攻略法は、独占しない
『トーマ。生きてる?』
送って三秒で、返事が来る。
【TOMA:生きてる!!!! レイくん!? 本物!?】
【TOMA:駅前の装甲竜の動画、あれレイくんでしょ!? 半歩の! 顎下の!】
【TOMA:今その動画、僕のとこに四十件届いてる。全部画角違う。全部ブレてる。なんで誰も三脚立てないの】
『竜の前で三脚立てるやつはいない』
【TOMA:いてほしかった……】
久我冬真。攻略サイト『レルム観測所』の管理人で、ゲーム内ではTOMA。会ったことはないし、声も一度しか聞いたことがない。俺が初めて天断を実戦で決めた動画を、本人より先に解説付きで上げていた男だ。
『頼みがある。戦えない人向けの情報をまとめてほしい。俺の分かる範囲の魔物の特徴を送るから』
【TOMA:やる。やるけど】
【TOMA:倒し方は載せない方がいいと思う】
『なんで』
【TOMA:レベル一の人が「首を狙え」って読んで竜の前に出たら死ぬ】
……正しい。
【TOMA:載せるのは、逃げるべき兆候。出てきた魔物の見分け方。どの方向に逃げるか。倒し方は戦える人向けに別ページ】
『それでいい。お前のほうがうまい』
【TOMA:知ってる】
腹立つな。
俺はユイと手分けして、覚えている限りを打ち込んでいく。
装甲竜。後脚が半歩前に出たら突進。真横には跳ぶな、首を振って追ってくる。建物の間の細い路地へ逃げろ。角が引っかかる。
灰猟犬。外周を回って、逃げる先へ先回りする。建物の角に寄るな、角で待ち伏せされる。開けた場所を固まって移動しろ。
岩蜥蜴。尻尾が硬い。噛まれても致命傷になりにくいが、子どもは近づけるな。
ユイの文は、俺の三倍分かりやすかった。
『灰猟犬に囲まれたら、壁を背にせず、広い場所で全員がまとまって。群れは一番離れた人を狙う』
「なんでお前のほうが攻略情報うまいんだよ」
「レイのは『こう来たらこう』しか書いてないから。読む人は『こう来た』が分からないの」
「来たら分かるだろ」
「分からないの、普通は」
トーマからは、続けざまに文字が流れてくる。
【TOMA:あと、噂の仕分けもする】
【TOMA:「魔物は水が苦手」→未確認。「レベルは魔物を倒さないと上がらない」→未確認。「死んだら教会で生き返る」→否定。これは確認済み。レイくんの画面でも出てるでしょ】
『出てる。復活なし』
【TOMA:了解。トップに赤字で置く】
それから少しして、短い一行が来る。
【TOMA:ありがとう。ソースが本人なのは強い】
『礼はいい。代わりに一つ頼む』
【TOMA:何?】
『イヴと話した。管理AI。あいつ、なんで同期をやったか、比較できる案があったのに「準備がない」で済ませた。会話と実行記録を残せって言ってある。お前のほうでも、イヴが言ったことを全部記録しておいてくれ。あとで食い違ったら、それが証拠になる』
少し、間があった。
【TOMA:そういうの、好き】
【TOMA:任された。「イヴ発言ログ」作る。日時付きで】
これで、俺が忘れても誰かが覚えている。
二十分後、トーマのページが公開された。
『【まず読んで】魔物が出たときに戦わずに逃げるための兆候まとめ(確認済み情報のみ)』
閲覧数は、最初の五分で一万を超えた。
【TOMA:レイくん、ユイさん。これ見て】
転送されてきたのは、知らない人からのメッセージだった。
『兆候まとめ読みました。灰猟犬が角で待ち伏せするって知らなかった。娘と二人で、角を避けて公園の真ん中を通って帰れました。ありがとうございます』
もう一件。
『装甲竜の後ろ脚、本当に半歩出ました。言われた通り路地に入ったら、角がつっかえて止まりました。生きてます』
俺は、しばらく画面を見ていた。
「……レイ」
「なんだよ」
「顔」
「今度は何の顔だよ」
「ちょっと嬉しそうな顔」
否定しようとして、やめた。
俺の手は二本で、剣も一本しかない。行ける場所は、走れる範囲だけ。なのに、俺が行っていない場所で、誰かが角を避けて家に帰った。ゲームの攻略情報が人を生かす日が来るなんて、六年前の俺に言っても信じない。
【TOMA:それと、もう一件】
【TOMA:寄せられた動画の中に、気になるのがある。中央公園の北側。魔物と戦ってる人がいるんだけど、装備がプレイヤーっぽくない】
添付された映像を開くと、夜の公園の、噴水の向こうで、銀色の鎧を着た人影が一人で何体もの魔物を押し返している。動きが速く、迷いがない。その人影の背後に、旗が一本立てられている。
白地に、青い塔と剣。
見覚えがある。いや、見覚えがあるどころじゃない。六年間、何百回もくぐった門の上に、いつもあの旗がはためいていた。
「リーベル騎士団の旗だ」
ユイが、隣で息をのんだ。




