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世界一位の続き 〜VRMMOのLv999が現実に残ったので、ゲーム知識で東京と異世界を攻略します〜  作者: 雅龍(がりゅう)
第一部 東京・王門

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2/20

復活のない街で、相棒の声を

入口を塞いでいたのは、折れた庇だった。竜の尾が支柱をへし折ったらしく、一階の店から制服姿の店員がこちらへ手を伸ばしている。


「待ってください、今上げます」


星喰いを鞘へ戻し、庇の縁に両手をかけた。


持ち上がる。


鍛えた覚えのない腕に、魔力の熱が回っていく。重さはあるが、それが俺の限界の手前にあるのも分かる。人が通れる高さまで上げると、店員、年配の客、もう一人が順に這い出てきた。


「何か挟むもの、ありますか」


外にいた作業服の男性が黙って頷き、工事区画から角材を抱えて戻ってくる。竜を倒した俺を見る顔じゃない。どこへ支えを噛ませるかだけを見ている。


「もうちょい上。……そこ。そのまま」


言われた高さで止めると、男性が支えを入れて、重さをゆっくり移した。軋みが止まる。


いい仕事だ。俺は持ち上げるしかできないが、この人は止め方を知っている。


店員の袖に血が滲んでいて、近所の診療所から出てきたという女性が、もう彼を座らせて布を当てていた。所持品の一覧を開くと、回復薬が四本ある。ゲームなら、これで傷は塞がる。でも、この身体で他人に飲ませて大丈夫なのか、何も分からない。


瓶を出しかけた手を、止めた。試すなら、まず自分でだ。


「ゲームみたい、ですね」


そう言った角材の男性の声は、ひどく乾いていた。


「俺、やったことないんだけど。さっきから、数字が見える。レベル一って」


「俺にも見えます」


「あんたも一?」


「九百九十九です」


男性は倒れた竜を見て、俺を見て、もう一度竜を見た。


「……上限、ないの?」


「昨日まではそれが上限でした」


「昨日までは」


「今日から、ないらしいです」


男性は何か言いかけて、自分の目の前の文字へ指を伸ばす。


「こういうのってさ。死んでも、戻れるんじゃないの」


俺は機能一覧を開いて、いつもの場所を探した。復帰地点。拠点登録。戦闘不能時の帰還先。


ない。


検索欄に言葉を入れると、短い注意だけが出た。


【復活機能はありません】


もう一度、読む。ゲームでは、倒されるといつも石畳の広場に戻って、起き上がる前から次はどこから攻めるか考えていた。その広場を選ぶ欄が、今はない。


「戻れないそうです。ゲームと同じには、考えないほうがいい」


男性は手を下ろした。俺も一覧を閉じて、さっきの竜の突進を思い出す。半歩ずれていたら。


……ずれなかった。だから、いい。


電話を取り出して父にかけたが、つながらない。母も同じだ。回線が混んでいるのか、それとも。家はここから電車で四十分。ニュースに出ているのはこの辺りだけか。いや、まだニュースすら見ていない。


家族のやり取りの画面へ打つ。


『無事? 俺は大丈夫。連絡ほしい』


送信済みの表示が出てからの十数秒は、竜の突進を待っていた時間より長かった。


『二人とも家にいる。変な文字は出たけど、外は何もない』


母だった。すぐに父も続く。


『そっちは? 駅の方の映像が流れてる』


『少し手伝ってる。けがはない』


頬の傷がちくりとしたが、今はいい。


『気をつけろ。充電は残しておけよ』


いつもの父の言い方で、肩から何かが落ちた。


会社の連絡欄にも、全社員へ安否を返せという通知が来ている。無事です、と返して画面を消し、それから足元に転がっていた夕飯の袋を見た。蓋のずれた容器から、炒飯が半分こぼれている。


「……それは、ちょっと」


店員が気まずそうに言った。


「ですね」


二人とも、それ以上は何も言わなかった。


その時、耳ではなく頭の中で、ぽん、と音が鳴った。ゲームで何万回も聞いた、新着メッセージの音。


【フレンド通信 接続】


【未読メッセージ:1】


送り主の名前を見て、俺は動きを止めた。


【YUI:無事?】


すぐに返信欄を開いたのに、指が少しもたつく。


『無事。そっちは』


【YUI:駅前。結界使える。人が多い】


【YUI:あと黒い犬。大きいの】


ユイ。


四年間、一緒に遊んできた相棒だ。声だけで機嫌も眠気も大体分かるし、結界術師として、俺の背中と足場を作り続けてきた。それなのに、顔は一度も見たことがない。


関西に住んでいた彼女が、二週間前に東京へ転勤してきた。今度の土曜、初めて会って昼飯を食べる約束をしていたのに、土曜より先に竜が来た。


『どこの駅? 何口?』


【YUI:土曜の待ち合わせの、一つ隣】


【YUI:南口の外。赤い看板の本屋。広場側】


分かる。歩いても行ける距離で、今の足ならすぐだ。


『行く。犬は何匹』


【YUI:見えてるのは五】


【YUI:飛びかかってこない。外周を回ってる】


群れで、逃げ道へ先回りする犬。名前は見てから決めるが、心当たりはある。


『人を出せる方向は』


【YUI:西の通り。二匹に見られてて出せない】


俺は走りだした。


仕事用の革靴が、いつもと違う音を立てる。景色は驚くほど速く流れていくが、見えない曲がり角では速度を落とした。今の俺がぶつかったら、人のほうが壊れる。実際、最初の角で自転車を押した女性とぶつかりかけた。


「っと、すみません!」


女性は剣を見て身を引き、それから唇を結んで、本屋の裏へ続く細い道を指さした。


「表は混んでる。行くなら、あっちから」


「助かります」


路地の奥に、木が一本生えている。白い幹がブロック塀を半分突き破るように立っていて、枝先では、夕方なのに青く光る葉が揺れていた。月雫樹だ。ゲームでは、あの葉を百枚単位で集めて調合に使った。


触りたい。めちゃくちゃ触りたい。


【YUI:一匹増えた。六】


……あとでな。


『もう近い。本屋の裏から回る』


【YUI:了解】


【YUI:会う場所、だいぶ変わったね】


こんな時に。口の端が上がる。


『昼飯の店も変える?』


【YUI:そこは変えない】


即答だった。あの店のハンバーグを、彼女は二週間前から楽しみにしていた。


閉じた本屋の裏手から広場を覗くと、ガラスのような壁が横長に立っていた。光の端が折れて建物の角に沿い、その内側に人がいて、外側を黒い獣がうろついている。


犬じゃない。前脚が太すぎるし、肩の高さが俺の腰ほどある。灰猟犬。群れで獲物の逃げる先へ回り込む、中級の魔物だ。数は六。


一匹が結界を爪で叩いて、薄い音が鳴った。奥から、女性の声がする。


「押さないでください。そこの角はまだ閉じてますから」


息が止まった。


耳を覆う機器も、音量の設定もない。四年間ヘッドセット越しに聞いてきた声が、夕方の広場を渡って、直接ここまで届いた。


その声の持ち主は、結界の内側で片手を上げている。暗い茶色の髪が肩のところで跳ねていて、ゲームで見慣れた銀髪とは違う。


でも、壁の置き方は同じだった。左端を少しだけ手前に折って、敵が回り込みたくなる角度を作る。その先に、斬撃を通せる空きがある。ユイが四年間、俺のために空けてきた場所。


俺は剣を抜いて、そこに立った。


「ユイ。左、借りる」


彼女の手が、ぴたりと止まった。


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