割り箸を割るのに、三年かかった」


「嘘でしょ」


ユイが即座に言った。


「嘘だな」


エルナは、細い方の箸を見つめている。


「では、この道具は、割り方の練習も含めて使うものなのですね」


「そこまで深くない」


ユイは、おにぎりの山の前で真剣に選んでいた。梅、鮭、昆布、ツナマヨ。一つずつ手に取ってはラベルを見て、戻す。


「迷ってる?」


「鮭がいい。でも鮭、あと一個しかない」


「取れよ」


「レイは」


「俺は何でもいい」


「じゃあ取る」


即決だった。ユイは鮭を取って、それからツナマヨも取る。


「二個?」


「結界、四時間張ってたの。お腹すいてる」


「ごもっとも」


エルナは、炊き出しの味噌汁を一口飲んで、動きを止めた。


「……これは」


「味噌汁。口に合わない?」


「いえ。しょっぱいです。とても、しょっぱい」


「無理しなくていいよ。お茶もある」


「無理ではありません」


エルナは、もう一口飲む。


「リーベルの麦粥のほうが、おいしいです」


「……今、それ言う?」


ユイが噴き出した。


「言います。騎士は嘘をつきません。これはこれで良いものですが、リーベルの麦粥は、もっと甘くて、とろみがあって、上に焼いた玉ねぎが乗っていて」


「分かった分かった」


「パン屋のハンナの店の麦粥が、一番です」


その名前に、俺の手が止まる。パン屋。ゲームの防衛戦が終わった後、看板が道に落ちていた店だ。


「パン屋が、あるのか。リーベルに」


「あります。門前通りの、三軒目。窯がとても古くて、ハンナは毎朝、その窯の機嫌を取るところから一日を始めます」


エルナは、思い出すように目を細める。


「ハンナには、息子が二人います。上の子は、去年から窯番を手伝い始めて、パンをよく焦がします。下の子は、まだ小さくて、よく騎士団の詰所に遊びに来ます。私の盾を、触りたがって」


「……そうか」


ゲームで、俺はあの通りを何百回も走った。あの店は背景の建物で、パン屋の看板はただのテクスチャだった。窯があるかなんて、考えたこともない。


息子が二人いて、上の子がパンを焦がして、下の子が騎士の盾を触りたがる。そういう店だったのか。


「ハンナたちは、無事なのか」


「今日は、無事です。門前通りは、まだ魔物が少ない区画ですから」


エルナの声が、少しだけ硬くなる。


「ですが、王門が本当に開けば、門前通りは一番最初に……」


彼女は、言葉を切った。俺もユイも、それ以上は聞かなかった。


七十二時間。もう、残りは六十五時間を切っている。


気づくと、俺は手の中の画面を開いていた。


【レベル:1000】


さっきから、何度目だろう。開いて、見て、閉じて、また開く。


「レイ殿」


エルナが、首をかしげる。


「先ほどから、何もない場所を何度も見ていらっしゃいますが」


「見てない」


「見てたよ。五回」


ユイが味噌汁をすすりながら言った。


「数えてたのかよ」


「レベル上がってから、十二回」


「増えてる」


「途中から数えるの楽しくなっちゃって」


エルナが、不思議そうに俺とユイを見比べる。


「レベル、というのは、旅人の方々が言う、強さの印ですね。それが上がったのですか」


「上がった。今日、初めて。……六年ぶりに」


「六年」


エルナは少し考えて、それから真面目な顔で頷いた。


「それは、何度見ても良いと思います」


「だろ?」


「騎士団の昇格試験に通った日、私も、自分の名前が刻まれた札を、一晩中眺めていましたから」


ユイが、おにぎりを持ったまま、ふっと笑う。


「エルナさん、それ何年前?」


「五年前です」


「今でも眺める?」


「たまに」


「レイと同じじゃん」


「同じにすんな」


「同じです」


エルナまで乗った。夜中の区民センターで、三人で声を殺して笑う。隣の毛布で寝ていたおじさんが寝返りを打って、三人そろって口を押さえた。


それから少しして、エルナが静かに言った。


「レイ殿。ユイ殿」


「うん」


「私は、明日、リーベルへ戻ります。門前通りの人々に、こちら側のことを伝えなければなりません」


「俺たちも行く」


エルナが、目を瞬く。


「……よろしいのですか。お二人には、こちら側の暮らしが」


「パン屋、見たい」


それが、一番正直な理由だった。


「看板だけじゃなくて、窯のある店を。ハンナさんの焦げたパンも」


「焦げたのは、上の子です」


「そっちも見たい」


エルナは、しばらく俺の顔を見ていた。それから、ジャージの袖を一回まくり直して、言った。


「では、朝の焼き上がりに間に合うように、案内いたします」


その夜、俺は体育館の端の毛布で、四時間だけ眠った。眠る直前に、もう一回だけ、レベルの画面を開いた。


暗闇の向こうで、ユイが小さく「十三」と言った。


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