世界二位は、先に試していた
教会の裏へ向かう途中で、通知が鳴った。
【LUKE:レイ。話がある】
【LUKE:音声つなげるか?】
「ルーク」
「二位の人?」
「二位の人」
『つなげる』
通話の表示が開いて、耳の奥に声が直接来る。
『――よう、一位様』
懐かしい声だった。でかい。相変わらず、無駄にでかい。
ルーク・エヴァンス。固定砲台型の広域魔法使いで、大会の決勝では二回当たって二回とも俺が勝ち、その二回とも、試合後に三時間文句を言われた。
『先に1000行きやがって』
「早い者勝ちだろ」
『早い者勝ちだがな。こっちはこっちで忙しかったんだよ』
「そっち、どこだっけ」
『ロンドンの東。こっちは今、夜中の二時だ』
「寝ろよ」
『寝られるか。近所の公園に、でかい蟻の巣ができた』
ルークの声の後ろで、何かが爆ぜる音がする。遠い。
『で、それをさっき、全部焼いた』
「全部?」
『巣ごと。俺の《天穹審判砲》でな』
「……何て?」
『天穹審判砲。俺の新技だ』
ユイが、横で口を押さえた。
「名前、長い」
『長くない。かっこいいだろ』
「ルーク、その技、ゲームにあったか?」
『ない。今日作った』
今日作った技に、もうその名前を付けたのか。
『正確には、作りかけだ。まだ半分くらいしか思った通りに収束しない。でも蟻は焼けた』
「蟻は焼けたなら、いいんじゃないか」
『よくない。俺の美学に反する』
ルークはそこで一度咳払いをして、声の調子を変えた。
『で、本題だ。お前、昨夜、門の番人を止めたらしいな。トーマのページで見た』
「止めた。門ごと吹っ飛ばさずに」
『そこだ。俺も、その「吹っ飛ぶ」の方を気にしてる』
ルークが何かを操作する気配がして、視界に一枚の図が転送されてくる。公園の地図に、巣のあった場所。そこから少し離れた位置に小さな門の印があって、巣と門の間を、細い矢印が何本もつないでいる。
『巣を焼いた時、焼け残った魔力がな、消えなかった』
「消えなかった?」
『散ったように見えて、そのあと、門の方へ流れて戻っていった。散ってから門に着くまで、だいたい四秒。大半が、まっすぐ』
俺は、図の矢印を見た。
『最初は偶然だと思った。だから、三回試した。焼け残った蟻を一匹ずつ、門から違う距離で潰して、散らす。門の近くなら四秒前後。遠いと少し遅れる。戻る先は、決まって一番近い門だ』
「お前の火は?」
『戻らない。俺の魔力は俺のもんだ。戻るのは、蟻の側の――門から来た分だけだ』
「……三回、試したのか。夜中に」
『夜中だからな。人がいなくて試しやすい』
二位の男は、救助を待っていたわけじゃない。
『レイ。お前、番人の核を壊した時、どうなった』
「光の柱になって、空に抜けた。門とつながってる糸は、先に切っておいたから」
『それだ』
ルークの声が、少し高くなる。
『糸を切らなかったら、たぶん、核の魔力は門に戻ろうとした。一気に、全部。それが「吹っ飛ぶ」の正体だと思う』
俺は黙った。辻褄が合う。ゲームの防衛戦で門の核を壊すと、門の周りが全部吹き飛んだ。演出だと思っていた。でも、もしそれが、核に溜まった魔力が一気に戻る先を失って暴れた結果だったとしたら。
戻る先を、別に用意できたら。
「ルーク。それ、王門でも同じだと思うか」
『分からん。俺が見たのは、蟻の巣の横の小さい門だけだ。王門みたいなでかいのは、測ったことがない』
「測りたいな」
『測れ。そっちにあるんだろ』
「ある」
『じゃあ測って、俺に送れ。俺の仮説が合ってるか知りたい』
それから、ルークは急に声を落とした。
『……で、お前の方は。何か新しいこと、できたか』
聞き方が、ちょっと悔しそうに聞こえる。俺は少し考えてから、正直に言った。
「天断を、途中で止められるようになった」
『止める?』
「放った後に、魔力の尻尾をつかんで、引き止める。狙った場所の奥で消せる。今は一センチくらいまで詰められる」
沈黙が、続く。三秒くらい。
『……それで1000になったのか』
「たぶん」
『くそ。そういうことか』
ルークが、何かを蹴る音がする。
『俺の砲、収束しないのは、撃った後に触ってないからだ。撃ちっぱなしにしてた。ゲームの癖で』
「俺も昨日までそうだった」
『教えろ。どうやってつかむ』
「手首。振り終わりで、自分から出ていくものを、引っ張る感じ」
『わけ分からん』
「俺もうまく言えない」
『お前の説明、昔から最悪だよな』
「ユイにもトーマにも言われた」
『三人目だ。俺が三人目だ』
隣で、ユイが何回も頷いている。
『まあいい。自分で試す。お前にできて俺にできないことはない』
「あるだろ。大会二回」
『あれは試合だ。技術の話はしてない』
通話の向こうで、ルークが笑う。悔しそうで、でも楽しそうな笑い方だった。
『測ったら送れ。王門の戻り方』
「送る。お前も、砲の収束、できたら教えろ」
『できたら、名前を変えずに送ってやる』
「名前は変えないのか」
『変えない。天穹審判砲は天穹審判砲だ』
通話が切れると、ユイがこっちを見ている。
「仲いいね」
「仲よくはない」
「三年間、二位の人が一番レイのこと見てたでしょ」
「……見られてたのは知ってる」
「見てたのは?」
「俺も、見てた」
あいつが新しい構成を試すたび、俺は録画を三回見て、抜かれないように一位を守った。ルークがいなかったら、たぶん俺は三年も一位にいなかった。
そんなこと、本人には死んでも言わないけど。
教会の裏に着いた。古井戸の横の石壁に、アーチ型の入口がぽっかりと開いていて、その入口いっぱいに薄い光の膜が張っている。膜の表面を、色の違う光が波のように流れていく。
青。白。青。白。規則正しく、入れ替わり続けている。ユイが膜の前に立って、じっと流れを見た。
「……これ、結界だ」
彼女の声が、少し震えている。
「しかも、切り替わってる。張ったまま、ずっと形を変え続けてる」
昨夜、彼女が更地で初めて覚えた操作。それを何百年も前から勝手にやり続けている壁が、目の前にある。




