ゲームになかった攻略結果
門をくぐると、空気が重くなった。
扉の内側は、天井が見えないほど高い、巨大な円形の広間だった。壁一面に古い文字のような紋様が刻まれていて、その溝を、青白い光が脈打ちながら流れている。
広間の中央に、核があった。
人の背丈ほどの青い水晶の塊が、宙に浮いてゆっくり回っている。そこから何十本もの光の糸が、四方へ伸びている。広間の壁へ、床へ、そして門の扉の方へ。扉へ向かう糸の中に、一本だけ、腕ほども太いものがある。
本線だ。核と門をつなぎ、門を開かせ続けている、一番太い流れ。
さっきまで将につながっていた六本の糸が、その核へ光を送り返している。核はそれを全部飲み込んで膨らみ、溜めきれなくなったら、一番太い出口の本線へ一度に吐き出す。ゲームで門前通りを吹き飛ばしたのは、たぶんそれだ。
【臨界まで 3秒】
『レイくん、一つ未確認!』
トーマの声だ。
『職人街の三番目の路地、エルナさんが窯の確認に戻ってる! まだ、出てきた報告がない!』
――エルナ。
職人街は門のすぐ外で、本線が暴れれば真っ先に吹き飛ぶ。
確認を待つか。待っても、臨界は待たない。
【臨界まで 2秒】
待たない。
ユイの通路は、もう開いている。溢れた流れを、門の外ではなく採石場へ曲げる道だ。曲げてしまえば、職人街には何も届かない。
エルナの確認は、エルナがやる。俺は、俺の仕事をする。
本線の脇に立った。門の扉まで、十歩。刃を構える。
【臨界まで 0秒】
核が、吐き出した。
溜め込んだ全部が、門へ向かって本線へなだれ込む。蜥蜴の霧とは比べ物にならない太さだ。
一秒。吐き出された光が、本線の中で暴れて広がる。
二秒目。広がった光が、門へ向かって一本の奔流にまとまる。
その、外縁。
星喰いの刃を、添えた。
光が、刃の中へ流れ込んでくる。
――熱い。
蜥蜴の時とは、比べ物にならない。刃が一瞬で白く光り、柄が焼けた鉄みたいに熱くなる。手のひらの皮が焼ける音が、した気がした。
離すな。
喰うのは外側だけで、全部じゃない。外側を喰われた分、本体の流れが刃を避けようとして――
曲がった。
奔流が門の扉の手前で、ぐにゃりと進路を変える。右へ、広間の右の壁へ。
壁の一点に、ユイの結界がある。薄い光の膜が、壁に穴を開けるように張られていて、その向こうに光の筒が――通路が、外へ伸びている。奔流は、その膜に吸い込まれていく。通路の中を光が走り、門の外、城壁の上を越えて、東の空へ。採石場の方角へ。
『来た!』
ユイの声。
『受けてる! 流れてる! ……重い、けど、持つ!』
奔流の尻尾が、膜の向こうへ消えた。吐き出しきった核は、周りの細い糸から次の分を吸い上げて、もう一度ゆっくり膨らみ始めている。
俺は、星喰いを本線から離した。
刃が白く燃えていて、もうこれ以上は喰えない。柄を握る手も震えている。でも、本線が残っている限り、核はまた門へ力を送り続ける。
切る。
天断。
喰った分の魔力が、刃の中で暴れている。それを、乗せる。全部じゃない。短止で、本線の太さぶんだけ。本線の向こうにある門の扉には、触れない。
放った。
握った。
光が、本線を断ち切った直後に消えた。
――一センチ。
本線が、二つに分かれた。
核の側の断面から、光がゆっくりとしぼんでいく。核の回転が遅くなり、膨らんでいた水晶が縮んでいく。門の側の断面からは、光が外へ散っていく。
扉が、軋んだ。
閉じるのか。
いや。扉は、開いたまま止まった。
【本接続 強制拡大を停止】
【接続状態:安定】
核が門を無理やり押し広げる力は、もうない。開いてしまった門は開いたまま暴れるのをやめて、ただの――扉になった。
通れる。両側から。
俺は、その場に膝をついた。
星喰いを床に突き立てて、柄から手を離すと、手のひらが真っ赤で、皮が剥けかけている。刃はまだ白く光っているが、少しずつ、暗い色に戻り始めていた。
――耐えた。
俺の剣は、割れなかった。
『レイ』
ユイの声だ。
『採石場、全部受けた。底に、光の柱が立ってる。……あと、閉じ込めてた騎兵、全部消えた』
「……そうか」
『巻き込んじゃった』
「魔物だろ。いいよ」
『うん』
それから、トーマの声。
『エルナさんから報告! 職人街、無事! 窯の火、落とした! 陶工のおじいさんの窯、割れてない!』
――間に合ってた。
エルナは、エルナの仕事をした。
床に座り込んだまま、天井を見上げる。天井はまだ見えないが、壁の紋様を流れる光は、さっきより穏やかになっている。
【レベル:1003】
表示が、一つ、増えていた。
門の外へ出ると、空はもう夜で、赤黒い雲は消えていた。門前通りは静かで、石畳の上に軍勢の残骸が転がり、家々の窓は全部閉まっている。
でも、家は、全部、立っていた。
パン屋の看板も、ちゃんと店の上に掛かっている。麦の穂と、丸いパンの絵。ゲームでは、瓦礫の中に落ちていた看板だ。
それが、門のすぐ外で、夜風に揺れている。
俺は、その前でしばらく立っていた。
ファンファーレは、鳴らなかった。
代わりに、通りの向こうから足音が聞こえてくる。最初は一つ、それからいくつも。教会の方から、回廊の出口から、東区の方から。
住民たちが、戻ってきていた。
ランプを持って、子どもの手を引いて、荷物を背負って。自分の家の前で立ち止まり、扉に手をかけて――開ける。扉が開く音が、通りのあちこちから聞こえてくる。
ハンナが、パン屋の前に来た。看板を見上げてから扉を開け、中を覗き込んで、窯の方を見て、振り返る。
「窯、無事だよ!」
誰に言ったのか分からない、大きな声だった。その声を聞いて、通りの何人かが泣きながら笑っている。マルクが母親の横から、店の中に駆け込んでいく。
それから、門の方から別の足音が来た。門の内側の広間に、昨日までなかった出口が一つ、開いている。本接続がつないだ先――中央公園の北の広場だ。暴れるのをやめた門は、リーベルと東京をまっすぐつなぐ通り道になっていた。
その出口から、宮坂さんの消防隊が救急箱と担架を持って、門をくぐってくる。その後ろに、佐伯さんと、三浦さんと、運搬班の人たち。三浦さんはパン屋の看板を見上げて、口元を押さえた。
門をくぐってきた人たちと、リーベルの住民たちが、門前通りの真ん中で混ざり始める。言葉は、たぶん通じていない。翻訳支援の表示が、あちこちで瞬いている。
でも、担架を運ぶ手と、扉を開ける手は、同じだった。
ユイが、通りの向こうから歩いてくる。
肩で息をして、髪がぼさぼさだ。採石場から走ってきたらしい。俺の前で止まって、まず俺の手を見た。
「手」
「焼けた」
「見せて」
ユイは俺の手のひらを、自分の両手で包むように持って、じっと見る。
「……回復薬は? 持ってたよね」
「四本ある。人に使う前に、自分で試すつもりだった」
「じゃあ、今。飲みなさい」
一本飲むと、手のひらの赤みがゆっくり引いていく。皮が戻り、痛みが消える。この身体でも、ちゃんと効く。
でも、疲れは消えない。肩の重さも、足のだるさも、そのままだ。
傷は治る。疲れは、治らない。ゲームとは、違う。
「レイ」
ユイが、俺の手を離さないまま言った。
「勝ったね」
「勝った」
「街、残ったね」
「残った」
ユイは、パン屋の看板を見上げた。
「ゲームで、何回もここが壊れるの、見てたんでしょ」
「見てた」
「今日は?」
店の方を見ると、扉の開いたパン屋の中で、ハンナが窯の前にしゃがんで、何かを話しかけている。たぶん、窯に。
「今日は、残った」
それしか、言えなかった。
ユイは、それ以上何も聞かない。ただ、俺の手をもう一度だけぎゅっと握って、離した。




