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世界一位の続き 〜VRMMOのLv999が現実に残ったので、ゲーム知識で東京と異世界を攻略します〜  作者: 雅龍(がりゅう)
第一部 東京・王門

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ログアウトしたはずの世界

ドラゴンが路線バスを踏んだ。


屋根がへこみ、側面の広告が窓ごと折れる。十秒前まで、俺はそのバスの後ろを歩いていた。手から夕飯の袋が落ちて、見上げた街路樹の上では、黒い尾がゆっくり揺れていた。


「……装甲竜?」


額の二本角、石を重ねたような鱗、短い前脚に比べて異様に太い後脚。知っている。昨夜も見たばかりだ。頭からかぶる機器の中で、俺はこいつよりはるかに強い竜を追いかけていた。


VRMMORPG《エターナル・レルム》。発売から六年、世界中に何千万人ものプレイヤーがいるゲームだ。


だけど今の俺は、機器なんか着けていない。仕事帰りのシャツのまま駅前で炒飯を買って、改札へ向かっていただけだ。


竜の爪がアスファルトを削り、飛んできた小石が頬をかすめた。痛い。めくれた舗装の下から、湿った土の臭いまで上がってくる。


誰かの悲鳴を合図に、人の波が一斉に崩れた。その視界の端に、青い文字が開く。


【同期完了】


【主要キャラクターの記録を適用しました】


見慣れた書体だった。何が完了したのか、どこと何を同期したのか――問いを言葉にする前に、竜が首を下げた。


バスの前扉から、運転手が乗客を押し出している。最後の一人がまだステップの上で固まっていて、竜の右の後脚が、半歩だけ前へ出た。突進の前兆だ。


ゲームなら、ここで横へ跳ぶ。だが今は、跳んだ先にあの客がいる。


俺は靴底で道路を押した。


普段なら五、六歩はかかる距離を一息で詰めて、身体はバスの手前で止まった。足首も膝も、その重さを当たり前の顔で受け止めている。昨夜までの感覚が、そのまま残っていた。胸の奥に呼吸とは別の流れがあって、それが指先までつながっている。


ああ、これは。


使える。


「運転手さん、そっちの路地へ! 建物の間!」


こちらを見た運転手に、細い路地を指してみせる。竜の肩幅では入れないし、頭を突っ込まれても角が壁に引っかかる。運転手はステップの客の腕をつかみ、路地へ引きずり込んだ。


その背中を、竜の目が追う。


させるか。


左手を開いて、頭の中で所持品を選ぶ。薄い一覧の一番上の名前に触れた途端、鞘ごと一本の剣が手に落ちてきた。黒い柄に、親指を置く窪み。少し角の丸くなった鍔。六年分、握り込んだ形だ。


抜くと、暗い刃の内側を細い光が走った。


星喰い。


吸魔剣から鍛え直しに鍛え直して、神話級まで育てた俺の剣だ。これが本当にあるなら、話は早い。


剣先にほんの少しだけ魔力を通して、竜の頬を叩く。鱗が一枚飛ぶ程度の一撃で、竜の首が、ぎぎ、とこちらへ回った。


そうだ。こっちを見ろ。


路地から離れて、バスの反対側へ歩く。乗り捨てられた車が二台あって、その先に柵のない工事用の資材置き場がある。俺は竜と資材置き場の間に立った。


「こっちだ、トカゲ」


竜が吠えた。窓ガラスが震え、どこかの看板が外れて落ちる。何百回も聞いた鳴き声なのに、腹の中まで殴られたような圧があって、耳が痛い。音量設定もない。


――でも、次の動きは知っている。


額を狙ってはいけない。あそこは硬くて、剣を弾かれたら、立て直す前に前脚で潰される。十八歳の俺はそれで十七回死んだ。あと一発だと欲張っては、毎回、同じ場所で。


今は、一発でいい。


竜の後脚が地面を蹴り、巨体が迫ってくる。人間が横へ跳べる距離より、頭の幅のほうが大きい。先に避ければ、首を振って追ってくるだけだ。


だから、待つ。


角が胸の高さまで来た時、その下で鱗が一枚浮いた。首を前へ伸ばし切った瞬間にだけ生まれる、顎の付け根の隙間だ。


左足を半歩引く。角がシャツをかすめていき、風に頬を引っ張られながら、俺は開いた喉の内側へ星喰いを差し込んだ。


重い。


何千回も味わった手応えに、生き物の熱が混じっていた。


手首を返し、剣を通して魔力を放つ。刃先から走った光が、装甲の内側を貫いた。


竜の脚が崩れる。剣を抜いて横へ抜けると、止まれない巨体がさっきまで俺のいた場所を通過し、資材置き場へ頭から滑り込んだ。積まれた土の山が爆ぜて、尾が一度だけ持ち上がり、落ちた。


それきり、動かない。


胸が上下していないのを確かめてから、俺はようやく息を吐いた。手が震えている。勝てるのは分かっていた。でも、道路の真ん中で本物の生き物の喉に剣を刺せるかどうかは、別の話だった。柄を握り直すと、震えは少し収まった。


「……倒した、のか?」


路地から、運転手が顔を出した。


「はい。もう動きません」


「ひとりで?」


「ほかに剣を持ってる人が、いなかったので」


言ってから、我ながら妙な返事だと思った。運転手は笑わずに、ただ何度も頷いていた。


竜は光になって消えなかった。ゲームなら数秒でドロップを残して消えるはずの身体が、土の山を押し潰したまま残っている。近くで震えていた人が、その横を大きく迂回して走っていった。


空いた左手を見る。指の長さも、安物の腕時計も、仕事でついたボールペンの汚れも、全部そのままだ。アバターの手じゃない。俺自身の身体で、今の動きをした。


視界に残っていた青い文字を開く。


【プレイヤー:REI】


【職業:魔剣聖】


【レベル:999】


【旧総合ランキング:世界第1位】


そこまでは知っている。約三年、その一位だけは誰にも渡さなかった。昨夜の更新でも一位で、画面を閉じて次の未踏区画へ向かったばかりだ。


ただ、一番下の行は知らなかった。


【レベル上限:解除】


指で触れて、閉じて、開いても、同じ文字がある。


九百九十九。何を倒しても、何年かけても、その先へは一つも進まなかった数字に、先がある。


……マジか。


口の端が勝手に上がる。不謹慎なのは分かっているが、六年遊んだゲーマーにこの一行は反則だ。どこまで伸びるのか。何をすれば伸びるのか。今の一撃で経験値は入ったのか。


確かめたい。今すぐ。


「誰か! こっち、まだ人が!」


通りの反対側から声がして、俺は画面を閉じた。


数字は逃げない。でも、あの声は待ってくれない。


仕事鞄を道の端へ寄せ、星喰いを提げたまま、声のした建物へ走った。


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