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チカ 3

 少し留守にしただけであったし、室内の様子にも特に異常は見当たらない。


 けれども、念のために軽く室内を点検して回ってから早速準備に取り掛かる。


「連絡先なんか渡されても困るな」と思いつつ先ほど開いた掌には、可愛らしいキャラクターが描かれた小さなジップロックが握らされており、中には乾燥した植物片らしきものがパンパンに詰まっていた。


 言うまでもなく、お巡りさんに見つかってはならない類の嗜好品であろう。 


 そんな風には見えなかったけれど、好きもの同士、合い通ずる所でもあったのかもしれない。まあいいさ。


 カウンターの隅に平積みされた洋書の中から適当なページを一枚破り取り、テーブル席の上でジョイントを巻いていく。


「中途半端に残すよりも」と太くし過ぎたのが、いや、良く知らない人からもらった品に手を出すのが、仕事中にそんな物をやるのが、そもそも法律によって禁じられている行為に及ぶのが、なんて悔やんだ所で意味はない。


 つまり、てっきりアレだと勘違いして吸い込んだチカからのお礼は、見た目とは結び付かない飛び切りの紛い物であった。


 後に「合法ドラッグ」なんて呼ばれ方をするようになるそいつは、法の目をかい潜るためだけにイタズラに化学式を変え、適当な植物片にその粉末をまぶしてそれらしく見せかけたバリバリのケミカルであり、火をつけた途端、何やらポリエステルが燃えるような甘い、そして微かに苦みを感じる匂いが鼻腔を刺激し、脳内をひりつく危険信号が駆け巡る。


 そこでやめておけば良いものの、正常性バイアスというか、はたまた生まれ持った貧乏性か、恐らくは後者だろうが。


 肺の中をそんないかがわしい煙で満たした僕は、かくしてバッドな状態へと陥る。


 マズい、マズい、マズい不味いまずいぞ。


 はやる気持ちに呼応して、心臓の鼓動もバクバクと早くなっている・・・のか?落ち着いて心拍数を確認しようとするも、先走る不安のせいで考えがまとまらない。


 物陰の裏、無造作に置かれたスタッフのカバン、物販etc。それぞれが何某かの意味を、あるいは意思を持ち合わせているようにとめどなく押し寄せ、不吉な妄想が僕を苛む。


 ヤバい、ヤバいな。これはだいぶヤバいぞ。


 冷や汗の粒が一つ滴り、コンクリートの床に染み込んで時間が間延びしているのを確認する。


 そうだ、無理に落ち着こうとするからいけないのだ。


 ここは一つ、何もせずにやり過ごしてみよう。


 ドツボにハマる前にそんな手を試みようとするも、しかしこんな時にこそイレギュラーな事態とは起こり得る。


「お疲れ様でーす!ここにいるって聞いたもので寄ってみました!」


 少なく見積もっても後二、三時間は誰も戻ってこないはずだったのに、何処で聞きつけたか近くの現場で仕事だとか言う知人が訪れる。しかも三人も仲間を引き連れて。


「いや~、この間は本当に助かりましたよ!お陰様であれからすこぶる順調ですよ。それで今日は、あの時の話をしたら是非相談したいって子達を連れてきたんですけど、ちょっとだけお時間大丈夫ですかね?」


「・・・ああ、少しなら構わないよ」


 具合が悪いのを悟られぬよう、おもむろにサングラスを掛けてから話を促すが、暗がりの室内でサングラスって変じゃないかな。


 テンパっているのがバレていないか、等と焦っている間にもどんどん気分は悪くなっていく。うーん。


「・・・でですね、なんですよ」


「ああ。それで?」


「それで・・・が・・・に・・・・・・」


「うん?なるほど、検討するよ」


 駄目だ。辛うじて反応は出来るけれども、さっきからずっとボワンボワンという質の悪いウーファーから出力されるような低音が目の前の連中の手先から飛んでくるので、少しも集中できない。


 これは本当に幻聴か?いったい何を疑い、何を信じればいいのか全く分からない。


 これではまるで、暗闇の中で自分の体内を探検しているようなものではないか。・・・いかん。


 結局、僕の意識がハッキリと戻ったのは(果たして本当に戻っているのだろうかとの疑念はいまだ残る物の)翌朝のセンター街、薄汚いビルと自動販売機の間でだった。


 だから自分自身、この記憶のどこからどこまでが事実なのかは自信が無いけれど、これだけは言える。


 滅多やたらと自然界に存在しないゴミを作り出してはいけないし、それを摂取、または広めるなんてもってのほかだと。


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