チカ 2
ごった返すほどではないにしても、週末にこの時間帯の円山町は、これからが楽しみで仕方のない連中で賑わっている。そこかしこで屯する若者の群れの中から一人の女の子を探し出すだなんて、言うほど簡単ではない。
イベント会場がある通りまで来たところで、途中にあった店先から引っぺがしてきたフライヤーに目を落とす。
突飛なステージ衣装でも着ていない限りは、いや、着ていたって若い女なんてどいつも見分けがつかないけれど。
幸いなことにキャラ付けのためか、少女達の髪はそれぞれカラフルに染め上げられていた。
ウィッグである可能性もあるけれど、他に手がかりはない。それに遠くへ、もしくは室内にでも入られてしまっては手のつけようがない。とにかく今は時間だけが頼りで、そうなっていないことを信じて探すだけだ。だが思いの外早く、目的は果たせそうだ。
勿論、どいつを探しているのかすら把握していないのだから、こいつがそうだなんて確証はないのだけれど、商品仕様の丁寧なメイクと綺麗に染め上げられた緑色の髪を見れば、素人でないのは一目瞭然。そしてこんな状況で条件に見合う相手なんか、そうそう出くわすわけもあるまい。
何より、些か揉めているようだし、この緑ちゃんは。こういった場合の探し人てのは、大抵トラブルに巻き込まれているものだと相場が決まっている。
「痛い、痛いってば、離してよ!」
「なんだとこのクソガキ、勝手抜かしてんじゃねえ」
路地裏の奥まったところにあるお稲荷さんで若い金髪の男に腕を掴まれた緑ちゃんは、声を張り上げて揉み合っていたが、幸い無傷のようでホッと胸を撫で下ろす。
「いやあ、こんな所にいたとは。探したよ緑ちゃん。とにかく見つかってよかった。さあ、早く会場へ戻ろう」
「ああ?誰だ手前!」
安堵したせいで、駆け寄ってつい気安く声を掛けてしまうが、突然の闖入者に金髪は因縁をつけ、緑ちゃんは不審感をあらわにする。
「ちょっ、ちょっと待ってね、二人とも。ハァハァ・・・久しぶりに走ったもので」
「なんだジジイ、どっか行けよ!」
予想通り、威勢がいいだけのチンピラで助かった。これで相手が複数人か、それなりの手だれであったなら、僕なんかでは対処しきれない。呼吸を整え、膝についていた右手でズボンの尻ポケットからスラッパーを取り出し、背筋を伸ばして起き上がると同時に、、金髪の頭へそれを叩き込む。
「ダメだよ君、威圧するくらいなら排除しなきゃ。手間を惜しむからこういう目にあうんだよ」
袖擦り合うも他生の縁。年長者として少しばかりアドバイスするも、残念ながら僕の声は届いていないようだった。しっかり手加減したとはいえ、本気を出せばコンクリートブロックだって楽に砕ける代物である。頭を抱えた金髪は、唸りながら地面の上をのたうっている。
「すごーい、お兄さん強いんだねー!」
「いや、この子がすごく間抜けなだけで、別に強くはないよ。そんなことよりもホラ、早く戻ろう。今ならまだ間に合う」
流石こんな世界でのしあがろうしている玉だけあって、暴力に対する過剰なアレルギーもなく、おまけにそれなりには頭も回るようだ。察しの悪い奴は面倒なので助かる。前後の会話で僕がイベント関係者だと理解した緑ちゃんと、連れ立って歩きながら少し話す。
「さっき使っていたあれってなに?」
「ああ、あれはスラッパーと言って、頑丈な袋の先に硬い重りを詰め込んだ凶器だね」
「そんなのいつも持ち歩いているんだ、やば」
「そんなわけないじゃん。あれは今日の仕事を紹介してくれた先輩が、「念の為に持って行け」って持たされただけで、僕のものですらないよ。第一、あんなの常に持ち歩いているって、危ない奴じゃないか」
「ははは、変なの」
時間にして十分程度だったか。屈託なく良く笑う緑ちゃんだったが、会場近くまで来ると軽く深呼吸して表情を一変させる。
「ねえ、覚えておいて。私の名前はチカ、緑じゃなくてチカよ!」
僕なんかよりも遥かに華奢で小柄な体つきなのに、不遜な顔で差し出されたその右手は、いつだったか一方的に僕を打ちのめしたシバタ君ですら比にならない凄みを感じさせた。
やがて振り返ることなく入り口へと吸い込まれていくその後姿を見送り、まだ温もりの残る掌に残された物を確認した僕も、在るべき持ち場へと踵を返す。




