魔剣聖の戦い方
回廊の奥に、魔物の部隊がいた。
全部で九体。前に盾持ちの重装鬼が三体、その後ろに弓を持った骸骨兵が四体、一番奥に杖を掲げた黒い法衣の魔術師が二体。
ゲームでいえば、上級者向けダンジョンの中ボス前によくある編成で、前衛で足を止め、後衛の弓で削り、魔術師が回復と強化を回す。ソロで正面から行くと、だいたい後衛に削り殺される。
「レイ。下がる?」
入口の結界を保ったまま、ユイが後ろから聞いてくる。
「下がらない」
「九体だよ」
「九体だな」
俺は星喰いを抜いた。
「ユイは入口。エルナは、ユイの前。誰も通さないでくれ」
「レイ殿は」
「全部やる」
エルナが何か言う前に、俺は階段を降りた。重装鬼の三体が盾を並べて壁を作り、その隙間から、骸骨兵の弓が四本こちらを向く。
まず、弓。
左手の指を鳴らして、火の粒を三つ、骸骨兵の目の前に飛ばした。骸骨兵の弓が一斉に火の粒を追い、射線が三十センチずつずれる。そのずれた射線の隙間を、走った。
重装鬼の盾の壁は、正面からは崩せない。だから、右端の一体の盾の下の端を、風で払った。足元が滑って、盾が一瞬だけ持ち上がる。その下へ低く潜り込んで、脇腹を斬った。
重装鬼が膝をつく。倒れる方向を――俺が決める。
肩で押した。崩れた巨体が隣の重装鬼に倒れかかり、二体目の盾がそれを受け止めて、動けなくなる。
壁に穴が開いた。その穴から、後衛が丸見えになる。骸骨兵の四体が弓を引き直し、魔術師の二体が杖を掲げて詠唱を始める。
詠唱が終わる前に、終わらせる。
天断。
横一文字に振り抜いて、短止で、魔術師たちの背後の壁の手前で止めた。光が骸骨兵の四体の胴をまとめて抜け、魔術師二体の杖をへし折る。詠唱が、途切れた。
残りは重装鬼が二体と、杖を失った魔術師が二体。二体目の重装鬼が、倒れかかった仲間を押しのけて、盾を振りかぶってくる。
――知ってる。
この盾の振り下ろしは、ゲームで何百回も見た。重いけど遅い。しかも振り下ろした後、盾の縁が床にめり込んで、一瞬止まる。
その一瞬で、盾の縁を踏んだ。踏み台にして跳び、重装鬼の頭上を越えて背中側に着地する。振り向きざまに、首の後ろを斬った。
三体目の重装鬼は、俺が背後に回ったことにまだ気づいていない。気づいた時には、もう倒れていた。
残るは魔術師の二体。杖を失った魔術師は、素手で魔法陣を描こうとしている。遅い。
左の一体の懐に入って、柄で顎を打ち上げる。右の一体には、振り向きもせずに、後ろ手に剣を突き出した。二体が、同時に崩れる。
静かになった。全部で、四十秒くらいだったと思う。
階段の上から、エルナの声がする。
「……今のは」
「魔剣聖の基本」
俺は剣を振って、刃についたものを払う。
「魔法で位置をずらして、剣で崩す。崩した敵の倒れ方を、次の道にする。それの繰り返し」
「繰り返し、と言われましても」
エルナは階段を降りてきて、倒れた九体を見回した。
「騎士団の精鋭十人がかりでも、この編成は難しいでしょう」
「十人いれば、十通りのやり方がある。俺は一人だから、一人用のやり方を磨いただけだ」
ユイが、入口の結界を保ったまま、上から言った。
「レイ、今のドヤ顔、すごかったよ」
「してない」
「してた。『魔剣聖の基本』のとこ」
「……ちょっとした」
「ちょっとじゃない」
回廊の奥には、さらに通路が続いている。壁の青白い光が点々と奥へ並んでいて、その途中に、小さな部屋がある。
壁に、石板のようなものが埋め込まれている。手のひらくらいの大きさの半透明の板で、表面に細い線が何本も走り、その線の中を、光の粒がゆっくり流れている。
「これ、何だ」
エルナが首を振る。ユイが、入口から叫んだ。
「触らないで! 見るだけ!」
「見るだけ見るだけ」
万象解析を開いた。
【名称:――】
名前が出ない。でも、流れは見えた。板の中の光の粒は、回廊の壁の光と同じ方向に動いている。回廊全体を流れている魔力を、この板が――写し取っている。
板の端に、小さな突起がある。おそるおそる指先で触れると、板がふっと壁から外れて、俺の手のひらに落ちてきた。
軽い。手の中でも、板の光の粒は相変わらず流れ続けている。外れた今も。
「レイ! 触らないでって言った!」
「取れた」
「取れたじゃない!」
ユイの声は怒っていて、でも、ちょっと嬉しそうでもあった。
「……それ、何してる板?」
「たぶん、流れを記録してる。回廊の魔力の」
板を光にかざすと、粒の流れが少しずつ変わっていく。
――あ。
これ、ルークが言ってた「戻り方」が、目で見えるんじゃないか。魔力がどう動いて、どこへ戻るのか。この板があれば、記録できる。
「欲しい」
「もう取ってるじゃん」
「正式に欲しい」
エルナが、苦笑した。
「回廊は、リーベルの公共物です。ですが、誰も入れなかった場所のものですから……調べ終わったら返していただく、ということで、騎士団長には私から話しておきます」
「借りる、ってことで」
「借りる、ということで」
俺は板を、所持品にしまう。
――ふと、思い出した。今、骸骨兵の四体をまとめて抜いた天断。横一文字に後衛の列ごと払うあの使い方は、白天竜を初めて倒した時に覚えた。
ゲームの中で、俺が二十一歳の時。ユイと、ほかに四人の攻略チームで挑んで、竜の翼が起こす風で後衛がまとめて吹き飛ばされる時に、俺はその列ごと前に出て、風の源を横一文字で払った。
あの時、ユイの壁がなかったら、俺は風に飛ばされていた。トーマが過去の全滅動画から竜の翼のタイミングを秒単位で数えた表を送ってくれなかったら、振るのが遅れていた。一人でやったと思われているけど、あれは六人で取った一位だった。ソロで倒したのは、その一年後の話だ。
「レイ。ぼーっとしてる」
「してない。昔のこと思い出してた」
「どの昔」
「白天竜の初回」
ユイは少し黙ってから、口を開く。
「あの時のレイ、風に吹っ飛ばされて三回壁にぶつかってたよね」
「二回だ」
「三回」
「……二回半」
回廊の奥から、風が吹いてきた。東区の方角から、外の空気の匂いがする。
通路は、つながっていた。




