星喰いに任せすぎない
中央公園の小門の前に、ルークの声がつながっていた。
『準備できたか』
「できた。記録の板、門の横に置いた」
『よし。じゃあ、まずは俺の言った通りか、そっちで確かめろ』
小門から五十メートル離れた芝生の上に、ユイが結界の檻を置いている。中には岩蜥蜴が何匹か入っていて、試すたびに一匹ずつ出す。
「やるよ」
「やれ」
天断も使わない、ただの一振りで蜥蜴を斬った。崩れた身体から薄い魔力の霧が散り、板の中の光の粒がざわりと動く。霧は一瞬だけ周りに広がって、それから、まっすぐ小門の方へ流れ始めた。
一、二、三、四。
四秒で、霧は門の縁に吸い込まれて消えた。
「戻った。四秒。お前の言った通り。板にも、門に向かう流れの線が一本残ってる」
『だろ』
得意げな声だった。
『よし。次はお前の剣だ』
ここからが本番だ。二匹目を斬り、霧が散った直後に、星喰いを霧と小門の間へ差し込んで、刃を流れの通り道に立てる。霧が触れると、暗い刃の中で細い光がふっと強くなった。
喰っている。
ゲームの中で何度も見た反応だった。ただ、ゲームでは受けた魔法は全部、自動で次の一撃に乗った。ここでは、手のひらに熱が来た。刃から柄へ、柄から手首へ、じわじわと温度が上がっていく。
「……熱い。ゲームだと、こんなの感じなかった」
板を見ると、霧の大部分はまだ刃の横をすり抜けて、門へ戻っていく。星喰いが喰ったのは、外側の薄い部分だけだ。それでも、柄が熱い。
『どのくらい入った』
「量は大したことない。熱いのは、速さのほうだ。散った直後の勢いのまま、一気に入ってきた」
『入る速さで熱が決まるなら……王門の核の流れは、蜥蜴とは桁が違うぞ』
「分かってる」
星喰いに全部受け止めさせるのは無理だ。一度に喰える速さにも、溜めておける量にも限りがある。速く喰えば熱くなるし、熱くなりすぎたら、たぶん刃がもたない。ゲームでは熱なんて表示されなかったし、喰った分は黙って次の一撃に乗った。ここでは、剣もただの物だ。
俺が六年かけて育てた、ただの、大事な物だ。
「レイ。一回、冷まして。冷めるまで、次やらないで」
「……分かった」
星喰いを地面に突き立てて待つ。柄の熱が引くまでの三分、ユイは板を見ていた。
「ねえ。今の、受けた順番、見て。霧が刃に触れたの、最初の一秒だけなんだよ。散って、広がって、門に向かい始める、その最初の一秒で外側だけ受けて、残りは素通り」
ユイが、板の線を指でなぞる。
「もし、流れが門に向かってまっすぐになった後に受けたら?」
「……流れが細くなってる」
「そう。広がってる時は外側も厚い。まっすぐになった後は、全体が細くまとまってる」
「同じ外側でも、量も勢いも小さい」
「そういうこと」
冷えた星喰いを、地面から抜いた。
「もう一回」
三匹目の蜥蜴を斬る。今度は、霧が散ってもすぐには刃を差し込まない。
一秒。霧が広がる。
二秒。広がった霧が門の方へ向きを変え、まとまり始める。
ここだ。
まとまった流れの外縁に、刃をそっと添えた。入ってくる光はさっきよりずっと少なく、柄はほんのり温かいだけだ。そして流れの本体が、刃に押されたように、わずかに進路を曲げた。門へ向かうはずだった霧は、門の縁から一メートルずれた芝生の上に落ちて、ゆっくり散っていく。
『……今、何した』
「外側だけ受けた。そしたら、真ん中の流れが、ちょっとだけ曲がった。たぶん、外側を喰われた分、流れが刃を避けようとした」
ルークは黙って、それから早口になった。
『レイ。それ、王門でやれ。核が溢れた時、全部を受けるな。流れがまとまった後の外側だけ受けて、本体の向きを、ほんの少しずらせ。ずらした先に、逃がす場所を用意しとけばいい』
「採石場の跡がある」
『完璧だ』
板の記録を見ていたユイが、顔を上げた。
「でも、レイの剣で曲げられるの、ほんの少しだよ。一メートル。王門なら、もっと必要。……だから、私の壁で続きを作る。レイの剣が最初に曲げて、私の結界が、その曲がった先から採石場まで通路を作る。流れを、壁で導く」
「仮設の動線」
「そう。人を流すのと同じ。最初の一歩さえ違う方を向かせれば、あとは壁で誘導できる」
四回目から、ユイが結界で短い通路を作った。俺が外縁を受けて流れを曲げると、曲がった流れが通路を通って、門から十メートル離れた場所へ落ちる。五回目、六回目と、同じように落ちた。
七回目で、柄がまたじわりと熱くなった。まだ大丈夫だ。あと二、三回はいける。
――でも、王門の本番は、一回きりだ。
二、三回いけるかどうかを、今ここで確かめる必要はない。
「今日はここまで」
星喰いを鞘に収めると、ユイが少し驚いた顔をした。
「止まった」
「止まるって言っただろ」
「本当に止まると思わなかった」
「剣が熱いうちに次やって、本番で刃が割れたら、笑えないからな」
ユイは俺の顔をじっと見て、それから、ふっと笑った。
「レイ、大人になったね」
「二十四だぞ」
「ゲームのレイは、HPが一割になっても突っ込んでたよ」
「ゲームでは、死んでも広場に戻れた」
ユイの笑いが、少しだけ静かになった。
『二人とも、今の記録、全部送れ。俺の方でも、蟻の巣の横の門で試す。剣じゃないから曲げられるか分からんが、砲の余波で似たことができるかもしれん』
「送る」
『それから、レイ。本番、曲げたまま何秒もちそうだ』
今日の七回を思い返す。外縁を受けて流れを曲げ、ユイの通路に乗せたまま保てる時間。
「三秒。……いや、四秒」
『四秒あれば、本線を切れるか』
「切れる」
一センチの短止なら、一秒もかからない。四秒あれば、十分だ。




