世界一位の剣
ユイは、呼ばないでと言った。トーマが無線で教えてくれた。騎兵十、処理完了。通路の起点、無事。
――そうか。
一人で、十騎。俺がいなくても、ユイは自分の場所を守った。
それを聞いて、肩から何かが落ちた。さっきまでは、将の動きを見ながらも、頭の片隅でユイのことを考えて、少しだけ採石場の方に意識が向いていた。
もう、考えなくていい。目の前の将だけを見ればいい。
将は、穂先のない槍を両手で構え直している。さっきの大振りを外されて、また修正してきている。今度は柄を短く持って、間合いを捨て、取り回しを優先した構えだ。
――賢い。
ゲームの将には、こんな判断はなかった。でも、柄を短く持てば、届く範囲はさらに縮む。
六メートル。
将が、突いてくる。穂先のない柄の先端でも、黒鉄の柄だ。当たれば骨が折れる。
半歩、右へ。柄が左肩をかすめ、その半歩で、将の懐のさらに内側に入った。将が柄を引き戻そうとする。引き戻す前に、その柄を左手でつかんだ。
重い。でも、Lv1001の腕なら押さえられる。
将の青い光が、大きく揺れる。武器をつかまれて、槍を引けない。かといって、離せば素手になる。
将は、迷った。その迷いが、一秒あった。
一秒あれば、十分だ。
右手の星喰いを、将の胴の、鎧の継ぎ目に当てる。さっき浅く斬った場所――脇腹の、黒鉄が少しだけ薄くなっている継ぎ目だ。
天断。
刃を密着させたまま放つと、光が鎧の内側に入った。短止は使わない。止める必要がない。将の身体の中だけを、光が貫いていく。
将の全身が硬直し、兜の隙間の青い光が――明滅する。
それでも、将は倒れなかった。つかまれた槍を、もう片方の手で無理やり引き抜こうとする。まだ動く。六本の糸から流れ込む核の力が、将を立たせている。
――分かってる。だから、もう一撃。
つかんでいた槍の柄を離すと、将は引き抜く力の勢いのまま、後ろへよろめいた。
追った。一歩、二歩、三歩。将が体勢を立て直そうと、足を踏ん張る。その、踏ん張った足の膝を斬った。
将が片膝をつく。それでも槍を振り上げてくる。最後の一撃だ。柄全体で、上から叩き潰そうとする。
俺は、その振り下ろしの真下にいる。
逃げずに、星喰いを真上に向けて突き上げた。
普通の、突きだった。天断も、短止も、魔法も、何も乗せていない。六年間、何万回も繰り返した、ただの突き。
刃が、将の兜の、青い光の真ん中を貫いた。
将の腕が止まる。振り下ろしかけた槍が空中で静止して――ゆっくりと、将の手から離れた。石畳に落ちた槍が、乾いた重い音を立てる。
将の青い光が、消えた。
黒鉄の巨体が、前へ倒れかかってくる。剣を引き抜いて横へ跳ぶと、将は石畳の上にうつ伏せに倒れた。地面が震えて、それきり、動かない。
【門の将を撃破しました】
【レベル:1002】
――勝った。
ゲームで、二百回倒した相手。今日、初めて、本当に倒した。
二百一回目じゃない。一回目だ。
息が荒い。肩も痛くて、さっき柄で打たれたところが、じんじんと熱を持っている。
でも、勝った。
門の奥で、軍勢がざわめいている。将が倒れたのを見て後ずさりを始め、統率を失った群れが、ばらばらに門の奥の暗がりへ戻っていく。
『レイくん!』
トーマの声が、割れている。
『勝った!? 勝ったよね!? 物見櫓から見えた! 沢村さんが、双眼鏡落とした!』
「勝った」
『やった……!』
無線の向こうで、トーマが何かを叫んでいた。たぶん、言葉になっていない。それから、ユイの声がした。
『レイ』
短い声だった。
「ユイ。騎兵十、ありがとな」
『言わなくていいって言ったのに』
「トーマが言った」
『トーマさん……』
無線の向こうで、ユイが何かを言いかけた。
でも、その時、門の奥から低い唸りが聞こえてきた。地の底から響くような、重い振動。門の奥、暗がりのずっと向こうで、何かが――光り始めている。青白い光が、脈打っている。
核だ。
将が倒れて、将とつながっていた六本の糸が行き場を失った。糸を伝って、核へ魔力が戻っていく。
ゲームでは、この後、全部が吹き飛んだ。
『レイ様』
イヴの声だった。
『六本の経路から、核への還流が始まりました。蓄積の速さから推定して、臨界まで十一秒』
十一秒。
本線まで走って、八秒。外縁を受けるのは、溢れてから二秒目――流れがまとまったところだ。
――ここからが、本番だ。
星喰いを構え直す。刃は、まだ冷たい。将との戦いで、一度も喰わせていない。この時のために、取っておいた。
「ユイ」
『準備できてる』
即答だった。
『通路、開ける。三、二――』
俺は、門の奥へ、走った。




