相棒とは、初対面
「……レイ?」
「ほかに、こんな所でその呼び方するやついる?」
「いたら困る」
ユイがこっちを見た。けれど顔を確かめるより先に、彼女の視線は俺の背後へ滑っていく。
「左奥に二。手前三。屋根の上に一」
「屋根は見えてなかった。助かる」
「奥の二匹、そっちに出す?」
「出して。手前は俺が先に散らす」
それで打ち合わせは終わった。四年分の省略が、そのまま通じる。
結界の左端が、ほんの少し開いた。手前の灰猟犬がこちらへ頭を向け、剣を見ている。人間より硬い牙で、普通の刃なら噛んで止めてしまう連中だ。
星喰いの切っ先を下げ、空いた左手の指を鳴らす。火の粒が一つ獣の鼻先で弾けて、反射で顔が引いた。その一拍で間合いへ入り、魔力を乗せた刃を横へ払って、首の根元を断つ。
倒れた一匹を飛び越えて、二匹目が来た。倒れた味方を壁にして相手の足を止めさせる、群れの癖だ。
止まらない。
跳んでくる腹の下へ潜って突き上げ、そのまま獣の身体を横へ払って、陰から来た三匹目の進路を塞ぐ。踏みとどまった三匹目の前脚の下を風で払うと、爪が舗装を滑って身体が浮き、そこを斬った。
「屋根!」
ユイの声と同時に、看板の上から影が落ちてくる。見ないまま振り上げると、刃の上を重さが通り過ぎて、二つになって後ろに落ちた。
「……今の見ないで斬ったの?」
「声で位置は分かった。お前の『屋根』は、だいたい斜め後ろ四十五度だろ」
「それ四年前の話」
「今もそうだったじゃん」
「そうだけど腹立つ」
結界の向こうから、奥の二匹が並んで走ってきた。
ユイは人のいる側じゃなく、俺と本屋の外壁の間に壁を立て直していた。通路ができて、その先は閉じた搬入口になっている。俺が一歩横へ動けば、二匹とも同じ線に並ぶ形だ。
追われながら笑っていた夜も、負けて文句を言い合った夜も、こうして場所をもらってきた。
一歩、横へ踏む。
「後ろ閉めて」
「どっちの?」
「あ、俺の。入口側」
「先に言って!」
光の壁が背後に立って、二匹の逃げ道が一本だけになる。
振った。
天断。
細い斬撃が二匹をまとめて抜け、その奥の舗装に長い溝を刻んだ。砂埃の向こうに目を凝らしても、新しい影はない。
「六。終わり」
「……裏、増えてない。今のところ」
ユイは息をついたが、それでも結界は消さなかった。俺が外を一回りして戻るまで、人のいる側は閉じたままだった。
戻ると、彼女は駅員と話していた。西の通りへ出す。途中で止まらない。広い道に出たら、向こうの誘導に従う。それだけ決めて、壁の一部を開ける。
人が流れ出ていった。足元ばかり見る人、何度も振り返る人、こちらに声をかけかけて連れに腕を引かれる人。剣を見て立ち止まった子どもを、父親が慌てて抱き上げる。
「あ、ありがとうございます」
俺が頷いて剣を鞘へ戻すと、父親の顔が少しだけ緩んだ。
最後の一人が角を曲がったところで、ユイが結界を消した。急に、駅前が広くなる。
「あー……重かった」
彼女が肩を回した。その仕草で、俺はようやく彼女の顔をちゃんと見た。アバターより頬が柔らかくて、眉の端が少し上がっていて、目は思ったより大きい。
彼女も俺を見上げて、何か言いかけて、口を閉じた。
「何」
「いや。……ほんとにいたんだなって」
「それ、俺も思った」
どちらからともなく笑った。大きな笑いじゃない。詰めていた息の行き先が、やっと見つかったみたいな短いやつだ。
「黒髪なんだ」
「そっちも銀髪じゃないだろ」
「会社に銀髪で行くのはちょっとね」
「俺も剣持って通勤したことはないな」
ユイの視線が、俺のシャツの裂け目に落ちた。角がかすめたところだ。
「今日はしてるじゃん」
「帰りだよ。帰宅中」
「そこ?」
今度はさっきより普通に笑えた。
彼女の右手が、小さく震えていた。俺が見たのに気づくと、ぎゅっと握って、開く。
「長く張ってたから。もう平気」
「座ろう。俺も水がほしい。さっき炒飯をぶちまけた」
「炒飯?」
「夕飯だったんだよ。竜に踏まれた」
「かわいそう。炒飯が」
「俺は?」
「レイは勝ったじゃん」
近くの低い花壇に、少し間を空けて並んで座った。
近い。ゲームでも、焚き火の前で何時間も隣に座ったことはある。でも今は、彼女が息を整える音まで聞こえる。
剣を置く場所に迷っていると、ユイが空いている側を指さした。
「そっち。人が通らないほう」
「ああ」
置いたものの、妙にぎこちない。さっき六匹を相手にした時のほうが、よほど自然に動けていた。
「さっきの『後ろ』」
ユイが前を向いたまま言った。
「私の後ろだったら、人がいたからね」
「悪い。角度変えてくれた時点で、同じ絵を見てると思った」
「見てたけど。次は、どっちの後ろかだけ言って」
「分かった」
四年前もこうだった。言いすぎず、言わなさすぎず、次で直す。
ユイの目が、鞘に移る。
「星喰いもあるんだ」
「いつもの剣だった。所持品の一番上」
「持ってると、やっぱりレイだね」
剣があって助かった。彼女が先に声をかけてくれて、もっと助かった。ただ、そういうのを口にすると今は変に聞こえそうで、代わりに土曜の話をした。
「本当は、昼飯からだったよな」
「そう。自己紹介から」
「順番、間違えたな」
「六匹倒してから名乗る人、初めて会った」
ユイが背筋を伸ばしたので、つられて俺も伸ばす。
「朝倉結衣です。ゲームではユイ。……知ってるか」
「黒瀬蓮。ゲームではレイ。よろしく」
「よろしく」
握手はしなかった。二人とも、手が土と埃で真っ黒だったから。
それから、ユイがぽつりと言った。
「レイ、思ってたより背高い」
「アバターと同じくらいにしてたけど」
「アバターは見上げなかったから」
意味を考えているうちに、彼女の携帯電話が震えた。俺のも、ほぼ同時に。なのに画面は暗いままで、代わりに目の前へ青い枠が開いた。
【管理AIからの通信要求】
ユイの顔から、笑いが消える。
「レイにも来てる?」
「ああ」
通信を開く前に、周りを見た。避難した人は通りの向こうへ出ているし、剣は手の届くところにある。
それから、開いた。




