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世界一位の続き 〜VRMMOのLv999が現実に残ったので、ゲーム知識で東京と異世界を攻略します〜  作者: 雅龍(がりゅう)
第一部 東京・王門

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7/20

NPCだった騎士

中央公園までは、走って十二分だった。


北側の広場は、半分だけ別の場所になっている。芝生の途中から地面が石畳に変わっていて、その境目は定規で引いたようにまっすぐではなく、波打ち際みたいにうねっている。石畳の上には木組みの柵と見慣れない形の街灯が並び、その奥に、空間がゆらめく裂け目が一つ開いていた。人一人がやっと通れるくらいの、小さな門だ。


その門の前で、騎士が戦っている。銀の鎧に、後ろで一つに縛った長い金髪。片手剣と小盾で三体の影狼を相手にしていて、その後ろの柵の陰には、地球側の服を着た人が十数人固まっている。


騎士は、退かなかった。一体の牙を盾で流し、もう一体の脚を払い、三体目の鼻先に剣を突きつけて止める。全部を倒しきる余裕はない。でも、後ろの誰にも通さない。


「ユイ」


「右の二体、こっちに寄せる」


結界が二枚、斜めに立つ。壁に誘導された影狼が二体、騎士から離れる。俺はその二体の真ん中に降りて、一体目を斬り、二体目の顎を柄で打ち上げて、返す刃で落とした。騎士が三体目を仕留めたのも、ほぼ同時だった。


息を整えた騎士が、こちらを向く。青い目だった。


その目が、俺の顔ではなく、まず手元の剣に落ちる。暗い刃の中を、細い光が走っている。それから、俺の足元。剣を下げた時の、左足の置き方。


騎士の唇が、かすかに動く。


「……その剣と、その立ち方」


知っている声だった。ゲームの中で、何百回も聞いている。王門の守備隊長、エルナ。クエストの受注と報告で、決まった台詞を言うキャラクター。


『リーベルへようこそ、旅の方。門の外は危険です』


それが彼女の、一番よく聞く台詞だった。だから、次の言葉は予想していなかった。


「レイ殿、ですか。ぐるぐる桶の」


「…………え」


ユイが、ゆっくり俺を見る。


「ぐるぐる桶って何」


「いや、待て。待って」


覚えている。二年くらい前、リーベルの井戸の横に、取っ手を回すと水が汲み上がる木の装置があった。ゲーム内の名前が表示されなくて、俺はクエストの報告ついでに、門の前にいたエルナに聞いたことがある。


「この、ぐるぐるする桶って何て名前?」


エルナは、一瞬止まってから答えた。


『……巻き揚げ井です。ぐるぐる桶ではありません』


その後に、少しだけ笑った――ような、気がした。NPCが定型以外の返事をするなんて、珍しい演出だと思った。開発がたまに仕込む隠し台詞だろう、と。その時は、動画に撮っておけばよかったと、トーマみたいなことを考えただけだった。


「巻き揚げ井、だろ」


俺が言うと、エルナの目がわずかに大きくなる。


「覚えて、いらっしゃったのですね」


「そっちこそ」


「忘れません。あれを桶と呼んだ方は、後にも先にもあなただけです」


ユイが、横で口元を押さえていた。肩が震えている。


「笑うな」


「笑ってない。……ぐるぐる桶」


「笑ってるだろ」


エルナは、小さく咳払いをした。


「失礼。積もる話はありますが、今は」


彼女の目が、柵の陰の人々へ向く。


「こちらの方々は、公園に残っていた地球の方です。門から出てきた影狼に囲まれて、身動きが取れなくなっていました」


「エルナが、守ってたのか。一人で」


「部下は、向こう側におります。私だけ先に、こちらへ」


向こう側。裂け目の先。


「リーベル、なのか。門の向こうは」


「はい」


エルナは頷いた。


「今日の日暮れ前、空に裂け目が開きました。そこから見知らぬ街が見えました。高い建物と、たくさんの灯り。そして、魔物が両方へ流れ出した。……騎士団長は、こちら側の様子を見てこいと。私が、志願しました」


その言葉の端に、何かが引っかかる。彼女は、こっちの世界を「見知らぬ街」と言った。じゃあ、俺がゲームでリーベルに通っていた六年間は、彼女にとって何だったんだ。


聞きたいことが、喉まで上がってくる。ぐるぐる桶を覚えているなら、ほかのことは。俺が何百回も王門防衛戦をやって、何百回もこの街が瓦礫になったのを見ていたことは。


――今じゃない。


柵の陰の人たちが、まだ震えている。


「この人たち、どこへ出す」


俺が聞くと、エルナは公園の南を指した。


「南の出口へ向かわせたいのですが、門の周りから魔物が散らばっていて」


「ユイ」


「通路作る。南の出口まで、壁二枚で足りる」


「私が先導いたします」


エルナが言った。


「この方々は、私の顔をもう覚えています。知らない者より、見知った者の後ろのほうが歩きやすいでしょう」


ゲームのエルナは、そんなことを言わなかった。台詞を選んでいるんじゃない。自分で考えて、言っている。


ユイの結界が二枚、南へ延びる。エルナが先頭に立って人々がその後ろに続き、俺は最後尾で、散らばった魔物を片づけていく。南の出口では救急隊が待っていて、最後の一人を引き渡したところで、エルナはようやく剣を鞘に戻した。


「助かりました。レイ殿、ユイ殿」


「ユイのことも知ってるのか」


「お名前だけは。あの桶の日、レイ殿は『相方を待たせてるから』と、ユイ殿のお名前を出して走っていかれました」


ユイが目を丸くして、それから、じとっと俺を見る。


「……私を待たせてる間に、桶の名前聞いてたんだ」


「二年前の話だろ」


「二年前の私、たぶん二十分待ってた」


「三分だよ」


エルナが、真顔で言った。


「七分ほどでした」


「数えてたの?」


「門番ですので」


それは、ゲームのモブが言っていい台詞じゃない。


俺がもう一度口を開きかけた時、地面が揺れた。公園の北、小さな門の方角から、金属がこすれ合うような重い音が響いてくる。


エルナの顔色が変わった。


「……守護兵器。門の番人が、目を覚ました」


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