壊さず勝つ、そして1000へ
門の前に、それは立っていた。
石と金属を継ぎ合わせた、三メートルほどの人型。腕が四本あり、頭のかわりに青白く光る円盤が一つ、ゆっくり回っている。王門の守護兵器、門の自動警備だ。それが、小門の真正面に陣取っている。
門の向こう側、リーベルの石畳では、こっちへ逃げようとしていた住民たちが兵器の前で立ち往生している。こっち側でも、門を通って向こうの家族を探しに行こうとした地球の人が数人、木の陰で動けなくなっていた。四本の腕は、門をくぐろうとするものを片端から薙ぎ払う。人も、魔物も、区別なく。
「本来は、王門から外へ出るものを止めるために眠っていたはずです」
エルナが、歯を食いしばった。
「それが今は、どちら側から来るものも止めています」
ゲームの防衛戦で何十体も倒した。Lv999の俺なら、正面からでも三分かからない。
問題は、倒し方だ。
「ゲームだと、あいつはどう倒した?」
ユイが聞いた。
「胸の核を割る。割ると魔力が逆流して、この小門ごと吹っ飛ぶ。たぶん、向こう側の石畳も何メートルか」
石畳の上には、住民がいる。
「却下」
「だよな。倒さない。押さえるだけ。その間に、何か探す」
「何かって」
「分かんないから探すんだよ」
星喰いを抜いて一歩前に出ると、円盤がこっちを向いた。踏み込む。
四本の腕のうち、二本が同時に来る。上から叩き潰す一本と、横から薙ぐ一本。上を剣で逸らし、横を跳んでかわして、懐に入る。三本目が来る前に、肘の関節を峰で叩いた。金属が軋んで重心がずれたところを、倒さない程度に、門から一歩押し出す。兵器の注意が俺に移り、四本の腕が門を離れて俺を追い始めた。
「今! 門のこっち側の人、下がって!」
ユイの声で、木の陰の人たちが南へ走った。
腕を捌きながら万象解析を開くと、関節を流れる魔力、胸の核、円盤への経路が視界に重なった。ゲームでは、ここまでしか見なかった。
もっと奥を見る。
核から全身へ流れる魔力の中に、一本だけ、外へ出ていく線があった。兵器の背中から細い糸のように伸びて、小門の縁へつながっている。流れは逆向きで、門から兵器へ、絶え間なく何かが流れ込んでいた。
「エルナ! この兵器、門から命令を受けてるか!」
「門の番人は、王門の核に紐づいています。門が開いている限り、番人は門を守り続ける。……そう聞いています」
「確かめたことは」
「ありません。番人が動いたのは、私が生まれる前のことです」
なら、見えている分で考える。壊す前に核と門をつなぐ糸を切れば、逆流する先がなくなって、兵器はただの壊れる機械になる。
――かもしれない。
「ユイ、門の縁、支えられるか! 糸が切れた瞬間に門が揺れるかもしれない!」
「どれくらい!」
「分かんない!」
「だから分かんないって言うのやめて!」
言いながら、ユイは門の枠を外から抱え込むように、両側へ薄い結界を二枚立てた。エルナが門に向かって向こうの言葉で叫び、住民たちが石畳の奥へ一歩下がる。
糸は指一本ほどの太さで、兵器の背中から門の縁まで約四メートル。普通に天断を撃てば、糸を切った勢いで門の枠まで斬ってしまう。
更地の蜥蜴で覚えた手応えを、思い出した。
「三十センチ奥で止まったやつ、あれを一センチまで詰める」
「今、ここで?」
「今、ここで」
腕が四本、同時に来た。上、右、左、下。逃げ道を全部塞ぐ形で、ゲームなら一度下がって範囲外へ出るのが定石だ。
下がらずに、下から来る腕を踏み台にして跳んだ。円盤のさらに上から、背中と、門の縁まで細く光って伸びる糸が見える。
空中で、星喰いを振った。
天断。
刃から光が離れる。一瞬だけ待って、光が糸に触れた、そのほんのわずか奥で――握った。
出ていく魔力の尻尾を、手首でつかんで引き止める。更地の時より短く、強く。光は糸を断ち切った直後に、ふっと消えた。門の縁には、傷一つない。
着地した俺の後ろで、兵器が大きく震えた。円盤の回転が乱れ、背中の端から青白い火花が散る。
「門は!」
「揺れた! でも持ってる!」
結界が門の枠を抱えたまま軋み、門が波打つように一度だけ大きく揺らいで、静かになった。裂け目は閉じなかった。エルナが小さく息を吐く。
兵器はまだ動いていたが、円盤が左右に揺れ、腕の振りに迷いがある。
「エルナ、こいつ、門から離れたところで壊していいか」
「……ええ。門から十分離れれば、核が割れても」
「ユイ、壁一枚、斜め。南西に通路」
「後ろは」
「お前のほう、門側閉めて」
「了解」
今度は先に言えた。ユイが、ちょっとだけ口の端を上げる。
斜めの壁が立ち、兵器が俺を追って通路へ入ってくる。門から十メートル、二十メートル。噴水を越えた芝生の真ん中なら、誰もいない。
振り向くと、四本の腕がまた俺を囲んでいた。一本目を斬り落とし、二本目の付け根に剣を入れ、三本目を足場に跳び上がる。胸の正面で、核が青白く脈打っている。
天断。今度は止めずに、全部通した。
光が核を貫き、溜め込んだ魔力が胸から噴き上がる。逆流する先を失った力は、光の柱になって夜空へ抜け、消えた。石と金属の巨体がゆっくり前に倒れて、芝生が震え、それきり動かなかった。
門の方から、声がした。最初は一人、それから何人も。
小門をくぐって、リーベルの住民がこちら側へ出てくる。荷物を背負った老人。子どもの手を引いた女性。こっち側からは、木の陰に隠れていた人たちが、向こうに残された家族の名前を呼びながら門へ走っていく。
往来が、戻った。
その流れの真ん中で、エルナが立ち尽くしている。鎧の肩が、少しだけ下がっていた。
その時、視界に文字が開いた。
【経験値を獲得しました】
【レベルが上昇しました】
【レベル:1000】
俺は止まって、もう一度読んだ。
六年間、どれだけ強い敵を倒しても一つも動かなかった数字が、動いた。
【現実の身体における魔力操作の安定化を確認】
【旧上限を超える成長として記録しました】
一センチ奥で止めた、さっきの短止だ。倒したからじゃなく、できるようになったから上がった。
横に来たユイが、俺の顔と何もない空中を見比べて、察したらしい。
「上がった?」
「上がった」
「いくつ」
「1000」
ユイの目が丸くなり、口の端がゆっくり上がる。
「四桁」
「四桁」
「世界初?」
「たぶん」
「すごいじゃん」
それだけ言って、彼女は俺の肩を、ぽん、と叩いた。
ゲームの中で一位を取った日は、画面の前で一人で叫んで、隣の部屋の住人に壁を叩かれた。おめでとうのメッセージは山ほど来たけれど、全部、文字だった。
今は、隣にいる。肩を叩いた手の重さが、ちゃんとある。
「ありがとな。さっき、門の縁。支えてくれて」
「当たり前でしょ。分かんないって言われたけど」
ランキングの画面を開くと、一番上に新しい項目ができていた。
【現実実績:公開設定】
【公開名を選択してください】
本名を出せば、すぐに家が割れる。両親の家まで。
【公開名:REI】
【所在地:非公開】
決定を押す。
【1位 REI Lv1000】
二位以下は、全員999のままだった。ちょっと気分がいい。いや、かなり。
フレンド通信が、即座に鳴る。
【TOMA:レイくん!!!!!! ランキング!!!!】
【TOMA:なんで僕、今寝落ちしかけてたの!?】
「……トーマ、うるさい」
「通知、私のとこにも来てる。五件」
さらに一件、鳴った。
【LUKE:おい】
【LUKE:先に行くなよ】
旧総合二位。三年間、俺の真後ろにいた男。
俺は星喰いを鞘に収めながら、笑った。




