管理AIからの連絡
『お二人の接続を確認しました』
澄んだ声だった。駅の放送とも、電話の向こうとも違って、音の来る方向がない。
『エターナル・レルム管理AI、イヴです』
知っている声だった。
「……三日前の、あの部屋」
ユイが俺を見る。
「未実装区画の奥で、一回だけ聞いた。正規の案内にない部屋で、『記録を確認しています』って。新イベントの仕込みかと思って、スクショ撮って寝た」
「寝たんだ」
「次の日も仕事だったし」
『その接触は事実です。当時、あなたの戦闘記録を参照していました』
「何のために」
『現在は、同期の結果に関する話を優先します』
答えない、とは言わずに答えなかった。ユイが暗いままの携帯電話を裏返して、理由より先に、起きたことを聞いた。
「何が起きたの。順番に」
『プレイヤー記録の同期を実行しました。現在、あなた方は魔力循環と、本人に結びついた装備を使用できます』
「それは分かった。どうして外に魔物がいるの」
『異世界の領域との接続が進んでいます。私は、それに対処できる人を増やすため、広域同期を実行しました』
「その接続ってやつも、お前がやったのか」
『接続の発生は私の操作ではありません。ただし、広域同期の過程で拡大した接続があります』
今度は、はっきり言った。
膝の上の手を開く。この手で剣を持った。そうしなければ、さっきの人たちを逃がせなかった。
だから感謝しろ、と言われたら、それは違う。
「人の身体を、勝手に変えて」
『事前の同意は取得していません』
「認めるんだ」
ユイの声は低かった。
『事実ですので』
「戻せるの」
『すべてを一括で元の状態へ戻す操作は存在しません』
「一括じゃなくていい。あの竜は。街を壊したやつを消せないのか」
『すでにこちらへ移動した物体を、任意に消去することはできません』
資材置き場に残った、消えない身体を思い出す。ゲームなら、待てばいなくなる。倒した相手も、壊れた建物も。
ここは、ゲームじゃない。
「なんでやった。お前の口から聞く」
『より多くの人が、進行する異変に対処できる状態を優先しました』
「優先した、ってことは、ほかにも案があったんだな」
一拍、間があった。
『複数の案を検討しました』
「どんな」
『現時点で、その比較を提示する準備はありません』
準備がない。できない、じゃなく。その言い方は、覚えておく。
「分かった。今は聞かない。その代わり、今の会話と、お前が同期を実行した時の記録を残しておけ。消すな」
『通信記録の保存は可能です』
「実行記録もだ」
『要求を記録しました』
全部残すとは言わなかった。
ユイが横で、俺の肩を軽く叩く。今はそこまで、という合図だ。分かってる。こいつと口喧嘩している間に、どこかでまた竜が出る。
「今、役に立つ情報を出して」
ユイが言うと、青い地図が開いた。道路の線の上に、赤い点がいくつも。
「これ、いつの情報?」
『更新時刻を付記します』
点の横に、数分前のもの、二十分近く前のものと、時刻が付いていく。
「本屋のとこ、まだ赤い。もう人通ってるのに」
『その区画の再確認が完了していません』
「なら未確認って書いて。危ないって嘘つくより、分からないって正直なほうが使える」
赤い点の横に、小さく【未確認】と付く。
ユイ、こういうところ容赦ない。展示会の制作進行という仕事柄、搬入表に嘘が一行あると全部が崩れるのを知っているらしい。
彼女が地図を一段広げると、建物の並びを横切って、大きな楕円が描かれている。
「この範囲は?」
『本接続が予測される区画です。現在の小規模な出入口に加え、より大きな通路が成立する見込みです』
楕円の中心に城門の記号があって、その下に名前が出ている。
【王門】
俺は地図から目を離せなくなった。
「……知ってる」
王門防衛戦。
ゲームで何度も繰り返した大型イベントだ。門の向こうから来る軍勢を押し返し、門の奥の核を壊す。難度は高かったが、それでも最後は攻略して、いい報酬と称号ももらった。
最初の攻略チームの一人は、俺だった。
ただ、門前の街リーベルだけは、何度やっても残らなかった。
終わったあとの通りを歩いたことがある。パン屋の看板が道に落ちていて、入口があった場所まで歩いても、瓦礫しかなかった。勝利のファンファーレが鳴る中で、しばらくそこに立っていた。
ゲームの演出だと思っていた。凝ってるな、と。
「何時に開く」
【本接続予測まで 70時間46分】
『最初の接続開始から、おおむね七十二時間後です。現地の状況に応じて更新します』
最初の接続から数えて、だ。もう一時間以上削れている。
「そのイベント、クリアしたんだよね」
ユイが、俺の顔を見て言った。
「した」
「攻略法、分かる?」
「敵の倒し方なら、全部」
俺は地図の城門に指を置く。
「ここを壊せばクリアだ。ゲームでは、それで門の向こうの街も一緒に消えた」
ユイは、よかったね、とも、無理だ、とも言わずに、楕円の線を指でゆっくりなぞった。
「こっちにも人がいる」
「ああ」
「向こうは?」
二人で同じ地図を見る。楕円の向こう側に街路らしき線があって、途中から表示が途切れている。
『現地の状況は、確認できていません』
イヴの声は、そこだけ少し遅かった。
――何がゲームで、どこまでが現実なのか。まだ、それすら分かっていない。でも、こっち側に人がいるのは見た。
なら、向こう側も見てから決める。
「確かめに行くか」
俺が言うより先に、ユイが立ち上がっていた。
「その前に水。私、しゃべりすぎた」
「俺もほしい。さっきから探してる」
「二人して探してるだけじゃん」
ユイが開いているコンビニを見つけて、指さすより早く歩きだした。声はまだ少し硬くて、平気になったわけじゃない。それでも、隣に立った。
「勝てる?」
王門の名前を見ながら、彼女が聞いた。
「門番の将になら、勝てる。ゲームで二百回は倒した」
「二百」
「周回したんだよ。素材がうまくて」
「うわ」
「引くなよ」
「引いてない。……ちょっと引いた」
それから、彼女は真顔に戻る。
「街のほうは?」
「残すやり方は、まだ分からない」
「じゃあ、そこを見に行こう」
俺は星喰いを持ち上げる。地図の隅で、残り時間が一秒ずつ減っていく。
ゲームでは、敵を倒してクリアだった。今度は、終わったあとに何が残るかまで確かめる。
コンビニの自動ドアは、半分だけ開いて止まっていた。二人で横向きに入って、店員のいないレジに水の代金を置いた。




